short story

□傷
1ページ/1ページ

「しらたまー。しーらーたーまー。」

猫なんて気まぐれで、ふらっといなくなってはまたふらっと戻ってくる。
性格なんて分かりきっているのに、なんでこんなにも焦っているのだろう。
もの心ついた頃から一緒に暮らしている。猫の年齢からいったらもう相当な年齢なはずだ。
「猫は死期が近づくとふらっと姿を消すからねぇ。」
そんなおばあちゃんの迷信が焦燥感を煽っているのだろうか。

「しらたまー。」

「ミャァ。」
「シラタマ!!」

ふらりと、そしてこちらの気など知ったこっちゃないといった風に猫が現れた。
「お前どこいってたんだよ?」
ゴロゴロと喉を鳴らしながら足元に身を寄せる猫に問う。
そっと抱き上げてぎゅっとした。猫にとっては苦しいくらい。
けれど焦燥感は消えない。

なんでだろう。

「ミャアッ!」
苦しいのが気に入らなかったのか、猫は俺の腕を振り放って家の中に駆けていった。
「なんだよ、もう。せっかく心配してやったのに。」

左手がツキンと痛んだ。
「あ、引っかかれてる。もう…。」
手の甲にはうっすらと血がにじんでいた。
――でも、違う。もっと何か別の…。
焦燥感は消えない。
そっと掌を開いて見た。
特に何もない。キズもない。



焦燥感が虚無感に変わった。
焦燥感の理由も、虚無感の理由も見当がつかない。
記憶にない。
けれど無性に悲しく。



俺は初めて声を上げて泣いた。

――end――




もし、目的通りに宵風を消してしまったら。壬晴のその後を書いてみました。
「こんな終わり方は嫌だ」をテーマにしました(鉄拳風)。
宵風を消してしまったら、何もなかったようになってしまうのかなぁ。
せつな過ぎる。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ