ディスガイア小説
□名前で呼んでください
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「名前で呼んでくれ」
ある日の昼下がりのホルルト村、今日も日課である木陰で読書をしていたユイカを阻害したのは、珍しく真剣な趣をしたラウトでした。
「・・・は?」
「名前だよ名前!ネーム!」
呆れるユイカにラウトは手を振って大げさなアピールを見せますがそれは逆効果。ユイカの呆れた表情は、苛立ちが窺える表情に変わります。
「それ位理解できるからギャーギャー叫ぶな鬱陶しい。で、いきなり何のつもりだ?突然名前などと・・・」
冷たく接するも一応取り繕います。ここで軽くあしらっても、ラウトの事ですからしつこく付きまとってくるに決まっているので、ここで用件を済ませた方が良いと考えたのです。
できればさっさと話を終わらせて読書に戻りたいのですが、この男が相手だとそれもほぼ絶望的。
「だってユイカってさ、俺の事名前で呼ばないじゃん。馬鹿一号じゃん」
後頭部で腕を組んでふて腐れながら言うラウトの言い分に、ユイカは「そんな事か・・・」と、ものすごく呆れます。
「それが気に喰わないから改名を求めると?」
「そう!できれば改名とかじゃなくて名前がいいけど!」
組んでいた手を降ろしたラウトはそのまま手を叩き、LED電球も顔負けの眩しい笑顔をユイカに見せました。
相手がローファクトなら鼻血の一つや二つ吹くのでしょうが今の相手はユイカ、彼の輝く笑顔は彼女にとって、ただの鬱陶しいランキング一位に君臨するモノでしかありません。
「断る」
眉間にシワを寄せて答えたユイカは、視線をラウトから本に向け、これ以上会話をする意思がないと行動で表明しました。
ま、相手はラウトなのでハッキリ言葉で言わないと伝わりませんけど。
「即答!?もうちょっと考えてくれてもいいじゃん!」
コロコロと表情を変えるラウトはショックを隠しきれない顔を浮かべて叫びました。
「お前の名を呼ぶという下らない事で思考を動かす気にはとてもなれん。それに時間の無駄だしな」
「ええっ!?でも本読んでるあたり暇そうじゃん!」
「ただの読書ではない。立派な勉強だ」
「へ?」
キョトンとするラウトは思いもしません。現在ユイカが黙読している本はあの憎き敵、極悪アーチャーことリンリンを地獄の底に葬るための参考書だという事に・・・。
「とにかく、私にお前の相手をする暇など存在しない。帰れ」
「そんな殺生な・・・。じゃあ、せめて理由ぐらい教えてくれよ」
そこを改善していけば名前で呼んでくれるはず・・・。とでも考えているのでしょう、ラウトの表情はいつの間にか真剣なものになっていました。
視線を本に向けたままのユイカは彼の表情の変化に全く気付かないまま
「お前が嫌いだから。それ以外にない」
なんて淡々と、本人が相手だというのも全く気にせずに答えてくれました。
その答えがよほどショックだったのでしょう。ラウトは石のごとく固まってしまい、言葉を発しなくなってしまいます。
相変わらず彼を見ようともしないユイカの目に、硬直してしまったラウトは映りません。
しかし、答えてから一言も喋らなくなってしまった所から、彼のリアクションの予測はつくので彼女は何も言いません。いい加減帰ってくれという気持ちでいっぱいです。
ゆるやかな風が吹くと、彼女の背にある木の枝と葉を揺らすさわやかな自然の音が聞こえてきて、ほんの短い間、この場所を癒しの空間へ変えてくれました。
ラウトさえいなければ最高の空間だというのに・・・。残念で仕方がないユイカは小さくため息を漏らすと本のページをめくり、気になる内容があったのか唸り声を上げます。
その時でした。
「はは・・・薄々分かっちゃいたけど、面と向かって言われるとやっぱ傷つくなぁ・・・」
ラウトが突然声を出したのでようやく視線を彼に戻すと、遠くを見つめてぼやいている姿がありました。
正直言うと、気分が悪くなる。
「理由は説明しただろ。これ以上用が無いなら私は帰る」
ただ一言だけ言い残し、本の一番最初のページに挟んであったしおりを途中まで読んでいたページにはさむと静かに立ち上がります。
そして一刻も早く時空ゲートへ向かうため、やや早足で歩き始めます。
ところが、全く懲りないというか学習しないラウトはユイカの背中を追いかけ始め
「待って!どうすれば名前で呼んでくれるかだけ、嫌われなくなる理由ぐらい教えてくれよ!」
そう叫んだ刹那、歩いていたユイカは突然立ち止まり、それに合わせてラウトも立ち止まりました。
そのまま振り返ったユイカは彼をギロリと睨み
「私がお前の名を呼ばないのはお前が嫌いだからの一点しかない。それに、私はお前と仲良くする気などない。従って、改善点があったとしても教えるつもりはない。まあ、そんなモノは無いがな」
そう言い切ると彼に背を向け、足早に去っていきました。
「そんなぁ・・・」
成す術を失ったラウトは追いかける気力すら失い、去って行くユイカの背中を眺めることしかできませんでした。