NOVEL

□恋愛には危険が付きもんだ〜血塗られた紅い糸〜
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 寂しげな表情をする。
 まるで、教え子の「今」を確信したかの如く――。
「どうされましたか? 松陽殿」
 使役者が訊ねてくる。
「いえ、なんでもありません」顔を戻し、笑顔を見せる。
 内心で他人に見せる必要性はない。
 表沙汰には明かされてはないからだ。
 いや?
 明かされたくない。
 人権侵害。
 常に松陽は穏やかな態度で本性を隠している。
 ほぼ、「偽りの顔」で接する。
 一度本性を露わにすれば隠されたものが表沙汰になる。
 将軍様さえも知らぬ計画も奈落の底より、引き釣り出される。
 それでは駄目だ。
 幾百年も費やしてきたものが無駄になる。
 それこそが水の泡だ。
 計画は最後まで成し遂げましょう。
 松陽の気持ちに変化は見られない。
 むしろ、楽しく進行中である。




 昏睡状態の土方の腹は次第に大きくなるのを俺は、心配そうに見つめている。
 大丈夫だろうか……だなんて、恋人ならば当然の如く思える。
 しかし、黒幕があの人とは未だに、気持ちが落ち着かない。
 整理のしようがない。
 人ではなく獣ではなく……謎の生命体・土方十四郎に微かにだが、抵抗感を抱きつつある。
 嫁に迎え入れたいのに、真実を知ったうえで躊躇い、戸惑いが芽生える。
 若干ではあるけども……。
 呪符を剥がさぬ以上、赤子は成長しない。
 出産も停止している。
 ただあるのは器でしかない伽藍の洞。
 物静かに寝息が聞こえる。
 土方は夢でも見ているのか。
 内容などは訊けないが……。
 それはともかくである。
 俺はヅラに話しかける「おい、土方くんは何時から実験体になったんだ? 阿保ヅラ」
「おれは阿保ではないし、ヅラでもない。桂だ。もう、そのあだ名で呼ぶな」
 ご立腹の様子だ。
 ところで気になる点がある。
 ヅラには友が居たはずだ。
 名前は……エリザベスだっけかな。
「おい、ヅラ」
「だから、桂だ」
「――エリザベスは何処よ? 何時も一緒だろ?」
「…………」
 エリザベスに関しての質問に顔をやや俯けるヅラは下唇を噛み締める。
 悔いている。
 簡潔に答えてくれた。
「死んだ」
「え? 死んだの?」
 不死身だと思ってたのに。
 予想外の展開。
 説明は続行される。
「処刑された……拘束されたおれの目の前で、だ……」
 ここから、ヅラの回想に突入する。
 指名手配にまで逃げ続けていたヅラは、エリザベスと江戸にて、隠居的生活をしていた。
 雨が降りそうな天候の下で訳有りに裏道を歩いていたときに、幕府の関係者に遭遇。
 逃避しようとしていたが、目の前に松陽先生が登場したのだ。
「久しぶりですね、桂小太郎くん」
「あ……あ……」
 相変わらずの態度の彼にヅラは声を失う。
 同時に身柄も確保された。
「先生は元気だった。でも、幽霊を見ているかと思った。どちらが本当で嘘なのか……分からず、気付けば断頭台の前に居たんだ」
 過去を思い出すようにしてヅラは云った。
 回想はまだまだ続く。
 断頭台に上がるのはエリザベスだった。

 ヅラは抵抗をした。
 大切なものを糸も簡単に失いたくない。
 しかし――エリザベスは血に染まった。
 唖然とするヅラは呆然と両目を大きく開き、口をパクパクさせていた。
 そして、松陽先生にある条件をすすめてきた。
「貴方には使命を与えましょう。お友達のためにもね?」その言葉を聞いたとき、ヅラは思ったと云う。
「先生には逆らえない。だから、ここを廃屋にしたのは、おれの協力あってのこと。元々、この屋敷では実験をしていたからな……研究者達を追い出すのも難しくなかった」
 これで、廃屋の真実が明らかになったわけだが、意外な説明に……どうしてか、受け入れられた。
 反論も無く。
 ヅラの回想は終了を遂げるが、まだまだ、話は続けられる。
「エリザベスを失ったおれは、先生の元で当分の間は身を置く事になった。というか、今も続いているのだが、それは無関係だから敢えて説明はしない。で、本題は先生が描く計画だ」
「松陽先生の計画?」真剣そうに言葉を並べる。
「如何にも……あのお方の計画は恐ろしきものだ。聞きたいか?」
 その問いかけに俺は無言に頷いた。
「いいだろう」ヅラはこくこくと頷いた後、計画内容を俺に伝える。
 それは驚愕のものであった。




 荒廃した江戸の街並み。
 建物は倒壊し、砂漠化しつつある。
 天は砂埃で覆われ、霞んで見える。
 髪を靡かせ、彼は崖の上から風景を見続けている。
 靴は履いていない。
 ラフな格好の姿をしている。
 ここ周辺には人気はない。
 むしろ、人が行き来する処を全く見ない。
 見かけた事は一度もない。
 一人だけか?
 この世界に居るのは。
 ほかの人は生きているのか。
 それさえも分からない。
 ただ、理解できる。
 ここは死んでいるのだ。
 人類は滅亡し、全ては壊れた。
 彼は息を吐(つ)く。
 何処からか鳥の鳴き声が聞こえる。
 死骸を求める鳥だろうか。
 詳しくは知らないが、この世界で生きていくのは確かである。
 孤独と戦いながら……彼はその場を後にしようと後ろに振り返る。
 前に進もうとした矢先だった。
「よぉ、旦那」
 聞き覚えのある男の声が耳に入ってきた。
 立ち止まり、聞こえた方へ顔を向ける。
 包帯で片目を隠している男が居た。
 煙管を口に銜えながら、笑みをしている。
「お前は……高杉晋助、か?」
「ご名答。さすがは××さんは違うわ」
 煙管を吸い、口より煙を吐いた。
 もう一度に口に銜える。
「どうして、ここでてめぇと会うんだよ? 奇遇って話か?」そう、彼は高杉に問いただす。
 死んだはずだ。
 銀時に殺されたはずだ。
 なのに……!!
「××。奇遇じゃねぇぜ、これは必然だ。貴様が呼んだ……いや、俺が概念で入り込んできたか……なるほどな?」
「なに一人で納得してやがるんだよ!」
 彼は考え込む高杉に意見を云う。
 一方で高杉の方は馬鹿げた発言を残す「お前、ノリ良いわな。初めて知ったわ」
「馬鹿野郎!」怒鳴る。
 なにがノリがいいだ。
 ふざけるな。
「いや、ふざけてないが?」
「おめぇって奴は……」
 本気での高杉に呆れる彼は、溜息を吐く。
 それよりも、訊きたい事がある。
 この世界はなんだと――。
「ここはお前の深層心理だ」高杉は素直に云う。
「俺の……深層心理? なんだ? それ?」「知らないのか。あーあ、面倒だな。説明するのは――まぁ、いいか。教えてやる」

 煙管を外し、説明を始めた。
「深層心理はお前さんの中だ。無意識の空間だ。それで、俺が居るかだが……察してくれや」途中から適当に云う高杉。
「察しはできねぇ……で、俺の中に居るわけを言え。でなきゃ……」
「俺を追い出すのか。いいぜ? 遠くにある真相には近寄らねぇよ?」
「真相?」首を傾げる。
「その通り、じゃあ、案内すっから付いて来い」
 高杉は何処かに行こうとする。
 何処に向かうのか。
 彼も後追いで歩いていく。
 真相に行くには高杉曰く「随分、遠い」そうだ。
 だが、彼の深層心理に高杉が居るのか。
 普通なら現実に居るのに……。
「おい、高杉」声をかけてみる。
「××の言うことは分かるぜ?」図星らしく高杉は云う。
「俺がお前の中に居るのは何故か……簡単だ。俺は精神生命体だからな」
「精神体……生命体、だと?」
 それはなんだ。
 精神と聞くと実体は持ち合わせていない。
 もしくは既に死んでいる。
 どちらだ?
「その質問に対しての回答だけどよ……ハズレはねぇよ」気軽に返答される。
 ハズレがないなら、事実に値する。
 納得した。
 そうだ。
 高杉は銀時に殺された。
 実体など精神は離れている。
 透明人間かの如く好き自由に飛び回れる。
 こうして、人の精神に侵入できる。
 恐ろしい存在だ。
 見られたくもない記憶まで覗けるからな。
 高杉には要注意だ。
 だがしかし、彼の深層心理に入るのには、なにかしら……理由があっての事だ。
 探りを入れたいのだが、云う直前に目の前を進む高杉が口を開いた。
「俺はお前――××を自由にさせたいだけだ」「別に俺は自由だ。不自由はしていない」
「おい、俺が恋人だった記憶はあるか?」
 いきなり、なにを云う。
 まぁ……確かに。
 嘗ての恋人は高杉だった。
 乱暴に振り回され、毎日、訪れる。
 獣の耳と尻尾で笑われた記憶はないもでもない。
 だが、ある日の事だ。
 彼奴が現われたのを境に別れた。
 当初は厭きられたかと思ったが、無理に引き裂かれたみたいだった。
 理由は明かされていない。
 教えてくれないのだ。
 幾ら問いかけても、高杉は誤魔化されるだけだ。
 彼は高杉が大好きだった。
 座敷牢に監禁したのは銀時だが……密かに高杉が通うようになり、抱擁された。
 正直、銀時よりも高杉と一緒になりたかった。
 何時までも一つになりたかった。
 だと云うのに……嫌だ。
 先頭を歩く高杉に彼は後ろから抱き付いた。
 驚かされた如く高杉は立ち止まる。
「俺はお前が好きだ。誰よりも、銀時よりも……俺は、俺は……おれ――ッ!?」
 泣き崩れるように云い放つ彼に高杉は、振り返る。
 彼の唇を唇で塞いだ。
 温かな感触が伝わってくる。
 自然と一筋の涙が頬に流れ、両目を閉じる。
 久しぶりだ。
 高杉に触れたのは。
 そのまま、押し倒されるかと思えば……唇が離れた。
 徐に両目を開ける。
 彼は高杉を虚ろな目付きで見やる。
 また、してほしい。
 穢れてもいい。
 だから――。
「すまねぇけど、続きは無しだ」
 どうしてだ?
 こんなにも……胸が苦しいのに。
 お前はなにもしては、なにもしてくれないのか?
 そんな結末は要らない。
 不幸せにはなりたくない。
 せめて!

 彼が思った矢先である。
 残して歩き続ける高杉は、再び立ち止まる。
 天を見上げ、独り言を呟くように云う「××と俺は離れた。元に戻ることはねぇんだよ」
「…………」
 それは認識してある。
 だが、未練は気持ちを複雑にさせる。
 どう生きていけばいいのか。
 ここでしか……会えないのに。
 悲観的になる。
 しかし、彼は本来の気持ちを云えない。
 云えたとしても通じるわけがない。
 ここは諦めるしかなさそうだ。
 恋愛感情を押し殺して先を進める。
 目的の処は分からぬままで。




 瞳孔の光が失われている両目が半開きで、土方は、行動力の兆候は見らないでいる。
 妊娠速度も止まる状態だ。
 額の呪符のおかげだが……「なにか」が忍び寄る気配があるにも関わらず、俺とヅラは会話を交わしている。
 しかし、驚愕の事実に俺は驚きの表情で両目を大きく開かしている。
 あの松陽先生が残忍な計画を進めてるのが……信じられない。
 優しく悟るかの如く良きお人だったはずが、なんて事だ。
 両手で拳を作る。
 身体が震えている。
 けれど、恐怖の意味ではない。
 予想外の事での意味合いなのである。
 ヅラは息を漏らし、俺を改めて見てきた。
 壁を背凭れにして俺とヅラは腰を下ろしながら、視点をこいつに向ける。
 柵越しの向こう側には息絶えて仰向けに永眠してある高杉に変化がしていく。
 このとき、俺は異質な気配を察した。
 ヅラも気付いたようだ。
「この気配は……」
「あの方が動いた」
 立ち上がり、辺りを見渡す。
 気配主の姿は居ない。
 すぐ傍に居ると云うのに。

 さぁ、今一度……目覚めましょう。

 頭上から男の声が聞こえる。
 閉じていた片目が勢いよく開いた。
 ギュルルルル……!!
 瞳の色が深紅に染まる。
 同時に土方にも変化が起きる。
 瞳孔の光が差し込もうとしていく。
 金色の瞳に色づく。
 俺とヅラは座敷牢から出て気配先の方に向かう。
 高杉が居る方面だ。
 すると、死んでいるはずの彼が起き上がる。
 無表情で感情が籠らない顔付きで見てくる。
 近くに置かれてある刀を手にし、立ち上がる。
 血痕は残されてある。
 傷もだ。
 無言の高杉は刀を俺とヅラに突き付ける。
「これは……先生の……指示……こ、れは……せ、せんせ……」
 途切れ途切れの発言を繰り返す。
 まるで、人形の如く。
 ヅラが舌打ちをした。
 状況を瞬時に把握した事なのだろう。
「高杉は蘇生されていない。操り人形だ」
「誰のだ?」
 俺は問いかける。
「松陽先生だ」真剣な口調でヅラは云った。「あの松陽が!?」俺はやや驚く。
 死人までも操れる先生は、なにを企んでいるのか……分からない。
「とりあえずは――銀時」
「ああ」
 高杉に刀を構える。
 声を同時に云った。
「「高杉を倒すしかねぇ!!」」
 一斉に攻撃を仕掛ける。
「ヅラ、前を頼む! 俺は後ろ側に回る!」
「了解致した」
 さらさらとしている黒の長髪が揺れる。
 本気で戦え。
 抗え。
 松陽先生に負けるわけにはいかない。
 ヅラは高杉に攻撃を行うが、刀で交戦する。
「ちっ!」
 二度目の舌打ちが俺の耳に入る。
 意識がヅラに集中しているうちに、俺は背後で攻撃を図る。

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