novel

□ハガロ伯爵の闇のお屋敷
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みなさんは、ドラキュラに会ったことがありますか?
そうです、ヒトの血を吸うこわ〜いドラキュラのことです。
え?ドラキュラなんていないって?そんなことはありませんよ。そうだ、私の知り合いのドラキュラを紹介しましょう。そうすると、信じてもらえるでしょうから。かれがどこに住んでいるかって?ルーマニア?日本?いいえ、ちがいます。ドラキュラは、みなさんの心の中に住んでいるのです…。

ハガロは、りっぱなひげを生やしたドラキュラです。古いおやしきに住んでいます。ペットはコウモリとクモ。ここまではみなさんの想像どおりですね。でも、ハガロはヒトの血を吸いません。ヒトの血を見るのが大きらいなのですから。ハガロがまいにち飲むのは、甘ずっぱいアセロラジュースです。そんなハガロのおやしきには、まいにちたくさんの人が訪れます。おやしきまでの地図を持っていなくても、みんなまよわずたどりつけます。心がよわっている人なら、だれでもね。

「コン、コン」

ドアをたたく音です。今は夜の1時。ちょうどハガロが、朝ごはんを食べおえたころです。ハガロはさっと黒いマントをはおり、お客さまを出むかえました。

「おや、きみは見たことがない子だな。はいりたまえ」

お客さまは、小さな男の子でした。男の子はハガロの顔を見て、体をぶるりとふるわせました。とがったキバがこわかったのです。ハガロはグラスにアセロラジュースをそそいで、男の子にさし出しました。

「きみの名前は?」

「…言いたくないよ。ぼくの名前、へんてこりんだから」

「なるほど。私はハガロだ。ハガロという名前は、わたしのお父さんがつけてくれたのだよ」

「…ぼくの名前、くるまっていうの。人間なのに、車だよ?お父さんが、車が好きだから…。それでぼく、学校のみんなにいじめられてるんだ」

ハガロのおやしきには、心のよわった人がやって来ます。くるま君は、おともだちに名前をからかわれてしまったのでした。ハガロはあごに手をあてて、うーんとかんがえました。ハガロは1200年も生きていますが、くるまという名前の人間に会ったのは初めてでした。

「たしかに変わった名前だな」

「…ハガロもそう思うんだね」

「だが、くるまよ。くるまというのはとてもいい名前だと思うぞ。人の役に立つ、すばらしいものの名前だ。わたしはこの世界に車がなかった時代から生きているから、そう思うよ。きみが自信をもって生きていれば、とくべつな名前になるにちがいないさ」

くるま君は、はっと顔をあげました。その目は、しだいにキラキラとひかりはじめました。ハガロ伯爵はうでをくみ、ニィっと笑いました。くるま君はアセロラジュースをいっきにのみほすと、「ありがとう」と言っておやしきをとび出していきました。
ハガロはまどの外を見ました。このまどから見えるけしきはいつだって真っ黒です。あおい空も、みどりの山も見えません。ハガロのおやしきは、人の心のくらやみのなかに建っています。ひとつなやみが晴れたところで、心のくらやみは消えないのです。ハガロは、ぽつりと呟きました。

「私はハガロという名前がきらいだよ」

ひとりぼっちの広いおやしき。
ハガロの声はだれにもとどきませんでした。

 

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