名簿

□新入社員くん
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「戻りました。」

さきほどの高田の真似だった。
部屋に入った三木は、入谷よりはやく社長席の前につくと震えた手で財布を漁った。

「2万5000円です……。」

丑嶋は湿った札を手に取り数えては、もういいよ、とだけ三木に告げた。

三木は頭を下げ何も言わず社長席から退いた。社員の目は三木に注がれている。三木は足早にドアに向かい、付近で様子を見ていた入谷にわざとらしくぶつかって出ていった。入谷が勢いよく閉じられた扉を睨みつける。

「大丈夫?」

高田が入谷に声をかけた。そして続けてこう言った。

「酷いやつだね。」

「でもお客様です。」

入谷は迷わずそう答えた。その返答に丑嶋も顔色を変えた。

「やるじゃん、お前。」

「あっ、ありがとうございます。」

「病院はどうだったの。」

丑嶋にそう聞かれ入谷は黙った。
不愉快な顔色を浮かべ小さくボソボソと話し始める。

「感染症といったものはありませんでした。でも、私…生理がずっと来てなくて……。他のみんなは来てるのにおかしいなって思ってたんですけど……、私だけ薬を入れられてたらしいです……。」

「生理なんてねぇ方がいいだろ?」

柄崎があっけらかんと言うと高田が柄崎に驚き睨みつけた。

「まぁ、生理なんてきたら仕事になりませんもんね…。薬を処方してもらって、治る見込みはあるけど、まだわからないと……。他は軽い栄養失調と、ストレスによる自律神経の乱れ。性病が無いだけ良かったです。泣いてる子いっぱい見てきたので。」

話し終わると最後に入谷は小さなため息をついた。

「確実に治らねぇと言われたわけじゃねえ。見込みがあるだけいいじゃん。他はこれからの生活の中で勝手に治っていくだろうよ。」

丑嶋の意外な優しい言葉に、柄崎と高田は頷いた。入谷は相変わらず暗い顔をしている。

「ちなみに、入社試験は合格だ。まだまだ覚えてもらわねぇといけねぇことがある。高田に教えて貰え。」

「分かりました。高田さんよろしくお願いします。」

合格と言われたからか、入谷の顔色も多少なりと明るくなった。入谷は高田のほうに向き直り深く頭を下げた。

「こちらこそよろしく。そういえば彼女の家はどうするんですか、社長。」

高田が入谷に微笑んでから、丑嶋に話しかけた。

「食費は俺が出す。寝るところは事務所だと思ってたけど心配なら連れ帰っていいぜ。」

「えっ!俺ん家ですか!いやでも一部屋ですよウチ。」

高田が慌てて答えた。
間髪入れずに柄崎も口を開く。

「社長!うちでも構いませんよ!」

「ダメだ。お前ん家は汚ぇ。」

「きたなっ!?」

座っていた柄崎は驚愕の顔をして立ち上がる。

「汚くなんかないすよ!」

「入谷。お前はどうしたい。これからは自分のことは自分で決めろ。」

丑嶋は強い口調で言った。入谷は口を結んで何かを考えている。

「そんなに悩むことない。誰も嫌な顔しないよ。」

高田が椅子の背もたれにもたれ掛かり長い足を組んだ。

「事務所なら風呂は外だぞ。」

丑嶋がそう言うと、入谷はまた考え直したようだった。しばらくして入谷が口を開く。

「うーん……、高田さん……。本当に嫌な顔しないですか?」

入谷は申し訳なさそうに高田に問いかけた。

「広くないし、特別綺麗な訳でもないけどね。」

答えは決まったようなものだった。
高田は身を乗り出し、笑いかけた。

「いいですか。」

「いいよ。」

「高田の家も俺の家もそんな変わんねえけどな……。」

柄崎がぼそっと放った言葉に高田は、それはないです、と言ってまた笑った。

「嫌になればいつでも出ればいい。俺ら3人はいつでもお前を受け入れる。」

「社長もっすか!!」

「なに。」

「いえ、なんもないっす。」

さきほど立ち上がってからまた座り直していた柄崎は今度も勢いよく立ち上がり、丑嶋に圧され再び座り直した。

「じゃあ、そいつは任せたぞ。高田。」

「分かりました。」


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