或る夜


□第二章 押し問答
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眠れない。布団へ戻って半刻程経っただろうか。
全く眠気がやってこない。

「土方さん…。」

やはり心配だった。原田さんの妙な態度が気にかかる。
あれほどあからさまに土方さんに会わせまいとされては、
無事だという言葉も鵜呑みにはできない気分になる。

何でもかんでも一人で背負い込もうとする人だ。
私に心配させまいと、これまでも怪我を隠していたことが何度もあった。
隊士なら分かる。副長の負傷が士気に関わることもあるだろう。
でも、私は違う。部下じゃなく、恋人だ。
これからもずっとそうやって、痛いこと辛いこと苦しいことを
彼が独りで抱えてしまって、私だけが楽でいるのは嫌だ。
私だって、側に居て、一緒に抱えていきたい。

怒られると分かっていたが、これがチャンスだと思った。
今夜が、彼の言う"無様な姿"を見て、それでも愛していると伝えるチャンスだ。

部屋から出ようとした時、廊下に面した障子に人影が映っていることに気付いた。
誰かが、私が部屋を出ないように見張っているらしい。

「信用ないなぁ…。」

これから自分が起こそうとしている行動を棚に上げて溜息をつき、
廊下と反対側にある窓から音を殺して外に出たのであった。


・・・


体が燃えるように熱い。熱を逃そうとスカーフを緩め、ベストの留め具を全て、
シャツのボタンも半分程外したが一向に体温は下がらない。
遂には恥とプライドを捨て何度か試したが、無意味な抵抗だったらしい。

「クソッ…」

土方は部屋の柱を背に蹲った。


・・・


青白い月を背に、副長の部屋の前に立つ。
今夜はやたらと月明かりで明るい。
障子にくっきりと映し出される自分の影を見つめながら、
その向こうへ躊躇いがちに呼びかけてみた。

「土方さん、私です。」

返答はない。
もしかして、もうお休みになっているんだろうか。
それなら寝顔だけ見て帰ろうかと、障子に手をかけたところで、
鋭い静止の声がかかった。

「開けるな!!!!」

怒声とも言える声を彼から掛けられたのは初めてで驚いた。
相当怒っているのか、その声は震えていた。

「ごめんなさい、でも私顔を見ないと不安で…。」

戸惑いつつも障子越しに会話を続ける。
今夜チャンスを逃したら、次がいつになるか。
いや、次があるかもわからないのだ。

彼の返事を待つが、不自然に沈黙が落ちた。

「何とも…ねェから…入ってくんな。」

唸るような低音。何かを抑えつけているかのように、彼の声はやはりかすかに震えていた。

(これが"荒れてる土方さん"か…。)

普段ならここで折れていたかもしれない。
彼が見せたがらないものを強引に見るのが正しいのか?と問いかける声がする。
でも。

荒れてるなら抱きしめてあげたい。落ちこんでいるなら話を聴いてあげたい。
…彼の力になりたい。例え微力であっても。

「何ともないなら、顔見せて下さい。」

「…………駄目だ。」

私の声も少し震えていた。また妙な沈黙を挟み、拒否の返事が返ってきたが、負けじと
なるべくきっぱり聞こえるように続ける。

「原田さんから伺いました。密輸していた天人を捕り逃して荒れてるって。
 男は格好悪いところ見せたくないんだって。」

「………………。」

「でも、私、見せて欲しいんです。格好悪いところも。
 じゃないと、土方さんが苦しんでるときに側にいられない。
 私にできること、そんなにないかもしれませんけど、
 力になりたい…。せめて側にいたいんです。」

「…………。」

障子の向こうから返事はない。

「…入りますよ。」

沈黙を肯定ととった私は障子を開く。
汗と血と煙草の匂いに混じってなにか生臭い匂いを感じた気がした。

灯りを落とした部屋の中、青白い月光に照らされて、柱を背に蹲る土方さんの姿が目に入った。
窮屈だったのか暑かったのか、ベストやシャツのボタンは粗方外されているらしい。
顔は伏せられていて表情がわからない。
しかし彼の体は大きく震えていた。
尋常じゃない量の汗を流し、呼気が荒い。

(やっぱりどこか怪我を…?)


「……るな」

彼の振り絞るような静止の声を黙殺して歩を進める。
彼の前に膝をついて顔を覗き込もうとした時、強い力で肩を押され
勢いよく視界が反転した。

背中を打ち付けると同時に顔の真横に鞘を抜かないままの彼の刀が
突き立てられた。

「殺されてェのか。」

そう言って私を睨み付ける彼の瞳が何故か一瞬妖しく光った気がした。

「脅しても無駄ですよ。…やっと顔が見られた。」
「………ッ。っくそ…。」
 
安堵から思わず笑みを零せば、土方さんは顔をそらし、私の上から体を起こした。
私もそれに倣う。土方さんは諦めたように刀を放り出した。

「それ、天人の血ですね。返り血だけですか?怪我は?」
「ねェって…ッ言って…る」
「でも呼吸が荒いし、さっき掴まれた時、手がとても熱かったんです。
 熱があるんじゃないですか?」
「ちげえ…頼むから…喋んな…」
「土方さん、一体何が…」

言いかけた私は私を射抜く彼の視線の異様な熱に言葉を失い、
視線を逸らさないようにするのが精いっぱいだった。



・・・
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