短編【1】

□mother
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「うああああああ思い出しちまったあああああ」
卓袱台の向こう側で突然イルカがそう叫び、ごつんと音を立てて突っ伏したので、さすがのカカシも度肝を抜かれた。
「ど…どしたのイルカ先生」
「今日やらかしちまったんですよおおおよりによって受付でえええええ」
そのままごんごんと額を天板に打ち付け続けるので、慌てて飛んでいって後ろから羽交い締めにする。
「落ち着いてってば。いったいナニしたってのよ」
「うう…それが…」

午後の受付所は穏やかな日差しに包まれ、心地よい倦怠が漂っていた。
木ノ葉崩しの爪痕を必死に繕ってきた成果が出始めて、このところは任務もゆとりをもってさばけている。
だが、いくら客足が途絶えていたとは言え、受付で居眠りはまずい。

「…イルカ」
夢見心地で聞いたその声に、返した答えはもっとまずかった。
「ん〜…なに、母ちゃん」

「はっと思ったときにはもう…こめかみに青筋立てた綱手様が目の前に…」
「はー…それはまた…災難でしたね、自業自得とはいえ」
「うぐっ」
がくりとうな垂れたイルカの額をさすってやりながら、カカシはふと浮かんだ疑問を投げ掛けた。

「で、イルカ先生のお母さんて、綱手様に似てるんですか」
「いえ、全然。うちの母親は見た目も性格ももっと地味でした。ちょっと抜けてるところはありましたけど」
オレの母ちゃんですからね、と笑うイルカに、カカシはかすかな胸の痛みを覚える。

カカシ自身に母親の記憶はほとんどなかった。
あまり丈夫な人ではなかったそうで、カカシを産んでからは床に臥せって子どもの面倒を見るどころではなかったらしい。
父親が自死してからはもう生ける屍状態で、ほどなくしてほんとうに亡くなった。
だからか、母親というものに対して具体的なイメージもなく、いなくて寂しいと思ったことすらない。

母親を語るイルカは、どこか嬉しそうだった。
きっとこの人は両親に愛され、幸せな少年期を送っていたことだろう。
それを無理やりにもぎとられ失うまでは。

自分にもイルカにも、それぞれに欠けているものはあった。
でも人生が、欠けた部分を誰かと埋め合わせあいながら歩む道ならば。
オレはこの人とがいいな、とカカシは思っている。



それからイルカの話に綱手が登場することが増えた。
きっかけとなった居眠り事件とは裏腹に、なにかにつけさぼりたがる綱手を叱りつけることが多いようだ。

カカシは今、専らSランク任務を受けているので受付での様子は知らなかったが、シズネによればあれで綱手が救われた部分も大きいという。

初代火影の孫、伝説の三忍のひとりという肩書きを持ち、長年里を空けてさすらっていた上、素行も褒められたものではない。
そんな新しい火影に、若い忍びたちが構えてしまうのも無理はなかった。

だが、今や綱手は叱られキャラである。
「みなさんで叱ってくれるので助かってるんですよ〜」
シズネが朗らかに笑うのは、自分の負担が減ったせいだけではないだろう。

拝命の際に、なにかのついでで綱手の口からイルカの名が出ることもある。
つきあっていることは、触れ回りはしないものの隠してもいないので、嫌でも耳に入っているはずだ。
とがめ立てされないということは、少なくともこの里長は容認してくれたと思っていいのだろうか。

なのにオレは一体なにが気掛かりなんだろうかネェ。
カカシはつきまとう不安の影を払うように頭を振り、任務へ向かうのだった。
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