ディスガイア小説
□師弟の想いは形を変えて
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注:この話はディス4小説「アイテム界の幽霊船ツアー」の続編です。
今から大体1800年前。どこぞかの魔界の小さな町に現在も健在の小さな軽食店がありました。
「マスター。ハヤシライス一つ」
「はいよー」
マスターと呼ばれた男は(悪魔的な意味での)三十代ぐらいの忍者でした。彼は元々魔王に仕えていた暗殺専門の忍者でしたが、不慮の事故により片足を失い、さらには仕事も失って路頭に迷っていた時、昔の夢であった軽食屋を開いて現在にいたる経歴を持っていました。
味も良いので売り上げも上々。充実した毎日を送っている彼の元に、弾丸のように転がり込んでくる人物が一人
「マスター!マースータァァァァァ!」
入り口のドアを蹴破り、というか破壊して店内の客をびっくり仰天させた弾丸・・・というかこの魔界では生ける伝説と化している侍、イレーナは何かが入ったバスケットを脇に抱え、床上を滑るように着地しました。
ガランガランと無残な姿になって、本来の役目を全て失ったドア(修理費約3万ヘル)をぼんやりと見つめ、マスターは「やれやれ・・・またか・・・」と日常茶万事の出来事に対応するように
「何ですかイレーナさん。今日は無駄にテンションが高いですね、それと何度もウチの店のドアを壊さないでください。もしくはツケ払ってください」
「(何事も無かったように対応し始めた!?)」
カウンター席に座っているハヤシライスを注文したアーチャー族の男は、弾丸のように飛び込んできたイレーナよりも冷静に対応するマスターを見て驚きました。
「ツケはもうちょっとだけ待ってて頂戴。払うアテはいくらでもあるんだから。それより見てよこれ!」
「相変わらず光の速さで話を切り替えますね。で、何ですかそのバスケット」
マスターの質問に答えず、イレーナはアーチャーの男の隣に座ってカウンターの上にバスケットを置くと、バスケットの上にかぶせてある布を取りました。
バスケットの中身を見たマスターとアーチャーは目を丸くします。
「え?」
「ぎょっ!?」
なんと、バスケットの中には赤ん坊が入っていたのです。生まれてまだ数日も経っていない、小さな小さな赤ん坊がその中ですやすや眠っていました。
「すごいでしょ?今朝森の中で見つけたの」
まるで宝物か何かを見つけた子供のように、イレーナ無邪気な笑顔を向けてマスターに言いました。
彼女が起こすトラブルや、暴走などには慣れっこのマスターでも、この出来事は全く予想できていなかったらしく、多少動揺した様子で目を泳がせながら
「へ、へぇ・・・。そりゃまたすごい発見しましたね・・・」
「でしょでしょ?しかも、私一大決心することにしたのよ」
「と、言うと?」
何となく話に参加している男に、イレーナはキューティクルな笑顔を見せると、一大決心の内容を述べます。
「私、責任持ってこの子を育てることにしたの!」
『なーんだーってぇぇぇぇぇ!!?』
イレーナのことを知っている他の客も、彼女との付き合いが長いマスターも、その発言の衝撃に思わず絶叫。彼女のことをあまり知らないアーチャーの男は「何でそこまで驚く?」と首を傾げていました。
アーチャーの男を置いて、食事を忘れて席を立って彼女の元に近づいてきた客と、思わず食器を落としそうになったマスターの言葉が飛びかいます。説得という名の言葉が
「やめておいた方がいい!言っちゃ悪いがアンタに子育ては無理だ!」
「そうだそうだ!捨て子の世話なんてどっかの施設にまかせりゃいい!」
「子供を欲しがっている家庭に預けたほうがその子のためにもなる!馬鹿な考えはよしなさい!」
「アンタ、一度も子育てとかしたことないんだろ?その年で。だったらやめとけやめとけ、そんな女が一人で子育てなんて無謀だ無謀」
「イレーナさん。長い付き合い柄正直に言いますけど、いい加減な性格のアナタに子育てなんて大層なことは絶対に無理かと」
他にも色々な言葉が飛びましたが、イレーナはそれに聞く耳も持たず四番目に発言した易者のじいさんに月光一閃斬を容赦なくあびせました。しかも座ったまま
「年のことと年齢=彼氏いない暦とか遠まわしに言うな若造が!」
「ギャー!理不尽なっ!」
ばたりと力なく倒れた彼に、連れのプチオークが「大丈夫かしっかりしろ!」と励ましていました。多分全治二週間ぐらいでしょう。
「こ、怖っ・・・」
犠牲となった彼を見て、アーチャーの男は自分の隣に座っているこの侍の恐ろしさを身にしみて感じることができました。そして何も文句を言わないと、心に誓いました。
「で、他に文句を言いたい度胸のある悪魔はいるかしら?私の一撃に耐えられたら話を聞いてあげるわよ?」
刀の背の部分を手の平でぽんぽん叩きながら、どすの利いた笑顔で周囲の客とついでにマスターを脅すと、彼らはすぐに口をつぐみました。絶対に耐えられそうにないと悟ったのでしょう。
「(あの人見たいにはなりたくないしね・・・てか、この子この騒ぎの中よく寝てられるよなぁ・・・)」
横目でバスケットの中に入ってぐっすり眠っている赤ん坊を見て、アーチャーの男は感心しました。こりゃあ将来肝の据わった子になるに違いない・・・。そうも思いました。
口をつぐんでいたマスターですが、こうなったらもう止められないなぁとやれやれと首を振って
「で?育てるのはいいとして名前とかは決まってるんですか?」
「もちろんよ。この子に出合った瞬間頭の中にきらめいた名前があるのよ」
イレーナはニッコリ微笑むと、刀をしまってバスケットの中で眠っている赤ん坊を抱き上げ、この子につけた名前を口に出します。