ルフ魔女小説

□漆黒クリスマス
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クリスマス。
それは、とある人の聖誕祭であり、老若男女問わず大いに盛り上がるイベント。
クリスマス。
年に一度、赤い服を着て大きな袋を担いだ妖精が良い子にプレゼントを贈る、子供にとっては重大イベント。
しかし、子供たちは知りません。
光があれば影もある……それは、クリスマスでも例外ではないということを……



今年もオオガラスの迷宮にクリスマスがやってきます。人形兵になって2度目のクリスマスです。きっと来年もあります。
時期はクリスマス1週間前、大人たちはクリスマスの準備に追われていました。
パーティの献立を考えたり、クリスマスツリーの飾り付けを作ったり、良い子だけが貰える例のアレを調達したりと大忙し。
馬車小屋内とはいえ一応敵地のど真ん中なのですが、そんなことすっかり忘れて全員浮かれています。マズルカも浮かれています。テネスの明日はどっちだ。
「じんぐるべーじんぐるべー♪すっずがーなるー♪」
「みー!」
混沌に満ちたオオガラスの迷宮内とは打って変わって、お屋敷内は平和そのもの。人員増加により広く改装されたダイニングルームでは、大きめの靴下を持ったルテューアとポメが歌いながら入ってきました。
すぐ後ろでは、歌っていないもののにこやかな表情のパピとヨゼも続いており、ルテューアたちと同じような大きめの靴下を持っています。
上機嫌な来訪者に、親のような暖かい眼差しで迎えるアルスティ、レグ、ニケロの旅団を代表する大人たち。
子供たちが来るまで、クリスマスパーティにはウンブラの赤ワインで祝うか、まだ見たことのない白ワインを飲むかで熱く議論していましたが、子供たちの楽しそうな表情を見ただけで、無意味な争いなど異次元の彼方に吹っ飛ばせます。
「るーくんご機嫌だね〜」
いつも通り穏やかにニケロが言えば、ルテューアはにっこり笑って頷き、
「うん!だってもうすぐクリスマスだよ!パーティで美味しいご馳走が食べられるし、サンタさんからプレゼントが貰えるんだよ!楽しみ!」
「うえにおなじです」
「た!」
「全部タダだもんな!」
去年のクリスマスを思い出しているのか、うっとりするルテューアにパピ、ポメ、ヨゼが次々と続くと、アルスティは彼らが持っている靴下の存在に気がつきます。緑色と赤色のストライプ、まさにクリスマスカラーと言わんばかりの配色です。
「あらまあお揃いの靴下まで用意しちゃって……準備万端ねぇ」
「ミーアが言うには、サンタからプレゼントが欲しい奴はこのでけぇ靴下をベッドサイドに吊らないといけねぇんだと。これがなかったらサンタはプレゼント不要だと思って何も置いてかないまま帰るんだとさ」
「ちょっとふべんですね」
「ミーアってばいつの間に……」
孫が欲しいお年頃のミーアが子供たちに色々話しているのでしょう。アルスティたちの脳裏にはその光景が鮮明に浮かび上がります。が、
「あれ?去年は靴下を吊るしてなくてもサンタさんからプレゼント貰ったよね?」
ルテューアの言葉によりビクリと震える大人たち。いつもは純粋無垢でちょっぴり天然気質だというのに、こういう時だけはいらない勘の鋭さを発揮しますね。
途端にアルスティはあからさまに顔を引きつらせ、ニケロは明後日の方向を見たまま微動だにしません。弁解する気など微塵もないと態度で示しています。よって当然、
「去年はな、結構急な話でサンタがこっちにくる予定がそもそもなかったんだよ。だけどあーたんがなんとか話を通してくれたお陰で、お前たちはプレゼントを貰えたんだぞ?」
この男が、レグが口を開きます。よく見ると右手の小指が一本ありませんね、話が始まる前に制裁でもされたのでしょうきっと。
おっさんの小指1本ぐらいなら余裕でへし折れる彼女は突然のご指名に一瞬ギョッとしますが、
「そーなの!?あーたんすごーい!」
ルテューアの美しく純粋な瞳を見るや否や、フフンと得意げに鼻を鳴らします。
「まあね!私の交渉術があればあれくらい朝飯前よ!よゆーよゆー!」
「おおぉ〜!」
「きゅむ!」
「できるおとなはちがいますね!」
「結構やるなあ!まおーさまほどじゃねぇけど!」
最後の一言が引っかかりますが感激はしている様子。拍手喝采まで送ってもらいますが、夢を壊さないためとはいえ、子供たちを騙しているようで心境はちょっぴり複雑でした。
「(ううっ……良心が痛い……)」
「(今は耐えるしかないぞ、あーたん)」
「(しょーがないよ、無難な嘘をつくしかないって)」
テレパシーで簡潔な会話を済ませたところで、レグが手を叩きます。
「そういえば!クリスマスといえばブラックサンタだよな?おじさんってばすっかり忘れてたわー奴の存在を」
「ぶらっくさんた?」
「なんじゃそりゃ?めっちゃ低確率で出現するサンタの違いか?」
ルテューアとヨゼが首を傾げ、彼らの足元でポメとパピもキョトン。ちなみにニケロもブラックサンタに聞き覚えが無いのか、目を丸くしてレグを見ていました。
「ブラックサンタは単なる色違いじゃないぞー?クリスマスの夜に悪い子の枕元に嫌〜なプレゼントを置いて、そそくさと帰っていくサンタの亜種だ」
「いやなプレゼントってなんですか?ピーマン?」
自分の苦手な食べ物を挙げたパピでしたが、レグから返ってきた答えは彼女の想像をはるかに上回っていました。
「石炭」
「え」
パピ硬直。
「嫌いな食べ物」
「へ」
ルテューアキョトン。
「もっと悪い子にはベッドの上に豚の内臓をぶちまける」
「ほうほう」
ヨゼ感心。
「さらにさらに悪い子は袋に入れて拉致されるぞ」
「ぽ!?」
ポメ驚愕。
ちなみにニケロも非常に驚いた様子で話を聞いています。アルスティは特に興味がないのかロサテンプスで拾ったクッキーを食べていますが。
「以上がブラックサンタが聖夜に届ける嫌〜なプレゼントだ。おじさんが子供の頃はクリスマスが近づくと、周りの奴らはみーんな怯えてたんだぞ?」
「へえ〜おじさんはその怯える子供に含まれてたの〜?」
「いやいや。おじさんは超絶いい子だったからそんな心配性全然ナッシングだったぞ」
『うっそだあ』
質問したニケロだけでなくアルスティからも信用ゼロの返答。
「全面否定やめない?しかも2人揃って」
「だって〜完成品がこんなのだもん〜疑いから入るよフツー」
アルスティも大きく頷いていました。
レグの信用のなさはさておき、生まれて初めてブラックサンタの話を聞いた子供たちはといえば。ヨゼを除いて怯えた表情。
「こ、こわいですね……ブラックサンタさんって」
「にゅー……」
「ば。馬車小屋には来ないよね……?」
完全にビビりまくっていますね。無理もありません。
しかし、ヨゼだけは怯える様子を一切見せず、それどころか星嵐鎌を両手に装備して戦闘体勢を整えます。
「よーしわかった。どんな奴だろうが俺が一撃で殺る、任せとけ」
「倒す気満々じゃないかーヨゼくーん、頼もしいけど」
血の気の多い彼が暴れ出さないように説得している最中、アルスティはようやく席から腰を上げ、怯えたままのルテューアたちまで足を運びます。
「そんなに心配性しなくても大丈夫よ。だって、みんなが良い子だっていうのは私たちがわかっているもの、ブラックサンタは良い子の所には来ないんだから、今にも泣きそうな顔をしないの」
「な、泣いてないもん……」
ね?とポメとパピに同意を求めますが2人共疑いの視線を向けていました。幼児は正直です。
「えっ」
「ま、泣いてるか泣いてないかはともかく」
「泣いてないってば!?」
「はいはい。ブラックサンタがもしも手違いとかで馬車小屋にはの屋敷に来たら私が五体不満足にさせてやるわ、大丈夫いけるいける」
その自信がどこから来ているのかは謎ですが、そう語った彼女の表情は自信に満ち溢れていました。実際しょっちゅう五体不満足にさせていますからね、レグとか。
彼女の力強い一言のお陰で、ルテューアだけでなくポメやパピの表情もパッと明るくなります。だってこんなにも頼もしいリーダーがいるんですからね、時々ぽんこつですが。
「ブラックサンタよりあーたんの方が怖いね〜」
ふとぼやいたニケロの率直な感想にアルスティは「そう?」と首を傾げだけ。己の腕力の強さについては驚くほど無自覚。
「そんなことないよ!あーたんカッコいいもん!あーたんがいるから、ブラックサンタが来ても大丈夫なんだよ!」
「ぴゅ!」
「ですね!」
「妖精って五体不満足になんの?」
キラッキラの笑顔を浮かべる3人とは違ってヨゼだけ冷静です。彼だけブラックサンタに対して恐怖心を抱いていませんからね、受け取り方がまるで違います。
彼の疑問に答えたのはアルスティでした。
「なるわよきっと。私たちが何度人智を超えた存在を闇に葬ってきたと思ってるの?」
「言われてみれば」
体が列車になってる芋虫とか卑猥な攻撃をしてくるクラゲとか濡れ雑巾みたいな形容し難い生き物とか亡者の塊とか身の丈100倍以上はありそうな巨大魚とか、生きていた頃では想像もできなかった生命体を数え切れないぐらいほど倒してきたので、今更妖精に傷をつけられるとか疑問にすら感じませんでした。
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