青の祓魔師 ヴァールハイト
□1話 悪魔がいる世界
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ーーーーーーぽつ。
「…ん、」
何かが頬に当たって意識が浮上する。
雨に濡れた土と草木の匂い。おばあちゃんとよく庭いじりをしていた私には嗅ぎなれた匂いだ。
…そういえば、おばあちゃんが亡くなってから庭にあんまり行かなくなってたなぁ。
…?私、ここで何してたんだっけ?ていうか、ここは…
「……っ!」
一気に頭が覚醒して、飛び起きて周りを見回した。
一面の草花、手入れされた庭だ。しかもうちの庭と似ている。
私は、そこに制服姿のまま倒れていたらしい。
「え、何…ここ。家じゃない」
なぜ自分はこんな所にいるのか。
「何がどうなって…えっと、家に帰ったら誰もいなくて、蔵の鍵が開いてて。それでーー…」
思い出した。
そう、蔵であの鏡を見たんだ。そこから記憶が無い。
どうなっているんだと頭を抱えたくなるが、冷静な自分がとりあえずここがどこか確かめないとと言う。
「そう、だよね…。えっと、どっちに行けば…」
口に出した声が震えているのに気づいて、口を閉じてふらりと立ち上がる。
人の気配がない、静かな庭でぽつぽつと慰めるように雨が降り出した。
いつもなら慈雨だと感じる雨が、なぜか今日は冷たく感じる。一滴ごとに体温を奪っていくような気がして、身震いをした。
目が覚めた時から、なぜかここが怖いと感じる。あまりにうちの庭に似ているからか、それとも別の何かがあるのか。
ふらっとおぼつかない足取りで少し歩くと、黒い何かが見えた。
その時、
ガッシャーン!!
「うわぁっ!またやっちまった!」
黒い門を、制服を着た男子が倒したように見えた。
アワアワと倒れた門を直していた男子と目が合った。
「やっべ。しえみに怒られる…は?」
ぽかんとした後、キッと眦を吊り上げた彼は、背中に背負っていた筒袋に手をかけた。
「お前、なんだ?悪魔か?そこで何してやがる!」
「あ、悪魔…?」
何言ってるの、この人。
そんな意味を込めた目で見ると、男子はしばらくじっと見た後、ふっと力を抜いた。
「その反応じゃ人間っぽいな。お前、しえみの家族か?」
しえみ?と首を傾げるとあれ?と向こうでも同じような反応をする。
「おっかしいな。じゃあ客か?でも悪魔知らないっぽいのに祓魔屋に来るのって変だよな…」
ブツブツと何かよく分からない単語を連発する彼に、もしかして変な人なのかと思い始めた時、後ろから眼鏡をかけて黒い団服のようなものを着た男子がかけてきた。
「兄さん!また勝手にいなくなって、動くなって言ったじゃないか!」
「お、雪男!」
悪ぃと謝る最初の男子に、全く…と眼鏡を直す雪男と呼ばれた男子。
この人たちはいったい…?
「兄がご迷惑をお掛けしました。僕は中一級の奥村です。失礼ですが貴方は?」
別に迷惑かけてねーよ!と騒ぐ彼を抑えて私に話しかけてきた眼鏡の男子は、奥村と名乗った。
「私は、杜野名無しさんです。あの、突然すみません。お尋ねしたいんですが」
「あ、はい?何でしょう」
「ここはどこでしょうか……?」
恐る恐るのその問いに目の前の2人はパチクリと目を丸くして、顔を見合わせて沈黙したあと、眼鏡の彼が答えた。
「…ここは、正十字学園の中枢。祓魔師専門の用品店です」
せいじゅうじ?エクソシスト?今の短い回答で半分以上も分からない。これはいよいよ手に負えない状況なのではと、ヒヤリと焦る。
さっきの人当たりの良さそうな雰囲気から疑うような雰囲気に変わった眼鏡の彼は、怪訝な表情でこちらを見た。
「ここは鍵がないと来られない場所です。見たところ祓魔師でもなさそうな貴方が、どうやってここに来たんですか」
「わ、わかんなくて…気づいたらここにいました…」
そんな馬鹿な。そう吐き捨てた彼は、完全に私を敵認定しているようだ。
射抜くような鋭い視線に晒されて、心が冷たくなっていく。
なんで、なんでこんな事になってるの…?
怖いよ。家に帰りたい…おばあちゃん…誰か。
助けてーーーー
「待てよ、雪男」
腰に下げたガンホルダーに手を伸ばしていた眼鏡の男子が、その手を止めた彼に驚いたような目を向けた。
「兄さん…?」
「なぁこいつ、本当に困ってるみたいだしさ、とりあえず一緒に連れて帰ろうぜ」
行くとこないんだろ?と今度は私に問いかける。
それにコクリと頷くと、ぽたりと目から涙が落ちた。
気まずげに顔を逸らした眼鏡の男子の肩をまるでわかってるよと言いたげに叩いて、その彼はこちらに向き直って人懐っこい笑顔で言った。
「俺は奥村燐!こっちは弟の雪男だ。お前悪いやつじゃなさそうだし、このまま濡れてたら風邪ひくだろ?とりあえず俺たちの寮に来いよ。なんかあったけーもん出してやるからさ」
なっ、いーだろ雪男!と仰ぐと、雪男と呼ばれた彼は、「もうそのつもりじゃないか」とため息をついて了承する。
「よしっ。名無しさんつったっけ?帰るぞ」
そう言って歩き始めた彼らの後を、間を空けてついて行く。
時々振り返って速度を落としてくれる彼らは、優しい人なんだとわかった。
まだここに来てから幾ばくも経っていないはずなのに、すごく永く感じる。身体に染み込んでいた雨の冷たさを思い出し震えると、雪男君がコートを渡してくれた。
「さっきはすみませんでした。良かったらこれ、使ってください。すぐ着きますけど、着てれば少しはマシだと思います」
「わ、ありがとうございます。…クシュッ」
「やーい、ムッツリメガネー」
「兄さん、あとで宿題倍出すから」
「!?」
青ざめた燐君を後目に、鍵を取り出してドアを開けた。