ルフ魔女小説

□牢獄と人形兵
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夕闇の魔女、ドロニアが妖路歴程を使いルフラン市の地下迷宮の探索を始めてから数か月が過ぎようとしていました。
彼女の下で働く人形兵たちも劇的な生活の変化に慣れ、自分たちが生きていた時には絶対に味わえなかったであろう人形生活を謳歌し迷宮探索にも積極的に協力。お陰で地下迷宮の攻略は笑えるほど順調に進んでいました。
その間にもドロニアたちのいるテネスの方では嵐が起ったり魚が降ってきたり鍵が奪われたりとゴタゴタがあったようですが、人形兵たちは自分たちの力では解決できない問題だと理解しているので水は差しません。自分の仕事を責任もって最後までやる……それが互いの目標を早く達成するための唯一の方法なのですから。
前置きはが長くなりましたがここからが本番です。
ウンブラム、ヴェルトトゥルム。
妖路歴程ことレキテイが率いる人形兵団、通称「魔女ノ旅団」一行が5番目に訪れた異世界がウンブラム。この世界を治める3つの塔、その1つはヴェルトトゥルムと呼ばれています。
白と青が印象的な清潔感ある空間ではその見た目通り、規律と法をしっかり守るよく言えば真面目、悪く言えばお堅い国柄です。
魔女ノ旅団はそこにいました。いました……が、
「出してください!無実なので出してくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
薄暗い牢屋の中、ベイランは何度も何度も鉄の扉を叩いていましたが、鈍い音が響くだけで訴えに答えてくれる者はいつまで経っても現れません。
階層は地下、場所は牢屋。詳しい話は省略しますが誘導尋問という名目の罠によって罪を着せられた魔女ノ旅団一行は、武装を奪われた挙句囚人服を着せられて閉じ込められていました。蛇足ですが囚人服は白と黒のしましま模様。
サポートを除く旅団メンバー11人が収容されても狭さを感じない無駄に広い空間。無機質な鉄の扉と、隅にぽつんと置いてあるベッド1台、それの反対側の壁に等身大の鏡が張り付けてあるだけ。灰汁の瘴気に満ちていますが、耐性をつけた人形兵たちにとって空気同然です。
「間違えて丸ボタン連打して壁に何度も衝突してるみたいな音が出てるぞ。泣き叫びながら暴れても無駄に体力を消費するだけなんだからやめとけって」
すぐ近くであぐらをかくレグが呆れながらベイランに声をかけてやれば、彼は扉に手を突いたまま膝から崩れ落ち、
「だってだって……俺たち何も悪い事してないのに……変な因縁つけられて牢屋に閉じ込められてこんな……こんな……」
生前は悪い事を1つもせず、反省文を書いた経験もない彼にとってこの現実は非常に酷なモノで、この後も「辛い辛い」と涙声で延々と呟き続けます。
根暗でネガティブ思考の彼がこうして落ち込む光景、通称「鬱モード」は幾度となく見てきましたが今回は今まで類を見ない程の落ち込みようで、見ている方まで気落ちしてしまいそう。
「るんるんるーん♪」
そんな超絶ネガティブの横をナノコという超絶ポジティブがするりと通り、鉄の扉の前に立つと、
「すいまっせーん!宅配便で――――す!着払いですよ――――!ハンコくーださぁぁぁぁぁぁい!」
冒頭でベイランが扉を叩いていた時と同じぐらいの音を響かせながら何度も何度も扉を叩き始めました。
宅配屋の真似事をして、うっかり騙された看守が扉を開ける……なんて奇跡は起こらず、扉を叩く音が永遠と続くだけです。
「それで扉を開けるような看守はおらんて」
レグがため息交じりに正論をぶつけるとナノコは「ならば……」と一旦扉を叩くのを止めて、
「集金でーす!新聞の集金に来ましたー!いるのは分かってるんですよー!今月分払ってくださいよー!ゴミ袋おまけしときますからー!!」
再び叩き始めても結果は同じ、牢屋内に騒音が響くだけで何も変わりません。そもそも看守が牢屋の外を歩いている気配すらしません。
「なののーも飽きないね〜」
レグの横にいるニケロは最悪な状況でも笑顔を絶やさず皮肉を込めた台詞を投げかけますが、ナノコは笑みを浮かべたまま、
「とりあえずネタが尽きるまで一通りやってみるわ!一度でいいからこういうのやってみたかったのよ!」
自重する気など一切見えないこの表情。ちょっとやそっとの事でこの娘は落ち込まない……旅団の面々は気付いてしまったのでした。
「騒音迷惑ですよ……もう……」
真面目一色のサモもこの状況には相当堪えているらしく、ナノコを叱りつける気も起りません。ベッドの横に座り込んで無機質な天井をぼんやり眺めていました。
「いつものさもさもじゃない……」
「そっとしといてやれ、今の皆には心を落ち着かせる時間が必要なんだからよ」
ナノコが引き、レグが宥めている最中。扉の正面にある壁際では、マサーファがアルスティに声をかけていました。
「アストルムでも似たような事があったって聞いたけど、その時はどうしてたの?」
「反乱軍に助けてもらったわ。あの時は寝て起きてすぐに脱獄したから、投獄生活らしい事は何もしてなかったのよねぇ」
「投獄生活らしいことって?」
アルスティの隣に座って大人しくしていたルテューア、膝にポメを乗せて不思議そうに見上げれば、アルスティは即答します。
「生き地獄」
「へ?」
「ぽ?」
分かるようで分かりません。ルテューアだけでなくポメも首を傾げました。
その言葉の真意を深く尋ねようとはせず、マサーファはほう……とぼやき、
「なるほど。今回は都合よく助けが来るのかしらね」
「全てを己の運命力に賭けるしかないわ……ムーンサイドの私は運命力低いけど」
アルスティはアステルナイトですが自分の運命力には驚く程自信がありません。なんたって受難体質、望んでいない事を引き付ける運だけは天下一品です。イキュラに迫られた経験もありますし。
更に攻撃力は上がるもののその代償に運命力と体力と防御を下げてしまうスタンス「ムーンサイド」を先日の魂移し時に選択してしまっているのもあってその低さは折り紙つきです。一同が静かに頷いている光景が確認できました。
「安心してアルスティ、私もムーンサイドだから運命力の低さには定評があるわ。一緒に落ち込んでおきましょう」
なんて言うマサーファですが感情があるのか分からない仏頂面でだったので落ち込んでいるようにはとても見えません。いつも通りでした。
アルスティという女性はお人好しを擬人化したような人物なので全く疑問を抱かないまま「そうねぇ」とぼやき、
「キングアリスは私たちに話がある様子だったし、魔女様が欲している鍵の事も知ってたわ。美味い具合に裏で手を引いてここから出してくれたらいいのだけれど……大統領の特権とかで」
ふぅ……と息を吐いた彼女、自分から行動を起こす気は全くない様子でした。
「お偉いさんとはいえすぐに俺らを解放してくれるとは限らねぇなあ、自分の用事よりも法律優先だったしよ」
暇で暇で仕方がないのか枝毛を探し始めたレグの言葉は、悔しいほど納得できてしまうので誰も反論しません。彼に対して敵対心を向き出しにしているサモが黙り込んでしまったままですし。
すると、ベッドサイドに腰かけていたミーアが、
「自力で脱出する方法がない以上、大人しく待っていましょう。脱出のチャンスはいつか来ますよ」
閉じ込められる前と同じ口調と素振りで悠々たる態度。どこか貫録すら覚える光景でしたがアルスティもレグもそこまでツッコみません。
いつもは騒がしいと定評のある旅団の人形兵たちが珍しく大人しくなりつつある中、「ぐぅ」とお腹が鳴る音が響きます。
「お腹すいたね……」
「ちゅー」
音を鳴らしたのはルテューアとポメ。育ち盛りの2人でした。
人形兵だから食事はいらないと思われるかもしれませんがこれでも魔法生物、生命体でもあるので食事によるエネルギー摂取は必要不可欠、生きている頃と全く変わりないのですよ。
「はあ……」
ため息を吐いたアルスティがそっと持ち上げたのは赤い本、妖路歴程です。どこから出したかは聞いてはいけません。
「いつもなら晩御飯の時間ね……でも、レキテイが変な魔法で封印されちゃったから非常食も出せないし、看守がご飯を持ってきてくれるのを待つしかないわ」
「そーだよねー……」
「ひゅぺ」
育ち盛り2人の悲しそうな視線を向けられているレキテイは否定も肯定も沈黙もせず、アルスティに抱えられ、腕の中に収まっていました。
その様子をぼんやり眺めていたニケロが言葉を投げかけます。
「よかったよね〜レキテイだけでも手元に残せて〜」
「当然よ。無くしたりでもしたら魔女様に何をされるか分からないもの」
レキテイの所持は認められたものの怪しげな魔法を使われたせいで本を開く事すらままならず、待機中のサポートメンバーを呼び出すことも、泥の脱出口等の魔法を使うこともできなくなっているため今のレキテイはただの置物同然、頑張っても枕にしかなりません。
ニケロは続けます。
「さすがに、ここに閉じ込められている間はご飯ナシっていうのはないよね〜?」
この言葉にルテューアびくりと反応。夜道で知らない人に声をかけられた時のような、どこか怯えたような表情でニケロを見つめます。彼にとってご飯がないのはアルスティに叱られるのと同じぐらい辛いのですから。
「刑罰は追って通告するとか言ってたから、それが決まるまでは一応生かしてもらえると思うわ。最も、こんな状況だからいつまで生かされるのやら……」
「ヒェェ……」
悲鳴を上げたのはベイランでした。このまま殺されてしまうのではないかという不安が脳裏を駆け巡り、頭の中には最悪な結果しか映し出されません。鬱モードが加速する。
重苦しさが続く空気の中、アルスティはふと視線を感じます。こんな狭い空間なら見られていて当たり前かもしれませんが、とにかく2つの視線を感じたのです。
「…………」
「…………」
見つめているのはマサーファとサモでした。
「え?なに?どうしたの?」
「いえ、なんというか」
「妙に慣れているな……と、思いまして」
言葉を濁す2人は意見が合致しているのもあり、互いに顔を見合わせ頷いています。それに合わせて周囲も「言われてみれば……」と納得し始めます。そして生まれる疑問。
一同の視線を一身に集める事になったアルスティの顔はやや引きつっており、
「あーんー……死ぬ前に似たような経験しただけよ?ただそれだけ」
「似たような経験って貴女……何をしでかしたんですか」
疑念を覚えたたサモの生気を失っていた瞳が段々鋭くなってきました。まるで大嫌いな犯罪者(レグ)と関わっている時と同じ目です。
このまま勘違いされて犯罪者扱いされるよりも、素直に話して誤解をといておいた方がいいでしょう。判断を下したアルスティが口を開こうとして、
「あーたん……」
足元からルテューアの訴えかけるような声と視線を向けられ、即座に言葉を飲み込みました。
「…………」
自分ががあまり気にしなくても、心優しいルテューアが心配するのは目に見えて分かります。
自分勝手な行為で子供の心労が重なってしまうのも、大人としてどうなんだと考え直し、
「はいはい。この話はおしまい。今は大人しくしておきましょ?下手に動くと何をされるか分かったものじゃないんだから」
なかなか無理のある区切り方をして話を強制終了。なかった事にしました。
「ええ……ああ、はあ……」
全く納得できないサモですが、アルスティがしつこく聞いた所で素直に喋ってくれるような人はないと分かっているので渋々口を閉ざすしかありません。ルテューアの様子も気になるところですが、今はやめておきます。
「人に言えるような話だとは限らねぇんだからよ?話してもらえなかったぐらいでスネるもんじゃねぇぜ?」
レグが優しめに慰めますが、
「腹立つので話しかけないでもらえませんか」
「どんな状況でも冷たい……」
非情な言葉が帰ってくるだけでした。
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