名簿
□女ドクターくん
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「社長、どこ行くんすか。こっち違いますよ!」
しばらく歩いて、柄崎が丑嶋に声をかけた。いつもの帰り道とは違うらしい。
「事務所に向かってんじゃねぇ。お前は黙ってろ。」
「うす。」
二人の会話は、黙ってろの一言であっという間に終わってしまった。果てのない沈黙が入谷を不安にする。
「ところでお前。荷物少な過ぎねえか。」
柄崎は右の眉を上げてボストンバッグを覗いた。
入谷はボストンバッグを身にひとつ。服は基本貰い物で、最低限しか持ってきていなかった。
「着いたぞ。」
丑嶋たちが立ち止まったのは灰色のいかにも怪しいマンションだった。怪しいというのは、駐輪場はもちろん、駐車場には車1台と見当たらない。ポストに名札は無く、見えるベランダに洗濯物と呼べるものも一切無かった。
入谷と柄崎は訝しみながらも丑嶋が階段を上るのに着いて行く。
とある部屋の前で止まると、丑嶋は躊躇いもなくインターホンを押した。名前がわかるようなものも、人がいる気配もない。
「出ないじゃないっすか!」
痺れを切らしたように柄崎が怒鳴った。
インターホンから返事はない。
「馬鹿野郎。カメラから見られてんだ。」
「ほー?カメラっすか?」
柄崎がインターホンに付属されたカメラをのぞき込む。
その時カチャンとサムターンが回る音がした。
「丑嶋かい。」
ゆっくりと扉が開き年増の女が顔を覗かせた。白衣を着ていて口にはタバコをくわえている。
丑嶋達の顔を一人一人見渡すと、その女は3人を部屋へと招き入れた。
玄関に入ると、タバコの煙が酷く目に染みる。暗いため紫煙の燻る様子が良く見えた。
あまりの怪しさに不安になり入谷は横目で丑嶋を見つめた。それに気づいた丑嶋は視線を戻し無視するかと思いきや、小さく医者だ、と呟いた。