pacco di fiore
□性春の芽生え
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夏の日差しが森に、山に、海に、やってくる。そんな季節のあの日、忘れもしない特別な日。
俺はあなたに恋をした。
目眩がする程輝く海原には到底似合わない、泥臭くて苦い恋。
ミ-ンミンミンミンミーン………。
じりじりと、暑さを助長するようなセミの鳴き声に隣のあなたが鬱陶しそうに顔をしかめる。
「ぶはっ。今のヒョンの顔めっちゃブサイクだったよ。」
あまりに渋い顔をしていたので思わず素直に笑ってしまう。
「なぁに言ってんだよー…。お前この温度計見てもまだそれ言える?」
紋所を見せつけるように目の前に突きつけられたそれ。
針は確かに32度を指していた。
この辺りは真夏日で、ニュースでも報じられるぐらいとても暑かった。他のヒョンやメンバーたちもいつものエネルギーはどこへやら。
まるで除草剤をかけられた雑草みたい。
「忘れたの。俺はこのぐらいの暑さの中でサッカーするのが好きなんだって。」
「頭おかしいんじゃないのミノヒョーン…。」
呆れたというように力なく毒を吐くテミン。
一番若いのにお前がそんなんでこのグループは大丈夫なんだろうか。
「ま、いいか。お前はそのまま行けよ。一人おかしいやつが居て丁度だよウチラは。」
肩をゆらして楽しそうに笑うあなた。もとい、ジョンヒョニヒョン。
これが日常だった。
ただ、その日はいつもと違い、
何故か、なんとなく、ジョンヒョニヒョンを誘って避暑地探しと称し、近くの河原を歩いていた。
相変わらず外は暑いままで、歩けば歩くほど髪や洋服が居心地悪く肌に張り付く。
「あった!みてみて!あそこ良さそうじゃね!?」
さっきまで熱中症の犬みたいだった顔が一瞬でキラキラと少年のような表情に変わる。
ヒョンがあんまり嬉しそうでこっちまでテンションが高くなる。
やっと見つけたオアシスとでも言おうか、その場所は背高い向日葵やら蔓で囲まれていて、
成る程避暑地にはもってこいの半日陰だった。
「ふぁーっ!こんなん何年ぶりなんだろ!なんか秘密基地みたい!」
「ねっ!」
お互いに目を見合わせて笑い合う。
少年時代のちっぽけな世界で数多の壮大な冒険を繰り広げてきた記憶も手伝い、更に俺達を無邪気にさせた。
少し広めのそこは、何人か寝転んでも余裕があるほどで、俺達は夢中になって転げまわった。
本当に楽しくて、楽しくて、お互いにぶつかったってそのまま一緒に抱き合って続けていた。
そして不意に、それもまた、何故か。なんとなく、すべての動きが止まった。
ミーンミンミンミンミーン……。
ミーンミンミンミンミンミーン………。
目が合って、何も話さないでいた。まるで、時間までもが止まってしまったように。
押し倒したような形で見下ろしたジョンヒョニヒョンの顔に、
優しい木漏れ日があちらこちらから、雨のようにしとしとと零れ落ちてくる。
瞳は依然として楽しそうに、無垢な期待でいっぱいの色をしていた。
風が自分の脇腹を撫でていく感覚が、汗に濡れてじっとりとしていくのがすぐにわかった。
俺、興奮してる。
このままじゃまずい。そう思ってすぐに立ち上がろうとすると、何か意味を持っていそうな手が、それをやんわりと制止した。
「ミノ、きもちいね。」
赤く腫れぼったい唇が、ただ一言そういった。
「っは……っ。」
うまく息ができなくて、ほとんど無意識に、最後の一息を吐くと同時にやってくる、肺が思い切り開いていく膨満感。
「も、もう帰ろ。俺、いっぱい動いてお腹空いた。」
その返事はせず、やっとの思いで言葉を返した。
不純かもしれないけれど、これが俺が恋したきっかけだった。
例えばその、普段あまり汗のかかない額がしっとりと濡れていた光景。
あるいは、風が吹くたびいじらしく見え隠れする悩ましい位置のホクロ。
俺だけが映っている、その瞳。
どこかの誰かに突然銃で撃たれたような、そんな感覚だった。
神秘的で美しくて、ひどく妖艶だった。
今だって、思い出しただけですべての感覚がまざまざと蘇る。
そして更に、たくましくなった想像力のせいで年々いやらしいものへと変わっていく。
こんな状態で毎日顔を合わせているだなんて自分でも最低に変態だと感じている。
これでもまだ、清い純愛だって信じていたかった。
またいつものように妄想の地図を広げていると誰かに現実に引き戻された。
「ちょっと、ミノヤどうしちゃったの?今日は全然俺の話聴いてくれないねぇ。」
寂しそうにそういうオニュヒョン。自分の独り言になっていることに気がついたらしい。
「『せっかく皆で集まれる日なのに結局皆仕事が入っちゃってまた俺とミノヤのいつものメンバーだね。』って。」
「ちゃんと聴いてる。安心して。」
「オヤジギャグ言い過ぎてめんどくさくなったんじゃないならいいのだよ。」
「なんだそれ。笑」
今日は本当は全員で集まる日だった。久しぶりにご飯でも一緒に食べようって言ってもう二ヶ月も前から決めていたのにこの始末で、オニュヒョンは心底寂しいらしい。
俺があの日のことを思い出したのもこの約束が一因。
「ところでミノヤは今日一日どうだった?」
毎日会っているので聞くことがそれぐらいしかないと言うようにそう聞く彼の目はどこか冷めている。
(この人こういうとこあるよな…。だから何話したか覚えてないんだよ。)
「今日はね…。」
ジョンヒョニヒョンは…今日一日をどう過ごしただろう。
そうして久々の宴になるはずだった夜が終わった。