pacco di fiore

□おたがいさま
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気がつけば、囚われていた。いや、この場合、「さらわれた」って表現のほうが合いそうだ。

ちまちまと進む作詞。こういう地味でコツコツした仕事は嫌いじゃない。頑張った分、成果が出たときの喜びは一潮だからだ。
もうひとつだけ、理由を挙げるとすれば│。
『あいつの気を引けるから』かな。
小学生みたいな思考回路に我ながら可笑しくもなるが、それ以外に表しようがないのだった。
同時に浮かぶあいつの顔。俺がラブソングを書いて作品として表に出すと、あいつはいつも何とも言えない表情(カオ)をした。
嬉しそうな、悲しそうな。共感してくれているならもちろんウェルカムだが、毎回、苦しそうにも律儀に感想を述べて教えてくれるのだった。
俺のしたことに、一々反応する姿。それがどんなにマイナスなものでも俺は高揚した。
こういうことは、小学生と言うよりも変態よりなのか。
それでも良かった。全部俺のエネルギーに変わっていくのだもの。
(あいつの反応見たさに作った曲だってあるぐらいだし。)

 一段落ついたところで、作詞していた薄暗い小部屋から脱出した。
扉を開けた瞬間、急に目に飛び込んでくる明るいLEDの光が瞳の奥を刺す。
眩しくて思わず目を閉じてしまった。まぶたの裏で光の残像がチカチカ踊り、落ち着かない。

次にやっと見えたのは、「あの」表情をして俺を見るあいつの姿だった。


「どうした?てか、この部屋明るすぎじゃない?」


ちょっと、動揺。目を開けてすぐに受ける衝撃にしては大きかった。が、とても普通に話しかけた。


『貴方が、いるからだよ。』


そしてあいつもまた、"とても普通に"返した。


「またそんなこと言って。だからキボマにたらしだなんだって言われるんだよ。」

『ヒョンってさ、』


ほぼ俺の返事を無視して話し出すこいつ。
若干、俺に酷いことをしているのはお構いなしらしい。
(特に深くは気にしてないが)


『どんな気持ちで詞を書いてるの。』


俺がソロで活動するようになってからずっとその質問だけはしなかったくせに。
思い出したような口調で言ったこいつにちょっとムッとする。
それが伝わったのか、

『ごめん、聞かないほうが良かった?』

と気まずそうに言った。なんだかそれが面白くて、ちょっと意地悪してやる。


「あんまり…言いたくないかな。」


これを、こいつがどんなふうに受け取るのか見ものだ。
辛い恋愛経験を思い出して書いているから、あまり口外するのは悲しみをぶり返させると捉えるのか、
今誰か好きな人が居て、その人と付き合えたら起こり得ることを書いているから恥ずかしいと捉えるのか。

実際、どっちでもなかった。舞台の脚本を考えるのと同じぐらい、作業的で業務的なものだったからだ。つまりそこに散らばる歌詞は意味を持たないということだ。
なんだかこう言うと、自分は中身のないやつだって決めつけてしまうようでほんのちょっと、悲しくなった。


『言わなくていいから、見てても良い?』


普段じゃありえないくらい食い下がって来るので、思わず自身の体が強張る。


「何だよ、盗作するつもりかー?」


なんて笑ってみたが、こいつには通じなかった。
何も言わずに、まだ「あの」表情をしてこちらを見ていた。

逃げられないと言われたみたいに足がかすかに震えているのがわかる。
こんな姿、見られたくない。


「いいよ、気が済むまで見てなよ。」

やっとの思いでこう言ったのだった。


『やった、ヒョン、二人きりだ。』


俺のプライベートゾーンに入り込むことができたのがそんなに感動的なのか、こいつはいい笑顔をして言った。

そっちこそ、どんな気持ちでそんな表情するんだよ。と、再び作詞していた部屋の扉を開けながら頭の隅で思った。


「電気は、」
と俺が言いかけると、
すぐに『そのままで』と返された。

また、
『暗い場所でやるのがスタイルなら、崩したくないから。』とも。

(……気にしなくてもいいのに。全部お前に気付かれるために、やっているだけなんだから。)
とは言えず、

「ん、そっか。」
簡潔にそう言った。



 あれから一時間くらいか。
いざ他人が入ると浮かばなくなるもんだなぁ。と二番のはじめで止まった歌詞を見てそう思う。 


『もう、良いの?』


目の前の椅子に座り頬杖を突きながらそう言うこいつは、この作業がどんなに大変か知らない。


「途中までだけど、見る?」


と、単なる兄貴心で言った。見学する弟分に自分の仕事ぶりを見せたいと思うのは自然なことだろう。


『…いいの?』


俺が頷くと、優しく、それはそれは大事そうに走り書きのメモを持ち上げた。
そして、俺の好きなあの低くて心地のいい声で読み上げた。


"今君が見てる僕の姿は ホントの僕じゃない 
でも僕にだけはホントの君が 君も知らない君の姿が見える"


読み上げてまた、辛そうな、穏やかな、顔をした。


『ずるい歌詞。まるで貴方みたい。俺のこと全部見透かしてるつもりなんだ。』


(……そっちこそ。)


ずるいのはどっちだ。
何でもない歌詞にあんなふうに、色々詮索したくなるような表情をするほうが、よっぽどずるいじゃないか。


「お前、好きでしょ。」


ちょっとムキになって、そう言った。
返ってきたのは、


『好きだよ。』


の、四文字だけ。

依然、自然にそう言った。
何についてかなんて、一つも言及していないのに反応している、
うるさい心臓を無視するように、目を閉じた。


『ヒョン。今、何考えてる?』


やめて。どうか今は話しかけないで。今度こそ、今度こそ何もかも見透かされそう。
続けざまに言葉をかけられたことによって、
もはや全身が心臓の拍動を感じて内から震えていた。


「何も考えてない、って言ったら?」


早く切り上げて、心臓に安堵を与えたいような話を、質問で返してしまうだなんて、
今日はかなりこいつに乱されてる。


『ただ、全部見えてるよっていうかな。』


頬を打たれたように、バチッと目が覚める。


「そっ…か。」


他には何も言えなかった。


きっと最初から知られていたんだ。俺のこの気持ちは。


恥ずかしさと、えも言われぬ高揚感が体中を走り抜ける。

いつの間にか赤ペンで書き直された歌詞のメモを手渡すと、あいつは得意げに、何かを確信したような表情でこの部屋を後にした。


たった何文字かの赤ペンの字で、それは確信へと変わった。


"今君が見てる君の姿は ホントの君じゃない 
でも そのかわり君には 
ホントの僕が 僕も知らない僕の姿が見える"



メモの端には小さく、"お互い様" と書いてあったのだった。
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