NOVEL

□闇の沼に嵌まれば、戻れない
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「彼奴は、唯一、龍刀零式が自ら選んだ。今までは拒み続け、それゆえに自殺が絶えないていた。だが、今の彼奴の顔を見ろ」
 高杉の云う通りに神威は見る。
 なにかに囚われている俺がここに居る。
 そんな俺を見た神威は頷いた。
「如何にも憑いたようだね?」
「だろ? おい、土方」
 高杉は俺を呼ぶ。
 振り返る。
 神威が無意識に傘を突き付ける。
 どうしたのだろうか。
 俺はただ、龍刀零式を持ち続けるだけだが。
 文句でもあるのか?
「文句ではないさね、ただ、警戒しただけ……見えたから」
「見え、た?」
「うん」
 神威は俺を指差す。
 理由を話してくれた「だって血塗れの亡霊が君の足元にたくさん――這い上ろうとしてたのを見たからさ」
「!?」
 亡霊が這い上がろうとしていた?
 ふざけるな。
 俺には分からないし、怖い事云うなよ!
 夜が眠れなくなるだろ?
「だったら、俺と寝るか?」高杉が誘ってきた。
 別にいいです。
「なんだぁ……抱き枕が欲しかったのによぉ」
 あの、それだけに俺利用?
 完璧にお断りしますわ。
「ははは、冗談はさておき。土方」と、高杉が冷静な趣で話を進ませる。
「例の解体の件だが……神威と組んでもらいたい」
「神威? と……」
 俺は首か繁る。
 神威の存在を知らない。
 誰だ?
「神威は俺のことだよ?」笑みをして云い自分を指差す。
「あ、ああ。なるほど、よろしく。俺は……」 自己紹介をする途中で神威は口を開く。
「土方十四郎。噂では聞いてる、鬼と呼ばれる副長。結構、暴れてるようだ。高杉に聞くにはさ?」
 どうやら、俺の情報は既に知り得ているようだ。
「なら、話ははぇ――どう、解体させるのか……策を見つけねぇとな」
「それなら既に仕掛けてある」神威は余裕ある口調で衝撃的な事実を突き出してきた。
「伊東鴨太郎って分かるかな?」
「! ……彼奴がどうした?」俺は意外な人物の名に驚くが、次の発言で言葉を消失する。
「君が行方不明になってから、彼等の体勢(システム)が変わった。実は……」
 説明の最後の言葉に龍刀零式を思わず、落とした。
 両目がやや大きくなる。
「な、なんで……近藤さんは、俺を裏切り……なんて……くそっ!」
 両膝を曲げ、座り込む。
 顔を俯けにする。
 絶望感に浸る。
 どうして……信頼していたのに。
 近藤さん。
 俺は……俺は……俺は……。
 涙が滲んでくる。
 両手で拳を作る。
 そのとき、俺の内心でなにかが弾けた。
「くくく、くははははははっ! きゃはははははははははははっ!」
 もう、どうでもいい。
 真選組が解体しようがしまいが、俺は知らねぇ。
 許さない云々は超越した。
 どのような末路が待ち構えても、関係ねぇ。
俺は俺の道を行(ゆ)く。
 そして、決めた。
彼奴等に究極の地獄を味わいさせろ。
彼奴等にこれまでにない屈辱の意味を教えてやれ。
彼奴等に……死を死を死を。
 狂気の歯車が動き始めた。
 誰も、俺を止める事はできねぇ。
 この龍刀零式で斬る。
 刻んでやらぁ!
 満足するまで皆殺しだ!
 次第に膨張する憎悪が俺を働かせる。
「なにやら、土方は復讐をしそうだね」と、神威。
「復讐もなにも……狂っちまったからな。どうしようもできねぇ。まぁ、そこが好きなんだがな」と、高杉。

「へぇ、意外にも惚れてるんだ。俺、びっくり★」
「恋路はどのようなもんでも、続いてるのさ……神威、席を外せ」この高杉の発言に分かってるのか、分かってないような素振りを見せる神威。
 だが、自然と納得したみたいで、
「了解、楽しみなよ? せっかくの美人さんを困らせないでね?」
「ああ。励ましあんがとな」互いの意見を聞いた後に、神威は部屋を退室した。
 襖を閉じて近くで震えている万斉に声をかけようとしたが、止めた。
 素通りをする。
 今の彼は気楽に話相手にはならない。
 青ざめている万斉に話は届かない。
 無視が一番だ。
 それに万斉は肝が冷えているみたいだ。
恐らくどうすれば、高杉と対等に会話ができるか……。
 肝が冷えている状態では無理のようだから。
 それをなりより知るのは、神威自身である。
 知らずして、万斉は盗聴を続けながら恐怖感を味わい続けている。
 室内でなにが行われているのか。
 鬼畜なものだ。
 なにかを突き刺す音。
 高杉だろう、と万斉は確信する。
 室内でなにをしているのか。
 全貌はこうだ。
 高杉は俺を押し倒し、刀で俺の身体を何度も突き刺す。
 悲鳴をあげず、口から血が大量に流れても、俺は放心状態の表情を崩さないのは痛みも、感覚もないからだ。
 何処を刺し続けたにしても普通だ。
 両目から生暖かい液体が頬に流れるのを感じる。
 多分、血だろう。
 だが構わない。
 俺は致命傷を負っているが、生き続けている。
 傷が治癒していく。
 血痕があれど、傷口は見当たらない。
 綺麗なものだ。
「龍刀零式で傷は癒えたか。ふふふ、こりゃあ、面白れぇ! 土方ぁ、目覚めろよ? お仕事の時間だぜ?」と、高杉の言葉に俺は放心状態が解けようとしていた。
 意識が目覚めてゆく。
 衝動が芽生えてゆく。
 荒息が漏れてゆく。
 目の前の高杉を殺したい。
 殺してやりたい。
 生きる全てを奪いたい。
 さっきの殺意よりも上回るものが俺の内心に孕む。
 大波に呑まれる感覚に陥る。
 ふと、俺は我に返る。
 辺りの風景はあの戦場の成れの果てだった。
 そこで俺は気付く。
 随分と遠くに誰かが居る事を。
 突き刺されてある刀を片膝を曲げ、座る姿勢で掴んでいる。
 しかし、誰だとは確認できない。
 俺は屍を踏みつつ駆け寄ろうとした途中、足首に感触があった。
 顔を向けてみると屍達が無様な顔をして掴んでいる。
 これだと、先に進めない。
 無理に解く。
 前進するがまたも掴まれる。
 その繰り返しで呆気に囚われている俺に前方から声をかけられる「今のお前じゃ無理だ」
 なに?
 俺は前を向く。
 居たのは龍刀零式を持った容姿が酷似した青年が立っていた。
 こいつの足元にも屍達は蠢く。
 だが、俺のように掴まれていない。
 邪魔されていない。
 それは何故か……。
 理由の説明は青年の口から語られる。
 同時に龍刀零式を突き付けられる。
「俺は表ヅラのてめぇだよ。もうじき、消えるがな」
「消える?」
「そうだ。裏に身を任せたお前さんは、二度と光が差し込む世界には戻れない。要するにだ」青年は話の核心を告げる。
「龍刀零式に選ばれた以上、不老不死になって幾世紀もの旅に出るのさ。死なない元真選組の副長・土方十四郎さん。で、高杉の野郎が呼んでるぜ? さっさと現実に戻りな。同じく不老不死の恋人に悪い」
 この発言を聞いたとき、俺は疑問視する。
 高杉も不老不死?
 どういう事だ?
 訊ねようとしても世界は変わる。

 現実に戻る。
 俺は起き上がる。
 頭痛がする。
 片手で頭を軽く触れる。
 未だにぼやける意識。
 首を左右に振るう。
 これにより、意識を通常に戻そうとする。
 しかし、なかなか完璧とは云えない。
 真横に置いてある龍刀零式が天井の灯りが反射しては帯びる。
 俺は起き上がり、着物が穴だらけだと気付かされる。
「わりぃな、俺が穴を開けちまった。水月に用意させる。おい、水月」高杉が名前を呼ぶ。
 すると、子供が現われた。
 俺は見覚えあるな、と思う。
 あ。
 そうか。
 着物、小刀を用意してくれた子供か。
 水月。
 名前を把握した。
「この子供は俺の稚児だ。両親を盗賊に惨殺されたところを俺が救った。別に手は出してねぇさ」高杉は窓際に座り、夜の風景を見ながら煙管を咥えて話す。
 水月は早々に新しい着物を用意する。
 蝶の次は藍色の生地に水色で描かれた龍模様の着物だ。
 俺は着替える最中、高杉に訊ねる「てめぇは不老不死なのか?」
 その質問に高杉は「何処で知った?」と、逆質問された。
「いや、夢で言われたから……ちと、気になってな」
「そうか……なら、教えとかねぇとな」と、高杉は真相を俺に教えてくれた。
「俺は玄武刀零式(げんぶとうぜろしき)の主だ。契約する際に不老不死を与えられた。零式を持つもんはあの時代から生き続けている」
「あの時代から?」俺は鸚鵡返しのように口にする。
「そう……懐かしいもんよ。零式の主達は「平安」から生き続けてんだからな」
「!」
 平安?
 偉く大昔だな。
 よく江戸のこの時代に生き続けてきたもんだ。
 関心するぜ。
「関心なんざ、別にしなくてもいい。俺達は呪術に縛られているだけだ。あの野郎が仕掛けたもんをよ」
 窓際に座り続ける高杉は顔を俺に向け、煙を吐いた。
 そして、すぐに吸い始める。
 俺はまたしても、疑問に思う点に辿り着く。
 平安時代から縛り続けた「あの野郎」は誰なのだと……。
 けれど、高杉は奴の話はしてくれなかった。
 別に言い方をした「後で分かる」
 煙管を口から外し、誰かに話しかける「万斉、何時まで盗聴してやがる。動け、仕事だ」
 高杉の命令は絶対だ。
 俺は確信する。
 なんせ、あの集団の総督だからな。
 最凶の武闘集団・鬼兵隊。
 彼等を率いる高杉に逆らえばどうなるか……隊員であるなら分かるはずだ。
 優しくはない。
 死を待つのみだ。
 襖が恐る恐る開く音が聞こえた。
 俺はそちらに振り向く。
 顔を出してきたのは恐怖に支配されている万斉だった。
「す、すまんでござる! 晋助! 俺は別に盗聴を趣味としているわけでは……ござらぬ!」土下座して謝罪混ざりの言い訳に対し、高杉は他窓際から立ち上がり、目の前に行く。
 両膝を曲げて煙を浴びせる。
 そして、立ち上がるなり物静かに云う「お前の趣味は盗聴だろーがよ? 違うか?」
「俺の趣味は音楽づ――うっ!?」
 高杉に万斉は思いっきり蹴られる。
「なに、言い訳をぼやいてやがる。前々から知ってんだよ。音楽=盗聴だろうがよ? なぁ?」
「いや、それは……ぐはっ!?」
 再び蹴られる。
 万斉は恐れおののく。
 二人の様子に俺は口出しはしない。
 無言で見物する。
 巻き込まれたら面倒だ。
 逃げよう。
 室内から本気で出ようとした矢先――後ろから肩を掴まれる「何処に行かれるでござるか?」
 なんだ、あの馬鹿か。
 俺は襖を開こうとする。
 掴まれたまま馬鹿は云う「行かないでくれ!」

 だって、俺にも馬鹿が移るだろ?
 おい、離れろよ。
 加担しても無意味だぜ?
「俺は味方が欲しいのでござる。十四郎さん! 慈悲ある気持ちで……あっ!」
 簡単に肩から手を振り払う。
 龍刀零式を鞘から引き抜く。
 鋭い刃が万斉に向けられる。
「俺はゲスな奴には手を貸さないたちでね、ここで言い訳なしに謝罪するか、これの標的にされるか……決めな」二者択一を万斉に向け、低音の声を漏らす。実に気分が良い。
「ひぃ!」
 万斉は悲鳴を上げる。
 とりあえずは、俺と高杉に言い訳なしの謝罪をする「すいませんでしたー!!」
「どうするよ? 高杉」と、俺は高杉に答えを求める。
「そうさなぁ、鮫の餌食にでもさせるか」と、高杉は不敵な笑みを浮かべる。
「え? 俺は謝ったでござるよ? 約束が違うではなかろうか……」と、万斉は身を引く形で云う。
「――冗談を真に受けるな」
 高杉は再び窓際に腰を下ろす。
 俺は刀を鞘に戻した。
「運がいいな。てめぇは、万斉」
 もし、反抗でもすればお陀仏。
 違反条件をよく覚えてるみたいだ。
 俺は水月の頭を撫でながら、夜景を見つめる高杉が怒れば――状況が悪化する。
 今は落ち着いているが何時(なんどき)、爆発するか分からない。
 俺すらも予測不可能だ。
「……そういえば、彼奴の遠い記憶は戻りつつあるな」
 独り言を口遊む高杉は、俺を見ないまま勧誘してくる「鬼兵隊に入らねぇか? 土方」
 それには微笑をする。
 答えは……。




 江戸の下町にある復興されていない、実に老朽化が進む神社の鳥居の向こう側にある境内。
 狛犬が睨み付け、社を守る。
 その社の内部で彼は二本の刀を真横に置き、または錫杖も置かれてある。
 錫杖には刃が隠されている。
 如何なる場合こそのための防御品である。
 古めかしい――神殿の目の前で正座をしており、なにかを唱え続ける。
 ときに、服装は僧侶の姿だ。
 首には黒水晶の大きな飾りをぶら下げてある。
 そして、唱え終わると懐から三枚の人形でできている和紙を宙に飛ばす。
 そうするとだ。
 紙は次第に子供の姿を形づくる。
 人に扮した彼等は一体を残して消えた。
 目的の処は分かる。
 すぐさま、そこにいけばいい。
 ただ、それだけだ。
 残りの一体は社の出入り口の壁に背凭れにして立ち続ける黒の長髪の優男の元に駆けた。
 優男は彼の頭を撫でると海馬にある風景が記録される。
「あい、分かった」
 そう云うと一体は元の紙に戻り、宙で燃えて灰になる。
「……遠き記憶が戻るとは、また……戦乱が起こるとでも言いたいのか?」優男は彼の名前を告げる。
「安倍晴明」
 神殿に座る姿勢を崩し、二本の刀を腰に差して立ち上がる。
 振り返ると笑みを見せる。
「そうだな、江戸(ここ)には未練はないし、京都が一番の居心地が良(よ)い。戦乱はあるかはないかは運命次第よ。俺は元の居場所に戻るだけさ。ヅラ、玄武と青龍を頼む」
「俺はヅラじゃない、桂だ」優男・桂は物静かに云うが、何処か寂しさを感じさせる。
 晴明が立ち去る際に桂は服を掴む。
 それにより、立ち止まりて顔を正面に向けたまま、視線だけを桂に向ける。
 息を吐いた。
 昔も今も変わらぬと云う事か……。
 狂乱の貴公子――桂小太郎。

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