pacco di fiore

□ちょっと他では言えない話
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よくある始まり方で申し訳ない、と数分前の事を思い返していたのは、他でもないこのチェ・ミノという男である。
それは遡ること五分前であった。毎日運動を欠かさずしなければ寝付けないという脳筋とも言えるミノは、いつも通り自室で筋トレをしていた。
腹筋を100か200した後、スクワットが100に腕立て伏せの100と、自作のメニューに従い体に負荷をかけていく。
すると何の前触れもなく部屋のドアがバタン!と音を立てて開いたのだ。
当然驚いたミノは、思わずスクワットの体制を崩しその場に尻餅をついた。
そこに立っていたのは、もう今年で知り合って11年が経とうとしている相手であった。

「ジョン…ヒョニヒョン…?」

ミノはそうつぶやいた。
間違えでなければそうだろう。普段あまり激しい主張はしてこないジョンヒョンだが、度々こういった、思いつきにしてはあまりにも鋭利なことをするのであった。
国民的なアイドルでありながら、尻餅をついた状態の格好悪いミノは、はたとジョンヒョンの思いつきであることを思い出したのであった。

「きょうもやってるなぁ!この脳筋め。」

ミノは、鍛えた自分の体を見るのが好きなあんたみたいなナルシストには言われたくないな、と内心思いつつも「ははっ」と笑って返した。

「…で、今回は何が狙いなの?」

即座に真顔になり、真っ直ぐと貫くような眼差しで本題に入ろうとするミノ。
そしてそれにたじろぎ、言ってしまうのを迷っているようなジョンヒョンは、まるで告白前の女子のそれのようだ。

「言いにくいんだけど…、」

心底気まずそうに話しているが、彼は自分に何かしてしまっただろうかと、記憶を遡るミノ。
しかしそんな考えも0.6秒後にはまるで消え去っていた。

「俺と…付き合ってみない?」

そして冒頭に戻るのであった。
全くもって理解できないという風に、もともと大きな目を丸々と見開き、フリーズする今回の被害者、チェミノ。
(おいおいおい…口調がまずチャラすぎだろ)
と僅かに働く頭の隅では考えていたが、これは言わないほうがいいということは確実であった。

「ごめん。ちょっとわかんないし、とりあえず大丈夫?」

そして行き着いたのはジョンヒョンがどこかで頭を売っておかしくなったのだという結末だった。もちろんそんなことではないのは分かっていたが、このときのミノにはそう言葉をかけるほか手段はなかったのだ。

「言っておくがミノに悪い話じゃあないぞ!まず…」

「ちょ、ちょっとまって!勝手に話進めないでまず座って?」

ミノは、いつもより何倍か押しの強さが大きくなり困惑すると共に、うきうきとしているジョンヒョンに疑念を抱えていた。
ベッドの近くにあるラグに座らせ、意味もなくクッションをジョンヒョンに抱えさせた。
これでやっと落ち着いて話ができるのなら、とジョンヒョンの方も疑っていないようだ。

「でさ!ミノには悪い話じゃないっていうのがさ!まず俺という恋人ができて、毎日一緒に過ごせるという点!そして次に、付き合いはするけど、好きにならなくってもOKという点!それから最後に、向こう半年ぐらいはお前のほしいものは何でもこの俺が買ってやるという点!」

な?お得だろ?といった顔で見つめているジョンヒョンだが、彼の言いたいことはイマイチミノの頭には届いていないようだ。

「ジョンヒョニヒョンさ…ごめん、どこから話せばいいのかな…まずね、 "恋人"って、恋した人だから恋人なんじゃないの?わかってる?
それと、最後のやつ…。俺のこと物で釣ろうとしてる?」

「なんだよおまえ…俺の事バカにしてるみたいな言い草はー!」

ここまでくればため息ものである。思いつきにしては鋭利という先程のメタファーは、今までで一番ドンピシャだと、ミノは確信した。

「とにかく…今回はノれないなぁ…。ごめん!」

なにも悪いことはしていないのに、シュンとしたジョンヒョンを前にすると、なぜか謝ってしまうミノであった。

「なんで…?お願いだよー…。何でも買ってあげるからさー!!それにお前、俺のこと結構気に入ってるでしょ?いつもソロコン来てくれるしさ!」

「それはみんなだよ…。」

「おねがいおねがいおねがい!!一週間だけでいいから!」

(一週間…?妙に的確だな)そう思ったミノは、すぐさま理由を問いただした。

「なんで一週間?なんかあったっけ?」

ジョンヒョンが拗ねないようにできるだけ優しく。

「お前しらないの?今この辺めちゃめちゃパパラッチ多いらしくてさ、どこで都合のいい写真撮られて根も葉もないスキャンダル記事書かれるかわかんないだってさ!怖くない?」

「…で…、なんで俺?」

理由はわかったものの、なぜそんなめんどくさそうな役割にミノが選ばれたのかはっきりしていない。

「なんでってお前…、男同士なら友達だと思って写真にも撮られないし記事にもされないじゃん!俺はこれなかなか良い予防線だと思うんだけどなぁ。」


「で、好きにならなくてもオッケーてわけね。なるほど。」

へぇーと感心しているミノを横目にジョンヒョンはミノへのお願い攻撃を追撃しようと考えていた。
ミノが押しに弱く、「お願い」と言われれば大抵のお願いを聞いてくれるということは既に雑誌でのKeyのインタビューでチェック済みなのであった。

「ね?おねがい!」

ここまで言われては…と、ミノは仕方なく了承した。

「わかったよ…。」
(めんどくさい兄貴だな…)

「あっ!!さっきはOKて言ったけど、やっぱりお前、俺のこと好きになったりするな!」

「なんだそれ…さっきと変わってるじゃん。まあいいけど…。」

ジョンヒョンは、ミノのこういった押しに弱い部分を少し心配していた。もしも、万が一、億が一、自分がミノを好きだと言って、「お願い」とねだれば、またもや「わかったよ…。」などと言って受け入れてしまうのではないかと思ったからだ。そのときはきっと、優しいミノは自分もジョンヒョンのことを好きになろうと努力してしまうだろう。
(ありえるー……。)
こちらもまた、ジョンヒョン自身が恋愛体質なのか、すぐに人を好きになるので、
すでにその可能性は億が一とは言えなくなっていたのであった。

「ちょっとまって。それじゃあジョンヒョニヒョンは俺を好きになっていいわけ?ちょっとずるくない?」

まだ言うのか、と、
ジョンヒョンは自分の完全な見切り発車アイディアを、チクチクと指摘してくるこの年下にいたたまれない気持ちと、恥ずかしくて消えてしまいたい気持ちに襲われていた。
(恥ずかしいったら!)

「うるさいな、まぁありえないから安心しろバカ!」

顔を真っ赤にして、ジョンヒョンは、プイと他所を向いてざっくざっくと歩き出したのだった。
この時ミノは、そんな兄貴分にほんの少し甘く胸が詰まるのを感じていた。
だがすぐに首を横に振り、素知らぬ様子で再び筋トレを始めた。
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