長編作品
□5等分のフィアンセ
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煙草の煙が空気と混ざって消えていく。
それを津山司はぼんやりと眺めている。
セックスが終わった後での煙草は格別だ。
食事をした後も美味いが、それよりもはるかに美味い。
交際をしている“女たち”の中には、司が煙草を吸うのを嫌がる女もいる。
彼女の言わんとしていることは分かるし、自分の健康に心配をしてくれるのもありがたいものだった。
しかし、こうして格別な一服をすると、どうしても止められる物ではないと思ってしまう自分がいる。
「ねえ、あたしにも一本頂戴」
「ああ」
キングサイズのベッドで、司の左手側に横たわる松井玲奈が司の煙草を一本箱から抜き取った。
手慣れた手つきでジッポーから煙草の先端に火を点ける。
「美味しい」
「そいつはよかった」
煙が多くなる。
しかし上空へと立ち込めた煙はやがて消えてしまう。
司はなぜかそれが可笑しく感じた。
「なに笑ってるのよ」
「いや。なんでもない」
自分では笑っているつもりはなかったが、どうやら玲奈には笑っているように見えたらしい。
「変なの」
玲奈はそれだけ言うと、それ以上追及することはなかった。
彼がしつこく訊かれるのを極端に嫌がるのを知っているからだ。
「男はみんな変な生き物さ」
司の周囲の男たちは、出来る男のステイタスとして家と車と女を挙げている。
どれも墓場まで持っていけない代物だが、彼らはそれらを望んで止まない。
もちろん司も。
中古車のディーラーである司は、三十二歳にしてその三つを持っていた。
家は代官山と青山、成城にそれぞれマンションを構え、軽井沢に別荘も持っている。車は七台あり、全て一千万以上する高級外車だ。
女は玲奈の他に四人いる。
どれも個性的で司の好みの女たちであった。
松井玲奈はその中にあって、一番司と付き合いの長い女だ。
肩甲骨まで伸びる黒髪と釣り上がった大きな目が特徴的で、とても細い体をしているが、下半身の肉付きは他の四人の女たちの追随を許さない。
さらに、松井玲奈は四人の女たちの中で唯一の喫煙者だった。
気分を変えたいのか、司と共有し合いたいのか分からないが、たまにこうして司の煙草をもらう時がある。
「また忙しくなるの?」
「ああ」
司の仕事はすこぶる程順調であった。
最近ではやり手の経営者として雑誌やテレビにたびたび出るようになっている。おかげでこうして司と会うのは月に一回で、酷い時には三か月に一回というペースだった。
一か月ぶりに会ったというのに、またしばらく会えなくなるのか。
寂しさは募りに募っていたが、玲奈はそれを口に出さなかった。
口に出してしまえば重い女だと、別れを切り出されてしまう可能性があったからだ。
仕事柄なのか、他に女がいるからか分からないが、司はとてもドライな男である。
自分にとって不必要だと感じたのならば、容赦なく切り捨てるのだ。
玲奈は切られていく女たちを何人も見てきた。
いつか自分もああなるのかと思いながら――。
「さて。もう出るぞ」
煙草を吸い終わると、司はベッドから降りた。
床に転がっている自分の衣類を着ながら、玲奈はその背中を見つめた。
まだ司と居たかった。
出来るのならもう一回セックスをしたかった。
けれどそんなことを彼の前で言うことなんて出来ない。
玲奈は吸いかけの煙草を灰皿でもみ消すと、司がどこかへ投げ飛ばしたブラジャーとショーツを探し始めた。