ディスガイア小説

□少女達は夜に戯れない
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天魅は何か後悔したような表情を浮かべ、隣にいる天里の服を掴みました。映画が始まる前の笑顔はどこへやら、顔を真っ青にさせて極寒の地に放り出された軍人のように震えています。

天里は特に恐怖などを感じていないのかポーカーフェイスを保ったまま、限定カップに入ったキャラメル味のポップコーンをむさぼり食っています。視線は画面に向て。

始まって一時間後、映画も中盤にさしかかりました。

森の中、未知の生命体(以下MNS)に追われ続けた主人公とヒロインはログハウスを転々としていました。

道中で少年と中年の男の親子と出会いましたが、不意を付いて襲ってきたMNSに少年が襲われ、父親は身を挺して子供を助け3人を逃がしてくれました。

突然の別れに号泣する少年を慰めながら、これまで恐怖の対象だったMNSに立ち向かいながら、一行は森の中を彷徨います。

そして、一際大きなMNSを偶然拾った麻酔銃で足止めさせてから4件目のログハウスに逃げ込み、木枯らしだけではない震えを体感しながら息を潜めていました。

『怖い・・・怖いよ・・・』

『僕たち、もう助からないの・・・?』

『諦めちゃだめだ!きっとどこかに突破口があるはず・・・』

『ねえ・・・何か音が聞こえない・・・?』

『まさか・・・奴は足止めしたから当分動けないはず・・・』

主人公がそこまで言った瞬間、彼らが隠れている部屋のドアが破壊されそこから出てきたのはMNS。

今まで見てきたモノとは違い、限りなく人に近い形をしているソレの口には、腕らしきモノが歯についた焼きそばの海苔のように付いていました。

完全にこの映画を見たことを後悔している天魅は、さっきよりも手に力を込めて兄の服を離さんとばかりがっしりと掴みます。それでも画面を凝視したままなのは展開が気になって仕方が無いため。今、後ろの座席の方から悲鳴が聞こえました。

現在絶賛後悔中の妹とは違い、兄は映画開始直後からポーカーフェイスを維持し続けたまま、音を立てない程度にジュースをゴクゴク飲んでいました。

そして、始まってから二時間後、いよいよ映画もクライマックスです。

MNSに足を食われかけて大怪我を負った少年を背負った主人公と、心身ともにボロボロのヒロインは森の出口を見つけ、大急ぎで駆けています。

『やったぞ、出口だ!』

『これで私達家に帰れるのね!』

『ああ!さあ、早く・・・』

『マテ・・・』

『はっ!?君は・・・!』

森の出口へ急ぐ主人公の前に立ち塞がったのは、序盤であっさり死んだはずの彼の親友でした・・・。

体の半分が人でもう半分がMNSとなった彼から語られるのは、衝撃の事実だったのです・・・。

クライマックスシーンになりましたが、ここまで来ると天魅は映画を見ることなどすっかり忘れ、天里の片腕に顔をうめてガタガタ震えています。

エーゼルからチケットを貰ったことと、映画を見たことをすっかり後悔している彼女、こんな事になるなら怖いもの知らずのリアスにあげておけばよかった・・・てかどうしてリアスさんに渡さなかったんですかエーゼルさん・・・と心の奥底から感じています。

恐怖のあまり泣きじゃくる人も出る中、天里はやはりポーカーフェイスを保ったまま、怖がっている天魅の頭を優しく撫でてあげていました。視線は画面にしっかり向けられたままですが。





映画が終わった頃にはすでに空は真っ赤に染まっていました。そう、夕方になっていたのです。言わなくても分かりますね。

映画館から出て行く人々は、皆それぞれ映画の感想を口にしています。面白かったとか怖かったとかヒロインエロかったとか原作改変しすぎじゃねーか!とか演出ハンパなかったとか。

その中に混じり、侍兄妹も外へと出てきましたが、妹の方は後悔しきっているため顔色は悪く、げっそりとしています。

一方で兄の方は全くそんな様子は見せず、まるで部活でも終わった学生のような清々しい表情で伸びをすると。

「いやースリル満点の映画でしたね」

ニッコリ笑いながら振り返り、己の命よりも大切な妹へと視線を向けました。

が、振り返った先にいた妹は暗黒時代(幼少期)を思い出させるような生気の無い趣をしたまま何も言いません。兄絶句。

しばらくの間沈黙が続き、やがて兄の視線に気付いた天魅がビクッと強張りましたが、首を振ってすぐに笑顔を作ると

「そ、そうですね!中々面白い映画でしたね!」

声を震えていますし笑顔も完全に作っています。長い間一緒にいた兄がこの程度の作り笑いで騙されるワケがなく小さく息を吐くと。

「やっぱり怖かったんですね・・・だから大丈夫なんですか?って聞いたのに・・・」

「そ、そんなことありませんよ!?嫌ですねぇ兄者ったら!私だって子供じゃありませんし・・・」

ヘラヘラ笑いながらご近所のおばちゃんのように手を振っていますが天里はその程度では誤魔化されません。

「じゃあ、どうして私の腕にすがりついて震えていたんですか?」

夕焼けの中、とても冷静な声が響き天魅の胸に刺さります。

嗚呼・・・誤魔化せない・・・兄者の前だと嘘がつけない・・・。

「・・・ああ!もうすぐ晩御飯の時間ですね!私先に帰っていますー」

「あ!天魅!」

静止する天里の言葉を聞かず、天魅は早足で彼の元から去り時空ゲートへと一直線。その競歩は周囲の人々を軽く驚かせるスピードだったといいます。

無理矢理話をそらした妹の後姿を見つめ、兄はやれやれと小さくため息をつくと

「ユイカさんに文句を言われるのは時間の問題でしょうか・・・」

これから起こりうる出来事を予測し、妹と同じ部屋に住んでいるユイカの苦労を想像して心の中で謝罪しました。
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