書庫‐T

□生まれ落ちた日
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時々、息が詰まりそうになるこの世界はそれでも――







今日は久々に任務が入っていない事を思い出し、
もう少し横になっていようと寝返りを打とうとした丁度その時。

部屋の外に一つ、気配を捉えた。

いつもならば起きるにはまだ少しだけ早い時間だろうに。
時計を見やれば、まだ六時半を少し回った程度。
落ち着かなげにこちらの気配を伺っている。
かといって声を掛けてくる様子はなく、相変わらず襖の前でそわそわとしている。

一先ず今はまだ声を掛ける様子はなく、寝返り打ち知らぬふりを決め込んだ。



暫くして再び時計を見やれば、目が覚めてから十五分程が経っていた。
気配は未だにそこから動く様子はなく。


「どうかしたのか?」


一体何をやっているのかと多少気になりつつ、流石にこれ以上放っておく訳にもいかず、
襖越しに声を掛ければ、あからさまに驚いている気配が伝わってくる。


「何かあったのか?」

「…っ……あの、さ…えと」


起き上がり襖を開け再度問えば、
目を泳がせながら言葉を吐き出そうとする弟の姿があった。


「…っはい、コレ、兄さんに」


そう言って差し出されたのは、五寸程の、幅の狭い薄い箱。


「オレから……」

「?」


差し出された箱を受け取り、弟の顔を見やれば。
照れているのか、ほんの少し口を尖らせそっぽを向きながら、開けてみれば分かるよと言う。

言われた通り蓋を開けてみれば、そこには折り畳まれた二本の紅い紐が納まっていた。

しかしよく見てみればどちらも紅一色ではなく。
一本は不規則に黒糸が、もう一本は規則的な配列で銀糸が編み込まれていた。
どちらも非常に綺麗な品だ。


「あのさ、…今日、兄さん誕生日でしょ?でも、ほしいものとか、思いつかなくて、」


箱の中を見たまま動かない様子に焦ったのか、サスケは慌てて説明を始めた。


「この前母さんと買い物に行ったとき、かんざし屋さんで見つけたんだっ、
それで、兄さんに似合うと思って、それで……っ」


そこまで言うと声を詰まらせ俯いてしまった。


「………サ」

「ご、ごめんなさい、やっぱりこれ、要らないよね?」


呼びかけた名前は、震える声に遮られ。
しまったと思った時にはもう遅く、肩を震わせ俯く顔から、足元にぽたりと雫が落ちる。


「……サスケ」


弟の肩がびくりと跳ねるのを苦い気持ちで見やる。


「要らなくないよ。」

「………え…?」


漸く不安そうな顔を上げた弟に、出来るだけ安心させるよう静かに言葉を繋ぐ。


「びっくりしただけだよ。今日が自分の誕生日だって、サスケに言われるまで忘れていた。
本当にびっくりしただけだから。だから、要らない訳じゃないよ」


それを聞いた弟は、きょとんとした顔で潤んだ目をしばたかせた。
その顔に、くすりと苦笑を零し、そっと頭に手を乗せる。


「ありがとう、サスケ。大事にするよ」


その一言に先程までの涙は何処へやら、一転してニコニコと笑みを浮かべる弟の、
頬に残る涙を優しく拭ってやりながら、久々に自分の心が暖かくなるのを感じた。


「本当にありがとう、サスケ」

「うん!兄さん――」


居間では母ミコトが朝食の支度が終ったのか、自分たちを呼ぶ声が聞こえる。


「兄さん、だいすきーっ!!」


そう言うやいなや居間に向かって走り去る小さな背中。
思わぬ切り返しに珍しく目を見開き、それから唇の端がじわりと引っ張り上げられる感覚。


「兄さーん早くー!」

「今行くよ」


廊下の角からちょこんと顔を覗かせ、早く来いと急かされる。

寝間着から普段着に着替え、部屋から出る。そしてふと立ち止まり、すぐに部屋へと戻る。
束ねた髪を解き、先程貰ったばかりの箱から黒糸が編み込まれた紐を取り出し、再び髪を束ねた。





「おはようイタチ。あら、よく似合うじゃない。良かったわね、サスケ」

「へへっ」





「兄さん、おめでと!」





嗚呼。
時々、息が詰まりそうになるこの世界はそれでも――




こんなにも暖かい、

己が生まれ落ちた、

この日。





‐END‐
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