裏道

□ダイナマイト
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「ねーえー、いいじゃないのイルカせんせ」
「…申し訳ありません、業務中なのでお引き取りください」
「だからひとことうん、って言うだけでいいんだってば」
「それは先ほどお断り申し上げたはずですが」
「そのお断りを撤回してって言ってんのよ」
イルカはこめかみに浮かび上がった青筋をほぐすように指でこね回した。
なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか。
暇な上忍に絡まれることはごくたまにあるが、ここまでしつこい相手は初めてだった。
「…撤回はしません。お気持ちはありがたいのですが、お応えすることはできませんので」
「あー、そーいうこと言っちゃう。だったら、上忍命令にしちゃおっかなー。そしたらアンタ、逃げられないよ、もう」
さすがのイルカも、己の堪忍袋の緒がぷつんと切れる音を聞いた。
不敬罪に問われようがもうかまうものか。
意を決してキッと顔を上げたそのとき。

「ハイそこまでー」
眼前の上忍の肩に、指抜きグローブを着けた手が回されるのが目に入る。
「ちょっと!なになれなれしくアタシに触ってんのよカカシ!」
「イルカ先生困ってるデショ。代わりにオレがつきあってあげるからあきらめなさいよ、モナミ」
黒いレザーの忍服に包まれたダイナマイトボディをやんわりと引き寄せながら、
はたけカカシは丸瀬モナミの耳元に口を寄せて囁く。
「やーよ、アタシはこのセンセイとシたいのよう!」
「やめてくださいこんなところで!!」
ついにイルカは顔を真っ赤にして怒鳴った。
さすがに本気で怒っているのが伝わったのか、モナミはびくりと肩をすくめた後、しゅんとうなだれた。
「ほら、ほんとに嫌われちゃう前に今日は退散しよ、ね?」
カカシのあやすような声音に、モナミもしょげたままうなずく。
「ん…わかった」
「よしよし。お騒がせしましたね、イルカ先生。じゃ、行こうか」
まだ怒りのオーラの収まらないイルカに軽く詫びると、カカシはモナミを抱え込むようにして受付所を出ていった。

「はあ…」
「災難だなあ、イルカよ」
げんなりしているイルカに、同僚が同情半分、興味半分といった様子で耳打ちする。
「モナミ上忍、よっぽどおまえを気に入ったんだなー」
「……」
否定したくてもできないイルカは、眉間に深い縦じわを刻んだまま深い深いため息をつくしかなかった。


先日珍しく任務を受けた。
それが彼女――丸瀬モナミとのツーマンセルだった。
セクシーでグラマーな彼女を、イルカは初め潜入任務を請け負うくのいちだと思っていたのだが、
予想に反して彼女はバリバリの戦忍だったのだ。
質より量の敵とはいえ、淀みない動きでばったばったとなぎ倒していく。
なるほどこれならオレのような内勤者とふたりでも大丈夫なわけだ、と納得しながら、
イルカは彼女の後を無傷でさくさく進んでいくのみだった。

おかげで予定より早く任務が終わり、日程に余裕ができた。
そこでモナミが「温泉に入りたい」と言い出したのだ。
いつもなら即時帰還を主張する真面目なイルカも、温泉と聞いて心が揺れる。
このところまとまった休みが取れず、趣味の温泉巡りも久しくしていなかった。
まして今回の任地は初めて来たところだ。入れるものならぜひ入っていきたい。
「…では、一泊して体を休めてから帰還しましょう」
しかつめらしく頷いたものの、実際は浮き立つ心を抑えるのに懸命だった。

差額は出すからとモナミが言って聞かないので、常の遠征時より少し良い宿を取り、
ひと汗流したあと彼女の部屋に呼ばれて夕食をともにする。
浴衣姿の美女と差しつ差されつの状況下、自制心だけは失うまいとイルカが固く決意をした矢先のことだった。
「じゃ、やろっか」
「はっ?」
立ち上がり、手首足首をこきこきと鳴らしながら次の間へと向かうモナミを、イルカは間抜けに見上げていた。
だが彼女がすぱん、と開けた襖の向こうに布団が見えて、なにを「やる」のか理解する。
「ま、待ってください。オレはそんなつもりじゃ」
「あれ、聞いてない?アタシとペアの任務じゃここまでセットなんだけど」
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