NOVEL

□恋愛には危険が付きもんだ〜血塗られた紅い糸〜
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 銀時は木刀を手にする。
 二本目の刀には触れずに。
「私を木刀で? まさか、恩師に怪我をさせてしまえば……天罰が下りますよ?」
 偶然か。
 必然か。
 よくは知らない。
 けれど、銀時自身は本気で松陽を倒したいらしい。
「いいでしょう。私を殺めれば彼は史上最凶の、歴史には書かれていない赤子を産みます。そこまで待ちなさい。物騒なものを下ろして」
「史上最凶の赤子? 土方の腹に居る奴ですか? コノヤロー!」
 落ち着かせようとしたが、挑発的な云い方をしてきたのだ、一度は叱っとかないと。
 まずは選択肢だ。
「さて、貴方には選択肢を与えます」
「選択肢はどうでもいいです。早く先生の首をよこしてください。今の俺はなにをしでかすか……分かりません」
「そうですか」
 そうか。
 この銀時は土方十四郎(かれ)に恋してる。
 弱愛している。
 人の恋路を邪魔するつもりはないけれど、二人の恋は、仕組まれたものだ。
「殺しの獣」を孕ませるためだけに交際をしているのだから、用が済めばおさらば。
 銀時はよくよく考えてみれば生かしておいた方が良きに等しいだろう。
「貴方の気持ちは分かります。けれど、これは運命。誰にも道は変えられません」
「先生……」
「ですが、貴方を生かします。でなければ――お話になりませんから」
 そう、話にならない。
 計画が無駄に終わる。
 避けたいものだが……。
 仕方あるまいな。
「気絶させろ」
「!!」
 真後ろから非常に強い殺気を感じ、銀時が振り向く際に後頭部をなにかで殴られた。
 かなりの強さだけに……気絶するのは当たり前だ。
「く、くそ……せんせ、い……」言い残して銀時は倒れ込む。
 両目を閉じて微動だにしない。
「松陽、これでいいのかい?」
 銀時の真後ろに現われた神威が狐の面を顔に嵌めながら、訊いてきた。
「ええ、構いません」
「それで? 松陽の知り合いはどうするわけ? 殺してもいいなら殺すけど?」
 楽しそうに云う神威に松陽は再び、本を開いて読書を再開する。
「例の和室に監禁してください。でなければ、この子は暴れますからね? お嫁さんが来るまでは……」
 多分、十四郎の発情期が来れば、そわそわしてくる。
 初子を喜んで受け入れるに違いない。
 自らの命を捧げて。
 お婿さんは大変だ。
「分かったよ。でもさ、余計な行動したら殺すから……アンタの意思関係なくね?」
 銀時の首根っこを掴み、神威は部屋を後にした。
 ズルズルと引き摺る音が聞こえる。
 残された松陽は脳裏に桂小太郎を過らせる。
「彼はお産婆さんに向いてますかね。もうじき、産まれそうになりますから……呪術では無理な話です」
 読書をしつつ呟いた。
 発情期は必ず来る。
 銀時の感情が高ぶるのも時間の問題だ。
 運命は運命なりに従うものです。
 雨が止むように、ね?




 呪符を用いて幾時間が経過したものか。
 土方の意識は未だに喪失している。
 ここまで来ると心配と云うよりも、暇を持て余す桂は、息を漏らした。
 今までは下腹部が膨らみがありそうだが、全体的に膨らんでいる様子が伺える。
 まずいな。
 このままいけば、発情期に達する。
 土方の発情期とは赤子を孕み、産む事を示す。
 現状では孕んで赤子は成長をしている。

 意識が戻れば出産する可能性は否定できない。
 幾時間で赤子を孕んだのは驚きものだ。
 しかし、銀時が戻ってこない。
 敵に捕まったか?
 それもそうだな。
 相手は松陽先生だ。
 敵う相手ではない。
 承知で挑みに行ったのか?
 馬鹿らしい。
 阿保らしい。
 待ち続ける身にもなれ。
 欠伸をするほどに待ちくたびれた感覚を感じる桂は、近くで唸り声を耳にする。
 はい。
 誰ですか?
 唸るほど、寝ている馬鹿は……と云うのは冗談で慌てて声の方に駆け付ける。
 呪符で眠り続けている土方が首を左右に振りながら、腹部を両手で触り苦しんでいる。
「あああ、あああ……ああっ……苦しい、痛い……痛いぃぃぃぃっっ!!」
 意識がない。
 違う。
 意識は既に回復している。
 殺しの獣が胎盤内で暴れているのか。
 これは出産間近だ。
 どうすればいい!?
 お産婆の経験はないからな。
 だが、考えても待てはしない。
 してやるか。
 赤子、通称・殺しの獣を出産させてやる。
 まずは呪術を使用する。
 半ば獣状態化にある土方は普通の出産は無理に値する。
 胎盤に手を入れてから赤子を取り上げる。
 その作戦で行こう。
 よし。
 桂は苦痛である土方の子宮部分に呪術を描く。
 こう見えても洋学が学んでいる。
 特別な事でも知識は豊富。
 殺しの獣は西洋でも有名である。
 人類の史上最凶の生命体。
 殺す事だけを快楽とし、星を滅ぼすまでの能力を秘める存在――。
 桂は敢えて土方の呪符を外した。
 その途端、荒息を立てながら虚ろな目付きで桂を見る。
「俺の赤子を取り出すのか? ヅラ」
「ヅラではない。桂だ。それよりも母体が危機的状況にある。取り出すぞ!」
 呪術を起動させる。
 子宮が動き出す。
「うぅ、あぁぁあああっ! 痛い、痛いぃぃぃ」悲鳴をあげる土方。
「我慢しろ。この赤子は母体では限界を超えつつある。出産せねばならん!」
 桂は片手で赤子を出産させる。
 だがしかし。
「やめ、ろ……その赤子は……はぁ、はぁ、……ぁぁぁ……高杉の……」
 赤子は高杉とのものだ。
 誰にも触れられたくはない。
 けれど、そうともいかないようだ。
 桂曰く獣は出たいがために母体を喰い破る怪物だ。
 また、獣が唯一信用できるのは母親――つまり、土方本人なのである。
 桂は大声を放った「うわぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁっ!!!」
 片手に小さな生命体を掴んだ感触がした。
 勢いよく引っ張る。
「ひぃぃいぃぃいいいいぃぃああああぁぁぁああっっっ!!!!」出産の痛みで嘆く。
 そして、赤子は元気な産声をあげる。
 元気な女の子である。
 大量の血はないものの微かに赤子には血が付着してある。
 半透明の液体に包まれている。
「土方殿。元気な赤子だ……抱くか?」
 泣き続ける赤子に土方は頷き、笑みを浮かべる。
 ずっと、待ち続けてきた赤子。
 誰にも渡さない。
 産まれてきてありがとう。
 この世に生きてきてありがとう。
 涙が溢れかえる。
 土方の様子を見て安堵した桂は一息吐いた。
 先生、これで貴方の計画は達成したのも同然。
 これから母子を連れて江戸城に向かいましょうか。
 それが最大の目的なのでしょうか。
 先生……。
 桂は内心で思った。
 行動を起こす。

「さぁ、土方殿……行こう」
「何処に?」
「江戸城だ。お前の夫が居る」
 桂は手を差し伸べる。
 枷は既に外されている。
 桂による行動力だ。
 土方はその手を掴んで立ち上がる。
「では、参ろう」桂のその言葉を聞いた瞬間、場所が瞬時に移動した。
 因みにである。
 桂小太郎。
 武士道を極めつつ西洋魔術に詳しい人間だ。
 以上!




 俺はふと、意識を取り戻す。
 同時になにかの振動に襲われる。
 涙が無意識にぼろぼろと零れ落ちる。
 何故、泣いてんだ?
 俺……。
 把握できずにいる最中、周りを見渡す。
 伽藍洞の和室である。
 襖や障子は閉ざされている。
 多分、開けないだろうな。
 不意に思ったけれど……胸騒ぎがする。
 ここになにかが来るかもしれない。
 大切ななにか……大切な……。
 俺の脳裏が映像を倍速で流してくれた。
 土方が赤子を出産。
 そして……永久にある大きな洞窟の湖に浮いて眠り続ける。
 否。
 赤子の命と引き換えに死んだ。
「土方が……土方が……土方……」
 その映像は嘘に決まっている。
 土方は死なない。
 死なせるわけにはいかない。
 赤子と同居生活を送る。
 それしか方法はない。
 だけど、幾つものパターンがある。
 死での終わり方は最悪の終焉ではないか!
 俺はここから出なければいけない。
 早く土方に会いたい。
 赤子にも会いたい。
 どんな形でさえ。
 絶対、迎えに行ってやる。
 だがな――考えてみろ。
 土方に会う前に彼奴との決着がある。
 もう、恩師じゃねぇ。
 ラスボスだ。
 松陽だ。
 この野郎……マジで土方に傷でも付けてみろ。
 俺が――。
「相手となる」
「!」
 静寂を消すかの如く声が聞こえた。
 後に目の前から降りてきた。
「よっと!」謎の人物は軽い声を出す。
 会話が始められる。
「初めましてかな? 坂田銀時」
 笑みをしているような口調で俺に問いかける。
「そうだけど……アンタ誰?お面を付けてるから、分かんねぇ」怠そうに答えながら、逆質問をする。
「俺は神威。ここの警備を任されてる。敢えて顔を隠してるから、ご理解をよろしく!」
 仲良さげに応答する神威に俺は溜息をする。
 同時に傘を持ち歩いてる事から……兎夜の可能性説が浮上する。
「あ、俺は兎夜だよ。神楽の兄貴さ」簡単に物事を云う神威に、俺は「はい、そうですか」とくらいしか云えない。
 しつこく問いかけない。
 重要な部分だけ暗記する。
 俺のモットー。
 決まり事みたいなもんか。
 それは変えられないので話を進ませる。
「兎夜の神威さんよぉ」
「なんだい?」
「なんで登場してきたの?理由でもあるのか?コノヤロー」
 俺の質問に神威は正直に答える「気まぐれかな。あと、君の嫁さんは出産したらしいね」
「え、土方が?」
 信じられない。
 赤子を産んだなんて。
 しかも、俺の。
 祝いをしないといけないか?
「お祝いは……しない方がいいよ」内心を見破れたようで神威は云う。
 続きを話す。
「土方十四郎は「高杉の子供」だと錯覚してるから」
 と、俺の心にぐさっときた。
 普通なら俺の赤子であるわけで、高杉ではないから。
 前にも云われたな。
 赤子を孕ませるのは俺だって。
 真実は知らんが、将来の旦那様はこの銀時だ。
 文句は云わせねぇんだな、これが。
「じゃあ、一つだけ教えてあげなくちゃね、銀時」

「なんだ、俺の悪口ですかい?」訊いて見たかった。
「悪口じゃない。ちょっとした警告さね」
「警告?」
「そうそう」
 神威は通知を告げる。
「もしも、松陽を愚弄すると――許さないから。互いに殺し合うことになりかねない……。一応、お守り兎夜だから」
 楽しそうに話すのだが、
「俺を余り怒らせないように。これでも平和主義なんだ」
 気楽に云われた。
 俺は無言をする。
 理解をしたみたいだ。
 頷く神威はすぐに何処かに消えた。
 云い残して「俺は引き下がる。土方とは、仲良くしろよ」
 気配は消えた。
 唐突にだ。
 俺は木刀の二本目の刀を手で触れ、目標を決めた。
 土方の子供は高杉ではない。
 俺が父親だと分からせてやる。
 どんなであろうと。
 高杉ではない。
 正真正銘に俺を認めてやるじゃねぇか。
 気合いを入れる。
 和室から出ようとする。
 だが、開かない。
 どうして開かないのよ?
 それには外部からの仕掛けがある。
 鍵が何重にもかけられる。
 見張り付きも居る。
 力強く開けようにも無駄になるだけだ。
 和室に監禁ですか?
 こちらも対策がある。
 天井に入り込んで進む?
 違う。
 勢いよく突破する?
 違う。
 ならば、如何に?
 俺は集中する。
 土方の恋人に選ばれた。
 なにかの能力があるはずだ。
 試してみるか。
 集中する。
 大声で叫んだ。
「ウァァァアアァァァアアア!」
 声を聞いた見張り役は、度肝を抜かした。
 背中に六枚の翼が生えているのだ。
 左側の翼は漆黒。
 右側の翼は深紅。
 頭には角がある。
 瞳の色は蒼だ。
 見張り役は俺の姿を見るなり、逃げ出した。
 怪物が現れた!
 なんで、助けを求めた。
 俺は案外、人外になるとは思わないでいた。
 強く願いを込めたら、こうなるのか。
 関心を寄せる。
 そんな事よりも土方奪還を目指す。
 翼を利用して素早く移動する。
 邪魔立てするなら、刀で斬り殺すまでだ。
 待っていろ。
 土方!




 城の真下には巨大な空洞がある。
 綺麗で透き通る水が溜まっている。
 土方は赤子を連れて松陽達に従う。
 その前に彼等は気付かされる。
 銀時が変化した気配を。
 松陽はクスリと笑う。
「銀時らしいね。まさか、本性を公に出して……よほど、十四郎が好きのようだ。別に私 と張り合うのはまだ、早すぎますよ?」
 確認をしてから、土方に赤子を渡すように云う「殺しの獣をこちらに渡してください」
「拒否する」即答で拒否をする。
「そういうと予測してました。では、動かないようにします」
 松陽は赤子を視界に入れないほどに速さで奪われた。
 土方は壁に吹き飛ばされる。
 背中に痛みが走る。
 動かれる前に松陽は彼の両腕を頭上に上げる。
 真横から陰陽の印が現れる。
 小刀が出て来て両手に突き刺した。
「――ッ!?」
 激痛がする。
 血が流れる。
 顔を俯ける。
 弱そうな顔付きをする。
――これで終わりだな。
 死を覚悟する。
 しかし、助けが来る。
 銃声音が響く。
 松陽は流れ弾に当たる事は、無理のはずは分かっている。
 銃を扱うのもそうだ。
 初心者ではない。
「やぁ、小太郎。銃を反則ですよ? 納めてください」
「それは無理というもの。土方殿を開放しろでければ(点)」
「私を銃殺すると?」

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