NOVEL

□闇の沼に嵌まれば、戻れない
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 俺は山崎を見るなり、こう思う。
 これで良かったのか。
 お前ならどうする?
 躊躇う俺を見てか、三味線を弾く事を止めた。
 俺に歩み寄る。
 目の前まで来た途端、肩手首を掴まれ引き寄せられる。
 無理に抱き付かれた。
 程度は強い。
 身体が痛い。
「俺はお前が好きだから、言ってんだよ? ほら、山崎の生首を腐らせたいのか?」
「それは……」
 曖昧な答えに高杉は接吻をする。
 濃厚に舌が絡まれ、押し倒される。
 着物を脱がされるかと思った。
 だが、実際は脱がされない。
 抱き付いたまま、俺の上に馬乗りになり、戸惑わせる。
「良い眺めだぜ?土方(点)おい、万斉」高杉が近くで三味線を弾き続ける彼を呼ぶ。
 万斉はぴたりと三味線を止める。
 立ち上がる。
 部屋を後にしようとする……最中で応じる。
「邪魔者は去るが一番でござる。仲良くするが良きことぞ?」
「分かってやがるじゃねぇな?」
「晋介は気配で察することができる。精々、楽しむでござる」と、云い残して出ていった。
 残された俺と高杉は体勢を変えず、互いに見続けている。
 俺は見られるのは苦手なため、視線を反らし、顔を横に向ける。
 頬を紅くさせながら。
 だが、すぐに元の位置に戻される。
 高杉が片手で顎を掴んだのだ。
 無理矢理にも動かされた。
「なに、顔を横に見せてんだよ? なぁ? 旦那(かれし)が見たくねぇのかよ、ああ?」脅されるように云われる。
 俺は「照れ隠し」だと応じる。
 反応に甲高い声が響いた。
「キャハハハハハハハッ!アンタ、面白いな。さすがは将来の伴侶だわ」
「伴侶?」
 どういう意味だ。
 婚約でもするつもりじゃあ……。
「そのまさかさ。俺が決めた以上、絶対的に夫婦となる。不幸にも赤子は産まれねぇけどな?で、話は大詰めだ」
 高杉は俺の額を軽く舌を這わせる。
 同時にズボンの上から股を触れる。
「んっ……んんっ……っ!」
 籠った声が漏れ、その様子を見ていた高杉は「服を脱げ」と命令する。
 服を脱がす?
「ああ、そうだ。さっさとしろ」命令には逆らえない。
 あの両目は狂気を含ませる。
 俺を玩具扱いされている。
 そんな感じがする。
 夫にしては恐ろしい。
 俺は素直に真選組の服を脱ぐ。
 上半身の素肌が見える。
 恥ずかしい。
「もう……この辺で……高杉……俺は……」
「俺は? なんだ? 楽しませてくれるのか? 土方」挑発にも似た発言、俺は無言する。
 偉そうに云う高杉は、顔を俯けそうにする俺をの髪を強く掴んだ。
 痛みを伴う。
 しかし、「今」の高杉には反抗はできない。
 不機嫌状態はなにをするか分からないからだ。
 乱暴に振るわされるか。
 或いは強引に振るわされるか。
 どちらも良い意味ではない。
 ただ、犯されるのは良い意味だったりもする。
 身体が重ね合わせ、快感を得られる。
 俺の状態は半ば全裸に等しい。
 幾つもの印を付けられ、幾度も絶頂させられ、自らの精液が放たれ、高杉の精液も内部に射精される……。
 喘ぎ声と悲鳴が混合して室内に響かせる。
 俺は高杉に酔いしれているのか?
 俺は高杉にマインドコントロールされているのか?
 たまに分からなくなる。
 好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い……。
 結論は――俺は高杉の耳元で云う「てめぇのことが大好きだ」
 そして、包帯で覆われている片目に軽く唇で触れる。
「なるほど……はははっ……なら、俺に忠誠心を示せ、誰にも奪われないためにもな?」

 高杉は俺を四つん這いにされ、穴に陰茎を激しく前後に出し入れを繰り返す。
「あっ、あああっ……んぐぅ……はぅぁああ……ひぃんあぁ……激しく……いっ!」
「お前は激しいのが好きだからな。速度をあげるぜ?」
「あああああぁぁああああああっ!!」
 すぐに絶頂を迎えた。
 自身の陰茎も既に勃起し、精液が放出される。
 高杉も内部に大量の精液を溢れるほど、出してくれる。
 気持ちがいい。
 どんどん、出してくれ。
 俺を満たしてくれ。
 高杉は荒息を若干漏らしつつ、陰茎を穴から出す。
 俺はぐったりと上半身が崩れる。
 行為が終わったときに
「さて、俺達を高みの見物をしているのは誰だろうな? おい」
 室内の襖扉に顔を向ける。
 名前を云う「万斉さんよぉ?」
 襖越しから、ヘットフォンを両耳を当てつつぎくっと身体が跳ねる。
 実は万斉は二人の行為を盗聴していたのだ。
 高杉に合わせる顔がない。
 どうする?
 きっと、怒られるには違いない。
 部屋に入るのに勇気がいる。
 ごくり、と息を呑む。
 怒られるのは怖い。
 血が引く。
 顔が真っ青になる。
 この場合……殺されるかも!!
「じゃあ、俺が中に入るよ」
 と、近くから声が聞こえた。
 気軽な声だ。
 簡単に云えばなにも考えていない。
 そんな感じだ。
「君はここに残りなよ、怖いんだろ? 大将が?」
 図星だ。
 何故、分かる。
「あはは、顔に書いてあるよ。じゃあ、俺はこれで」
 声の主は戸惑いなく扉を開いた。
 瞬時に扉が閉まる。
「なんという根性持ちでござるか……」
 万斉は深く息を吐いた。
 自身の行いが後悔するとは、な……。
 全く俺ときたら……。




 部屋に入ってきたのは、濃桃色の長髪を後ろで編んでいる青年だった。
 片手には紅い和傘を持っている。
 表情がにこやかだ。
 殺気も漂わせていない。
 俺は慌てて別の部屋に入る。
 暗闇の室内にて襖を閉じる。
 全裸状態での姿は見られたら恥ずかしい。
 ここで着替えなければ。
 襖の微かな開きに光が差し込む。
 俺は高杉と彼との会話を耳にする。
「あの副長さんとは楽しめたかな? 晋助」
「ああ。彼奴は俺の嫁よ。手を出したら……」
 高杉は着物を整えながら、壁で背凭れに座る。
 近くに置かれてある三味線を弾き始める。
 綺麗な音色を奏でる。
 俺とした事がなにもなかったかのうように。
 二人の会話を聞き続ける。
「晋助、君も良い人材を選んだ。恋人関係だから仲良しだけど……普通の関係だったら」
「俺は殺してる。だがな、神威――」
 高杉は話の核心に迫る。
「己の命を差し出してまで愛おしい人は、相当いねぇよ」
 命を差し出してまで愛おしい人……。
 俺は大事な言葉を聞いてその場に座り込んだ。
 高杉の奴……俺を本気に……愛して……。
 呆然とする。
 片目から一筋の涙が頬を伝う。
 内心でなにかが壊れた感覚がした。

 ちりーん――。
 
 後ろから鈴の音が聞こえてくる。 
 振り返ると、そこに居たのは幼い子供だった。
 猫のような黒髪。
 猫のような瞳。
 黒の着飾った着物。
 子供は俺にあるものを手渡される。
 なんだろう?
 受け取ってみる。
 それは着物だった。
 柄は見えないが黒だとは分かる。
「これを俺に着れと?」

 こくこくこくこく。

 頷く子供。


 俺は云われる通りに、着物に袖を通す。
 滑らかな感触。
 悪くはない。
 着替え終わると子供は持ってくる。
 小刀を……。
「それを俺になにをするんだ」子供に問いかける。

 左目を突いてください。

 主様の命令です。

「!?」
 左目を潰す?
 なんのために?
 そこまで、子供は云わず……闇に紛れ込んだ。
 気配が消えた。
 俺は小刀を無言で見やる。
 斬れ味が良さそうな刃である。
 これにて、左目を潰す。
 多分の話だが高杉と同じく目を失う。
 左右対称での姿となる。
 俺は目を失いたくはない。
 両目で高杉を見ていたい。
 でも……。
 無自覚で刀の先を左目に突き付ける。
 しかしである。
 両足を震わし、刀ががたがたと揺れる。
 本当は恐れているのだ。
 潰すのにどれだけ――覚悟するのかを。
 それでも、高杉の事が好きだから……。
 失明してもいい。
 全ては俺自身にあるんだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
 左目から大量の血が流れだす。
 息が荒く痛みを伴う。
 小刀を捨て高杉の居る部屋に戻る。
「――土方。お前、俺が選んだかいがあったわ……神威、傷を治療してやれ」
 畳にぽたぽた、と血が滴り落ちる。
 俺は意識が飛びそうになる。
 これで……正解だったのか。
 よく分からねぇが……片目を喪失者同士、仲良くできるはずだ。
 そう思いたい。
 神威はとりあえず、万斉に応急手当のできる治療箱を持ってこさせる。
 せっせと持ってきたら、止血を行う。
 それが終わると縫い始める。
 簡単なまでだ。
 神威は治療の達人でもある。
 上手く成功を遂げた。
 包帯で覆う。
「これで、治療はできたね。俺に感謝するんだ――怒ると殺すよ?」最後の言葉は脅迫を感じたのは俺だけかもしれないので、これは心の奥に収めよう。
 まずはご機嫌伺いで礼を云う「あんがとな? 神威」
「お安い御用さ。何時(いつ)も怪我人を助けるのは慣れてる」まぁ、嘘だけど。
 事実を誰にも言わずに神威は俺と高杉ににこやかに声をかける。
「そろそろ、終わりにしてもいいかい?」
 提案があるらしい。
 そろそろ終わりにする意味が知りたい。
 高杉は察知ができたようで答える「真選組の解体……そして、万事屋の消滅」
「なっ!」
 驚く真選組の解体だと?
 後は万事屋の消滅。
 後者はどうでもいい。
 前者はいけない。
 彼等を殺するのだけは駄目だ。
 冗談にもほどがあるだろ。
 おい。
「なにを恐れてる? 土方、お前はもう既に裏切り者……反対すべきことではねぇはずだが? なぁ、神威」心境を察して解釈をする高杉は話を神威にふる。
「うん、そうだね。裏切り者は裏切り者らしく自らの刀で元仲間達を殺すんだ。でなきゃ……」
 神威が俺の目の前で和傘を突き付ける。
 空気に変貌が来した。
 殺意のある感覚に似ている。
「俺に殺されちゃうかもよ? 土方十四郎くん」
 笑顔で云われた。
 満面な笑みで。
 不気味だ。
 なにかを企んでいる感じない。
 高杉晋助。
 神威。
 お前達はなにをしようとするんだ?
 教えてくれないか?
 無理なのか?
 いけない事でもあるのか?
 なぁ。
 なぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁ。
「君に隠すつもりはないさね」神威の口が開いた。
 和傘を下ろす。
 それでいて……理由を高杉と神威が交互に説明する。

 まずは高杉から。
「俺達はなぁ、真選組が邪魔なだけだ」
 そして、次は神威から。
「ある計画のために泳がせていたけれど、真選組は正義感が有り余っている。だから」
 俺は息を呑んだ。
 次に云われる発言が恐ろしい。
 そうとも気付いているのか、気付いていないのか。
 高杉と神威は同時に云い放った。
「「解体し、一人残らず殺すのさ」」
 一人残らず殺す……なんて事だ。
 余りにも残酷過ぎる。
 度が過ぎるじゃねぇか。
 裏切り者ながら戸惑う。
 解体襲撃は明日の深夜二時。
 このときは誰もが寝ている時間帯だ。
 そこを攻める。
 高杉は自らの手で加える事はしない。
 神威と俺とで組み、後は奴等に憎悪を抱く攘夷志士達を収集すればいい。
 筆頭は俺だ。
 着物は黒い生地に、白い蝶が特徴的である。
 高杉の着物と酷似してある。
 それもそのはずだ。
 夫婦の衣類が別とは不可思議だ。
 最適だ。
 俺は高杉に刀を手渡される。
 何時も使用しているものとは格別だ。
 重たい。
 鞘に金色の龍が巻かれてある装飾がされてある。
 綺麗なものだ。
 両手で掴んだ次の瞬間、刀が光始める。
 気付けば屍達に埋もれて鴉達が飛び回り、彼等を口散らかす。
 そこに俺は立ち尽くしていた。
 死臭が鼻に突く。
 この状況に顔を逸らしてしまう。
 だが、声をかけられた。
 反応して顔を向ける。
 視界には一人の女が居た。
 裸である。
 男なら誰もが頬を紅くし、慌てて視線を何処かに向ける……のだが、不思議にもその感情が湧いてこない。
 むしろ、対面しなければはらない。
 俺は女に問いかける「お前は何者だ?」
『わたしは……』
 顔を俯け気味にしたが、すぐに顔をあげる。
 瞳孔が縦細長い。
 爬虫類のように思える。
『貴方様が持っております――龍刀零式でございます』
「龍刀零式?」
『はい』
 龍刀零式は頷いた。
 自らの説明を始める。
『わたしを手にする者は必ず「死」を招きます。それゆえに、貴方様にお願いがあります……』
 お願い?
 なんだろうか?
『貴方様は特殊なお人で御座います。なので、わたしを好き自由にお使いください』
 そう云い残した直後、刀からの光に覆われ、現実に意識が戻る。
 両目がハッとする。
 目の前はあの……龍刀零式を両手で抱えていた。
 改め、龍刀零式を見てみる。
「好き自由にお使いください」……か。
 あれは幻想なのか。
 空想なのか。
 よくわからねぇけど、自由に使わせてもらうわ。
 真選組解体を目的にして……と、あれ? 俺は今、なにを思った?
 解体なんざできやしないのに。
 無茶な事を考える。
「龍刀零式は人を選ぶ」高杉が云い始めた。
「その刀は破滅に導くもんなんだよ? 刀が選んだ人は破壊思考を促す。要は妖刀の一種だ。お前さんはそれに惚れこまれたのさ」
 説明を聞いた俺は龍刀零式を強く掴む。
 すまない。
 お前達。
 どうやら……抑えきれそうにもない。
 この破滅、破壊思考で殺し合いをしようじゃねぇか。
「ねぇ、高杉」神威が声をかける。
「神威(てめぇ)の訊きたいことは分かるぜ?」質問が筒抜けだ。
 神威は息を吐いて問いかける。
「なら、話は簡単だ。あの暴れん坊くんをずっと、引き取るつもりかい? なんなら、俺達が引き取るけど?」
 と、高杉は徐に首を左右に振る。
 拒否された。
 感じで分かる。
 残念そうな神威に告げる。

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