この親にしてこの子あり

□近所のお兄さん・邂逅
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少し昔の話をしよう。私が研二お兄さんと出会った時の事を。

あれは私が幼稚園の年中さんになったばかりの頃。

「マーマ、お腹空いたよ。」
「あぁ…すっかり忘れてわ。ごめんね、これで我慢して頂戴。」

この頃のマーマは私の子育てや軌道に乗らない仕事でストレスが溜まる一方だった。頼る人もいないし全部1人で抱え込んでるんだから当たり前だ。パーパがいない寂しさも要因の1つだっただろう。

「マーマ、」
「今忙しいの、話なら後でにして。」
「でも、これ、」
「忙しいって言ってるでしょ!!」

手を振り上げたマーマに目を瞑る。いつまでも衝撃が来ないのでそっと目を開けるとマーマが自分の手を見て震えていた。

「マーマ。」
「すみれ…ごめん、ごめんね。」

その震える手で今度は私を抱き寄せるマーマに私も手を回す。私からは見えないけどマーマは泣いていた。
マーマは両親に酷い事をされて育ってきたと聞いた事がある。だから子供にどう接すればいいかわからないと言っていた。それでもマーマはちゃんと私を愛してくれているのはちゃんと感じていた。だから今みたいに声を荒げたり手を振り上げたりすれど、最後には抱き締めてごめんねと言うのだ。

このままじゃマーマは壊れてしまうと思った。何か1つでも荷物を下ろさないと潰れてしまう。お仕事の事は何もできないから、私が1人で何もかも出来るようになればいい。お風呂はもう1人で入れるし、お料理も火を使わなくても電子レンジがあればいろんな物ができる。私を育てる事に対しての負担を減らせれば、マーマはお仕事に集中できるのだ。

そんなある日の事。マーマはいつもより荒れていて、今日こそ本当に手を上げてしまうかもしれないと不安がっていたので私は外に遊びに行く事にした。
すぐ近くの公園に行くと友達がいて一緒に混ぜてもらった。夕方まで遊んで家に帰る。電気はまだ付いてなくて薄暗い。静かにマーマがいる部屋の戸を開けると、マーマは何かを見ながら静かに泣いていた。あまり聞こえなかったけど誰かの名前を呼んでいる。まだそっとしておいた方がいいかもしれないと思って私は公園に戻る事にした。

キィキィとブランコが鳴る。さすがに日が沈んだら帰らなきゃなぁと思いながらブランコに揺られる。揺れが止まった所でなんだか悲しくなって俯く。誰か、助けてくれないかな…。
下を向いていたら視界に靴が入ってきた。なんだろうと顔を上げると、その靴の持ち主はしゃがんで私に目線を合わせた。

「もうすぐ暗くなるよ。お家に帰ろう。」

さらさらで少し長めの黒い髪のお兄さん。にこにこと笑って帰ろうと言うお兄さんに私は警戒心を表す。

「知らない人の言う事は、聞けない。」
「え!?あっそうだよね!俺今怪しい人みたいだよね!?ごめんごめん…えっと…あったあった。俺は萩原研二。お巡りさんだよ。」

警察手帳を見せながら名乗ったお兄さんに私は少しだけ警戒を解く。

「さ、早くお家に帰ろう。それともお迎えを待ってるのかな?」
「…待ってるの。」
「それなら俺も迎えが来るまで、」
「マーマが落ち着くの、待ってるの。」
「…どういう事?」
「マーマ、じょーちょふあんていだから、そっとしてあげた方がいいの。」
「まさか…ねぇお嬢ちゃん。お母さんから何か痛い事されたり、傷付けられるような事言われたりしてる?」
「ううん…されてないよ。でもね、マーマ怖がってるの。いつ私に手を上げてしまうかって。」
「…よかったら、詳しい話を聞かせてくれないか?俺はお嬢ちゃんの助けになりたいんだ。」

隣のブランコに座ったお兄さんにまず名前を聞かれた。

「青葉すみれ、です。」
「すみれちゃんね、よろしく。俺の事は気軽に研二お兄さんって呼んでね。」
「研二、お兄さん?」
「そうそう。」

にこにこと私を安心させるように笑う研二お兄さんに、私も自然と肩の力が抜けた。
私はぽつりぽつりと家庭事情について話し始めた。私のつたない説明も研二お兄さんは頷きながら最後まで聞いてくれた。

「今まで、よく頑張ったね。」

ブランコから立ち上がり私の前に来た研二お兄さんが頭をぽんぽんと撫でてくれる。

「すみれちゃんもお母さんも、頑張ったね。」

地面にシミができる。マーマに手を上げられそうになっても怒鳴られても泣く事はなかった。マーマの方がつらいから。

「私、頑張った?」
「うん。すみれちゃんは頑張ったよ。お母さん思いのいい子だね。偉い偉い。でもね、すみれちゃんはまだ子供だ。甘えてもいいし我慢なんてしなくていい。」
「マーマには…でき、ないよ。」
「なら、俺に甘えな?」
「どうして、そんなに優しくしてくれるの…?」
「俺がお巡りさんだからってのもあるけど…何よりすみれちゃんがほっとけなかったんだ。助けたいって思った。」

止め方を忘れたように流れる涙。研二お兄さんは私を抱き寄せてぽんぽんと背中を撫でる。私はその日初めて人の腕の中で泣いた。

「すみれちゃん、送ってくよ。それにちょっとお母さんと話したいしね。」
「マーマと?」
「そ。」

手を繋いで家に案内する。この時点で私はすっかり研二お兄さんに懐いていた。
家の窓からわずかに明かりが零れている。ドアを開けるとマーマが今まさに靴を履こうとしてる所だった。

「すみれ!今探しに行く所だったのよ!」
「ごめんなさいマーマ。ただいま。」
「おかえりなさい。よかったわ何もなくて。」
「えっと…こんばんは、すみれちゃんのお母さん。」
「…あなたは?」
「俺は近くに住んでる警察の萩原研二と言います。すみれちゃんが1人で公園にいたので声を掛けたんです。もう暗いですし送らせて頂きました。」
「そうでしたか…わざわざすみませんでした。私はすみれの母の青葉ありさです。萩原さんありがとうございました。」
「いえ。それで、青葉さんに少しお話しがありまして。」
「話、ですか?」
「はい。実はすみれちゃんから少々家庭事情について聞きまして…。」
「……。」
「青葉さんも、そしてすみれちゃんも。まずは人に頼る事を覚えて下さい。」
「頼る人なんて…。」
「俺が力になります。…っと、これ連絡先です。何かあれば遠慮なく言って下さいね。」
「どうして、そんなに優しくして下さるんですか…?」
「!…親子ですね。すみれちゃんと同じ事言ってますよ。ほっとけないって、助けたいって思ったんです。」
「ほっとけない、ですか……前にも1度、言われた事がありますね。」

どこか遠くを見て悲しそうな顔をするマーマに私はそっと手を握る。私知ってるよ。それがパーパの事だって。

「人探し、する事も可能ですが。」
「…いいえ、やめておきます。あの人とは一夜の関係。すみれの事は知らないんです。それに拒絶されるかもしれないと思うと怖くて…。」
「…そうですか。」

マーマはそう言うけど、本当は会いたくて会いたくて仕方がないんだよね?いつかパーパの事見つけ出して会わせてあげたいなぁ。今まで聞いちゃいけないかなって思ってたけど、今度思い切ってパーパの事詳しく聞いてみようかな。

それ以来研二お兄さんとの交流が続いていく。研二お兄さんがよく私の面倒を見てくれるおかげで、マーマは仕事の方に集中できるようになった。少し心にも余裕ができたみたいで、パーパの事を聞いてみると久しぶりに穏やかな笑みを見せながら語ってくれた。


キィキィとブランコが鳴る。目を開けて意識を戻す。あの日の事を思い出していたらいつの間にかだいぶ日が傾いていた。そろそろ帰らないと。

「もうすぐ暗くなるよ。お家に帰ろう。」

偶然だろうか。あの時と同じセリフが降ってくる。顔を上げるとしゃがんで私と目線を合わせ、こちらに手を差し出すさらさらで少し長めの黒い髪のお兄さん。

「知らない人じゃないから言う事聞くね。」
「知ってる人だからといって安全とは限らないよ?」
「研二お兄さんは大丈夫だよ。信頼してるから。」
「嬉しいなぁ。」

私と研二お兄さんの後ろを着いて来る2つの長い影は、ある1ヶ所で繋がっておりゆらゆらと揺れていた。


「だから降谷は俺に土下座するべきだと思う。」
「お前の言い分はわかるが…萩原には土下座したくないな。」
「んだと?!」

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