短編【1】

□射干玉(ぬばたま)の
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洗っている最中はうきうきとしていた気分が、だんだんと沈んでくる。
ノリが悪いと気づいた時に、やめておくべきだったろうか。

うじうじと考えていたら、イルカ先生がTシャツと短パンで静かに居間へ入ってきた。
首にかけたタオルが、髪から滴る水を吸っている。

「…そのままじゃ風邪引くよ。髪、やらせて?」
「お好きに」
そっけなく言われてますます腰が引ける。
でも、乗りかかった船だ。
タオルで挟んで丁寧に水分を取り、手櫛で通りを良くしてからドライヤーをかける。
仕上がった髪には、見事な天使の輪が出現した。


なんか、眩しい。
手触りもさらさらふわふわと、なんだか頼りない。
手で髪を高い位置にまとめてみる。
いつもは竹箒みたいになる髷が、今日はしんなりと重力に従っていた。

違う。これじゃ、イルカ先生じゃない。

じゃあオレは一体何をしたかったのかと自問して気づく。
オレはきっと無意識に、この人に女の役割を求めていた。
ほどいた髪をかき上げてやる時に、それが柔らかでふわりと甘く香るのを、どこかで期待していたのだ。
イルカ先生は、オレと同じ男なのに。
それでも是非にと望んで望んで、やっと頷いてもらったのに。

オレが言葉を失くしていると、イルカ先生がぽつりと言った。
「気が済みましたか」
平坦な声に、胸がずきりと痛む。
この人には、こうなることがきっとわかってたんだ。

「うん。ごめんね、もうしないから」
後ろから抱きしめると、イルカ先生は首を回し、オレにキスをねだった。
深く口づけながら体の向きも変え、向き合ったところでそのまま押し倒された。
アンダーシャツの裾から滑り込んできた手を押さえ、「オレ風呂まだ…」と言いかけると、「いいから」と彼は言う。
「じゃ、ベッド行こう?」
その提案は採択されたので、オレはイルカ先生を肩にかついで寝室へと飛び込んだ。


そのあともう一度、今度はふたりで風呂に入って、またイルカ先生の髪を洗った。
石けんで洗ったそれは強(こわ)くて艶も鈍かったけれど、イルカ先生はやっぱりこれでなくちゃ。
そう言ったら、イルカ先生は「ほんとに勝手なんだから」と笑った。

-終-
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