裏道

□ウルフはウルフ
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月のない夜だった。
人通りも途絶えた深夜、うみのイルカはあてどもなく里の中をさまよっていた。
背中にはカーキ色の背嚢、服は埃にまみれそこかしこに綻びができている。
ひと目でわかる通り、彼は任務から帰還したばかりだった。

本来はアカデミー教師であり内勤のイルカだが、今の木ノ葉にそのような区分は意味を成さない。
三代目火影を筆頭に多くの忍びを失い、戦力となり得る者なら猫の手も借りたい状況だ。
アカデミーがまだ休校中のこともあり、イルカも久々に任務三昧の日々を送っている。

だが、今回の任務はことさらに堪えていた。
火の国領内、山あいの小さな村を襲った山賊の退治。
敵の数はこちらの4人より多いとはいえ、腕力だけが頼みの輩であるから、普通に戦えるなら問題はない。
だが、いまだ捕らわれている村人たちの安全も確保となれば、細心の注意が必要となる。

見張りを音もなく倒し根城に侵入したイルカたちが見たものは、年端もいかぬ娘を慰み者にする山賊どもの姿だった。
目もくらむほどの怒りをぐっとこらえ、外に用意した仕掛けを使って物音を立てさせる。
敵の気を引き人質から離れさせたところで一気に攻め入った。

村人たちを背にして苦戦を強いられつつも、小隊は任務を完遂した。
けれど、ただでさえ大きなショックを受けていた人々は目の前で行われた大立ち回りにいっそう怯え、イルカたちをも恐怖のまなざしで見つめていた。
持たざる者にとっては、山賊の暴力も忍びの異能も変わりはしないのだ。

生き残っていたのはほぼ女と子供だったため、麓の大きな村まで護送し保護を頼んでから、小隊は深夜木ノ葉に帰還した。
報告へ向かう隊長と大門で別れたあと、他のふたりはなにやらひそひそと相談していたが、イルカがいとまを告げると遠慮がちに口を開く。
「あのさ。オレらは錦町へ行くけど…イルカはどうする?」
錦町は短冊街などと同様、遊興施設を集めた歓楽街だ。
食通や賭事の愛好家も集まるが、彼らが行くのは郭だろう。
静かに首を横に振ると、ふたりはあらかじめ予想していた様子でそっか、じゃあなと去っていった。


そしてそのまま、イルカは家にも帰らずふらふらと里をさまよっている。
堅物で知られているとはいえ、イルカも男だ。
任務から生還した喜びと、まだ冷めやらぬ戦いの熱は体の中で渦巻いていた。
だが、どうしても今日は色町に足を踏み入れる気になれない。
組み敷かれ泣き叫んでいた少女の姿が脳裏にちらつき、のしかかっていた男とおまえは同類なのだと苛む。

先ほど見送った仲間たちには、葛藤はないのだろうか。
いや、忍びという生業の本質を考えれば、彼らのようにあるべきなのだ。
オレは長い教師生活でスポイルされてしまっている。
傷ついた自分を可哀想だと甘やかしている。
このぐらい、戦忍ならば傷のうちにも入らないだろうに。

心も体も出口を求めていた。
けれど、いったいどこへ向かえばいいのかわからない。


「あれ? イルカ先生?」
のんびりした声に呼び止められ辺りを見回したイルカは、自分の足がどうやら慰霊碑に向いていたらしいと気がついた。
声の主も、おそらく同じところを目指していたのだろう。
「珍しいですね〜。こんな時間にばったり、なんて」
にこやかに話しかけてくる男は、イルカが今いちばん会いたくない相手だったかもしれない。

はたけカカシ。
他里にまで知られた、木ノ葉の誇る上忍。
かつては暗殺戦術特殊部隊にも身を置いていた男。
この男ならば、もっと凄惨な地獄を数え切れないほど見てきたはずだ。

見れば相手もイルカと同じく任務帰りと察せられた。
その内容は、おそらく自分とは比較にもならない厳しいものだったに違いない。
なのに彼はいつもと変わらぬ様子で笑顔など浮かべている。
比べて自分は、いい年をしてまだ忍びになりきれてもいない。
アカデミーでは生徒たちに、偉そうに忍びの心得など説いているくせに。

見ることも見られることも厭いカカシから顔をそむけても、彼が自分をじっと観察する視線を感じる。
きっとこの人にはなにもかも見透かされてしまっているだろう。
彼が何年も前に通過したであろう道を、今ようやく通ろうとしているオレに呆れているだろう。

「イルカ先生」
いたたまれずその場を逃れるすべを案じていると、カカシの方が先に口を開いた。
「よかったら、オレとしませんか?」

やさしい声だった。
これまでに聞いたことのない響きが、馴染みのあるカカシの声を別人のように感じさせた。

え、と問い返す間も与えず、カカシはくるりと背を向けすたすたと歩き出す。
虫が明かりに引き寄せられるように、イルカはふらふらとその背を追いかけていった。
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