ディスガイア小説

□女の戦と書いてダイエットと読むべし
2ページ/6ページ

魔界調査に飛ばされる度に、その魔界の名産品(主にスイーツ)を食べ歩き、さらにヒテに教えて貰ったおすすめスイーツなども食べて食べて食べまくった一行。もちろん雇い主たちには内緒で。
こんな調子がしばらく続き、ヴォイドダークとの決戦が近くなり雇い主たちがピリピリし始めても、雇われ悪魔たちはいつも通り自由気ままに過ごしていました。主要キャラじゃないと気が楽なので。
そんなある日。
「……」
コタロウはミニ魔界広場にある病院のベッドの上で仰向けになって寝転がっていました。
顔色はあまり良くなく、体は擦り傷切り傷だらけです。死体のように1ミリも動かない彼ですが、ご安心くださいちゃんと生きてます。
死んでいたら話は続きませんが生きているので話は続きます。
「コタロウ、コーターローウー」
ぴくりとも動かない彼の頬をベッドサイドからつつく青年の名はフィルス。構って欲しい子供のようにひたすら左手人差し指でつついています。年上ですがね。
寝ているのか無視を決め込んでいるのか、全く反応しない彼ですがフィルスは諦めずにひたすらつつき続けており、
「ねーねーコタロウ〜ちょっと聞いてよ〜姫ちゃんがさぁ〜」
聞いているかいないかは別にして、愛しのあの子について思う存分語ろうとした時、コタロウはようやく目を開け、
「それ、キャラ界で心の闇にボッコボコにされて帰ってきた悪魔に対して言う台詞じゃないだろ……?」
冷静なツッコミを返しました。
「姫ちゃんより重要な事なんてこの世に存在しないからね!」
しかし天使は胸を張って断言。無言で呆れているコタロウですが彼自身、姉のミトンよりも重要な事はこの世にないと断言できる悪魔なのでそれについては何も言いません。
「さいでっか。傷はすぐに治るからいいけどさ」
「まだ擦り傷と切り傷だらけだけど?」
「明日には完治してるからへーき」
体を起こしてベッドから降りた彼は「で、何?」と渋々尋ねます。どうせ姫ちゃんが可愛いトークでも飛び出すんだろうなぁ……なんて、ぼんやり思っていましたが、彼の口から発せられたのはそんな思惑とは異なる内容でした。
「今日はまだ何もしてないのに姫ちゃんの元気がないんだ」
彼女のやる気と元気を削いでいる原因が自分であると自覚しているようなフレーズが文頭にありましたねがさておき、コタロウは目を丸くして驚きを露わにすると、
「え?姫華も?」
「も?って?」
今度はフィルスが驚く番でした。首を傾げる彼が聞いたのは、今朝から見かけていないミトンとソレイユの事情です。
「姉さんとソレイユの元気がなくってさ。喧嘩したのかと思ったけどお互いそんな事はない”の一点張り。お互いギスギスしてなくてどんよりとした感じだからホントに喧嘩じゃなさそうでちょっと残念。そういえば朝ごはんも食べに来なかった……って、姫華もいなかったな」
「確かに……じゃなくて残念?君はソレイユの事が好きなの嫌いなの?」
「好きに決まってるじゃん。何言ってんだ?」
この一筋縄ではいかない幼馴染3人組の関係性については、1から10どころか1から5までも理解できそうにないな……と、フィルスは絶句するも話を戻します。
「とにかく、女の子3人が落ち込むなんてただ事じゃないし、一度話を聞いてみた方がいいかもね」
「そうだな。とりあえず、フードコートに行ってみるか」



ミニ魔界広間の病院からフードコートまでは徒歩3分もかかりません。お昼にもまだ早い時間帯なので利用している悪魔は少なく、いつもは掃除をして回っているメイドたちもいません。いるのはカレー屋の黄色いプリニーで、鼻歌を歌いながら大きな鍋をかき混ぜていました。
そして、テーブル席の一角には、
「…………」
「……ふぅ」
「……はあ」
ミトン、ソレイユ、姫華の3人がそれぞれため息をつきながら俯いている光景がありました。周囲が静かな事も相まって空気が死んでいます、まるでお通夜のよう。
その異様なまでの空気の重さのせいでコタロウとフィルスは彼女たちに近づけず、少し離れた所から様子を窺うしかできませんでした。
「何だろ、アレ」
「姉さんに勢いがない」
いつもとは全く違う雰囲気に戸惑いと動揺を隠せず、その場で棒立ちになっていると、
「あ、フィルスさんとコタローちゃんだ……」
ソレイユが気付いて微笑みますが心からの笑顔ではありません。辛い現実の中で必死になって作った笑顔に見えます。
すると、ミトンも顔を上げ、
「何だよコタロー、キャラ界に行ってたんじゃねぇのかよ」
「いや、心の闇に遭遇しちゃって身も心もズタズタに……じゃなくて、姉さんたちこそどうしたの?落ち込んでるように見えるけど」
いつまでも距離をとるワケにもいかないので恐る恐る歩み寄ります。もちろんフィルスも。
「別に大した事じゃない……放っておいてくれ……」
姫華は顔を上げずに答えますが、
「いやいや!姫ちゃんがミトンたちと一緒に落ち込んでるとか重大事件だから!今までにないレアな光景なんだよコレ!」
すかさずフィルスが力説してコタロウが大きく頷きます。ただでさえちょっとした事で口論が始まり、隙あらば寝首をかこうとしているほどの犬猿の仲である姫華とミトンがこうして一緒に頭を垂れて空気を重くしていますからね。絶叫も当然。
数年の付き合いの中で一度も遭遇していない状況に驚きを通り過ぎて心配するのも、
「そうか……」
姫華はうつろな目のままぼやくだけ。生気が感じられない程。
「ひ、姫ちゃん……?」
「姫華がフィルスに噛み付かないなんてよっぽどの事があったのか……?」
イレギュラーな反応と状況ばかりで驚くしかできない野郎2人。特に姫華がフィルスに攻撃姿勢にならない辺りが相当恐ろしいようで、完全に引いています。
何も理解できず、察しもしない男たちを見て、ソレイユは小さくため息。
「やっぱり、コタローちゃんたちも男の子だからねぇ……」
『は?』
自体が全く呑み込めない2人に、ソレイユは話し始めます。
「あのねコタローちゃん。つい最近までヒテさんの巧妙なプレゼンでスイーツとかの各魔界の名産品をいっぱい食べてたでしょ?美味しかったでしょ?」
「ああ、うん。美味しかったよな?」
「美味しかったねぇ」
それが何か?という顔をする野郎たちですが、ソレイユはそのまま続けます。
「私たち……ちょっと、ハマっちゃってね?お取り寄せとかもいっぱい買っちゃったんだ……ヒテさんに教えて貰ってまあ、色々」
「お前、業界の要注意人物になってるぐらい絢爛魔界のカジノで稼いでお金たんまり持ってるハズだろ?まさか、大量にお金を使ったせいで破産して落ち込んでるのか?」
「待って、カジノで荒稼ぎってドユコト?」
悪魔の血も引いていますが一応天使でもある彼女がギャンブルしまくるのもいかがなモノかと、話に割って入ろうとするフィルスですが「今はそれどころじゃねぇ」とミトンに制されてしまいました。
「お金は大丈夫……大丈夫、なんだけど……」
「じゃあ何だ?」
「食べ過ぎて大変な事になってんだよ分かれよ」
投げやりに発言したミトンの言葉でようやく確信が持てた弟は、
「下痢?」
ストレートに発言した刹那、ミトンの右ストレートが飛んでコタロウは回転しながらミニ魔界の空を舞いました。
「コタロ――――ウ!」
地面を滑るように着地した彼を急いで回収する天使。キャラ界でボロボロになったにも関わらずこの仕打ち、傷口が開かないだけマシでしょうが。
「いつもはアホもみたいに女を口説きまわってるクセに、こういう時はマジで鈍いよなコイツ」
「コタローちゃんデリカシーないよ」
「……」
女子たちの冷たい視線を浴びながらもコタロウを引きずりながら戻って来たフィルスは、彼を足元に置いて、
「もしかして君たち、食べ過ぎて体重が増えた。とか?」
途端に目を伏せる3人。
「あれ図星!?」
フィルスの驚いた声を合図にコタロウは殴られた頬を抑えながら起き上がります。
「なるほど……そりゃ姉さんと姫華が一緒に落ち込むワケだ」
「そんなに気にしなくてもいいんじゃない?女の子はちょっとふっくらしてた方が可愛いって言うし」
刹那、ミトンの右ストレートが飛んでフィルスは以下略。
「フィルス――――――!」
地面を滑るように着地した彼を急いで回収する戦士。槍装備天使とはいえ、素の防御力が低い青年に対する拳のダメージは相当なモノで、HPが4分の3程削られてしまったのでした。
重い拳を振るった張本人は怒りで肩を震わせながら、
「何がぽっちゃり系だ何がマシュマロ系だ……あんなのは太ってる現実から目ぇ逸らして可愛くしようと着飾ってるだけなんだよ……現実逃避なんだぞ……」
「そ、そうなんだ……」
あの姉さんが体重と体形1つでここまで動揺するなんて……とまあ信じられない様子のコタロウは、回収したフィルスを足元に置いて勝手に目覚めるのを待つのでした。
「1キロ2キロ増えたぐらいで落ち込まなくてもいいんじゃないか?体重なんて多かれ少なかれ毎日変化するモノだし、そこまで深刻に考えなくてもさぁ?」
落ち込む姉もそうですが、こんな女の子たちを見てられないと必死に言葉を続けるコタロウですが、途端に上がっていた視線と顔が一斉に下に向けられました。空気が死滅していく音が聞こえた気がします。
「逆に聞くけどコタローちゃん、1キロ2キロ増えたぐらいでこんなに落ち込むと思う……?」
「いや、えっと……えええ……?」
どうしよう。かける言葉が。見つからない。
戸惑うあまり何も言えなくなってしまっていると、彼の足もとで倒れていたフィルスが頬をさすりながら起き上がりました。
「酷い目に遭った……一瞬意識飛んじゃったよ」
「お前らみたいに、丁度いい身長体重してる奴らにアタシらの悩みなんて一生理解できねぇしできるワケがねぇんだよ……もうこれ以上口出しするんじゃねぇやい」
殴った本人は知らん顔でこの台詞。ソレイユと姫華も無言で頷いており、とっとと去ってほしいと無言で訴えています。
困惑のあまり顔を引きつらせているコタロウですが、フィルスは立ち上がって、
「いや、身長体重がアンバランスで悩んでる気持ちは分かるよ。俺だって先月の健康診断で院長先生に叱られたぐらいだし」
「小一時間みっちり説教されてたらしいな、一体いくつだったんだ?」
「うろ覚えだけど、身長は182pぐらいで体重は55キロ前後だった気がする」
刹那、フィルス以外の一同が目の色を変えて彼を凝視し、
『細っ!!!!』
カレー屋のプリニーが驚いてお玉を鍋に落としてしまうぐらいの絶叫が木霊するのでした。
「コタロウまで!?」
一緒にリアクションを取る男に驚くフィルスですが、そんなどうでもいい驚きは、これから起こる女子たちの驚愕と気迫と勢いによってかき消されてしまいます。
「何でそんなに細いの軽いのヒョロイの!?何やってたのフィルスさん!」
「痩せ型だとは思っていたがいくらなんでも細すぎだ!そんな身長体重だったらもう骨と皮しかないだろう!」
「いやちゃんとお肉ある!一応あるからね姫ちゃん!?」
「うるせぇガリ!」
「寿司の赤いヤツになってるんだけど!?」
「ちゃんと肉とか食ってるのか?いつも朝昼夕食と全然おかわりとかしないし、まさか拒食症のケがあったりするのか?もう1回院長に看てもらった方がいいぞ?自覚症状は全くない精神的な病らしいけど、俺もできる限り手伝うからさ」
「お気遣いありがとうコタロウ!でもご飯はいつも残さず食べてるから!カロリーが高すぎる物意外は!」
フィルスの苦手な食べ物「カロリーが高すぎる食材」高級なお肉とか。
一斉に言葉を浴びせられてタジタジになっている中、ふと姫華だけが冷静さを取り戻し、
「待てよ……意図せず増えてしまった私たちの脂肪を奴に移植すれば奴は平均的な身長体重を手にし、私たちは痩せる事ができて一石二鳥なんじゃないか?」
訂正、冷静さを取り戻してはいませんでした。
トンデモ発言に思わずビクリと震えるフィルスですが、ミトンとソレイユはそれを無視してお互い顔を合わせます。
「確かに……皆が救われる優しい結末を迎える事ができる」
「その方法が一番手っ取り早いし楽だね!採用!」
「え、ちょ、待って君たち?本来の目的がちょっとずつズレていってない!?何かがおかしくない!?」
便宜を図るも無視され、唯一の味方だと信じていたコタロウも「皆、お前を想って言ってるだけだって」と肩を叩く始末。そろそろ逃走態勢になった方が良い頃合い。
悪魔がこういうトランス状態に入るといつも以上に話を聞いてもらえなくなるのは長い付き合いで経験済み。ほとぼりが冷めるまで身を隠して、アリスの所に遊びに行こうかと考え始めた時。
「あら、皆さんお揃いで何をもめてるのかしら?」
偶然通りかかったのは白いビニール袋を手に下げているシェヌでした。ミニ魔界の地下ラボで日夜よく分からない発明をしている教授でミトンの友達、もとい悪友。
声をかけられてすぐに返したのはソレイユです。
「シェヌちゃん良い所に来てくれたね!ちょっと全身麻酔貸して!」
「うえっ!?」
悲鳴を上げたのはもちろんフィルスです。とうとうソニードだけでなくソレイユたちにも命を狙われる羽目になったの?俺悪い事したっけ?と思っている様子ですが、彼は同族を200人殺してます。
突拍子もない要求に対し、シェヌはため息をついて飽き飽きとした様子。
「そこの天使を殺るならソニードにでも任せたらいいじゃないの。本人も喜んで斧を振り回すだろうし」
「それはもっと嫌なんだけど!」
なお、ソニード本人は現在ミニ魔界とドッキングしたてホヤホヤの絢爛魔界を観光しながら名物スイーツを堪能している真っ最中、今日中にも制覇してしまう予定です。甘党の情熱は恐ろしいですね。
「というか、いつもは仲良こよしのクセに今日は若干修羅場の臭いがするわよ?とうとう関係がこじれたりした?強制鬱ルートにでも入った?」
「ちげーし!こっちは体重が増えてだなぁ……」
真っ先に声を上げたミトン、急に言葉を止めました。ついでに勢いも収まりました。
「ミトンちゃんどうしたの?急に黙って」
心配そうに顔を覗き込むソレイユを無視し、いつもより真剣な眼差しでシェヌを見据えたミトンは、
「なあシェヌ。お前をすげー科学者だと見込んで頼みがあるんだが」
「何よ、急に改まって」
「ダイエット用の薬ってあるか?」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ