Vergiss nicht zu lacheln

□第21話
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 エミリの様子がおかしい。
 彼女の周りに居る誰もがそれを感じ取っていた。最近、ずっとぼーっとすることが増え、話しかけても気づくことがない。訓練中も、食事中も、仕事中も、雑談中も、どこか上の空だった。
 6月となり、冬に壁外調査ができなかった分のつけが、この季節に回ってくる。しかし、今のエミリを見ている限り、彼女を壁外に出すのはかなり危険だ。
 次の壁外調査は三週間後、それまでにエミリの変化の原因を突き止めなければならない。そう思って話しかけても、「なんでもない」の一点張り。本人の口から聞き出すのは無理そうだ。

「……エミリ、本当にどうしたんだろう」

 フィデリオとオルオと共に訓練後の自主トレーニングに励んでいたペトラが、近くの大岩に腰掛けボソリと零す。

「さあな。あいつの考えてることなんてわかんねぇよ」

 水分補給をとりながら肩をすくませるオルオ。ペトラが聞いても無理なら尚更俺は駄目だと諦めの表情だ。

「今日だって、また木にぶつかりそうになってたし……」

 先程の訓練中、いつものように立体機動の演習を行っていた時だった。またぼーっと意識が逸れていたエミリは、ペトラに声をかけてもらわなければ木に激突していだろう。
 いつもであれば、人一倍頑張らなければいけないんだと集中しているのに、最近はそんなエミリらしさが全く見られないのだ。
 そして今も、訓練後は必ずペトラたちと共に自主トレーニングに励むエミリが、どうしても完成させたい薬があると言って、ここ数日の間はずっと与えてもらったばかりの仕事部屋に篭もりっぱなしだった。

「ファティマ先生に大量の課題出されたとか」

「その程度でエミリの集中力が途切れるわけないでしょ。きっと、何かあるのよ……」

 エミリは、わかりやすいほど単純な人間だ。元々、嘘をつくことが苦手ということもあるが、素直だからこそ、それが自然と表情や動作にはっきりと表れる。何より、いつも一緒にいるからどんな些細な変化でも今なら見抜くことが出来るのだ。
 そして、感じた。今のエミリは、危険な状態であると……──

「あっ、ペトラ達見つけた〜!」

 それぞれが深刻な表情で、自主トレーニングに戻ろうと演習場へ足を進めようとした時、いかにも女の子らしい可愛い声が響き渡った。発言からわかる通り、この声は、もちろんペトラたちも知っているものである。

「アメリ? いらっしゃい!」

 この間、エミリを通して知り合ったばかりのアメリが、大きく手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる。
 駐屯兵団所属のアメリだが、非番の日や時間が空いている時は、よく調査兵団へエミリたちに会いにやって来る。そんな彼女の腕に抱えられているのは、一冊の分厚い本だった。

「ねぇ、その本は?」

「あ、エミリに借りたんだ〜! 読みたかったんだけど、どこにも売ってなくてね。そしたら、丁度エミリが持ってたから」

「じゃあ、エミリに会いに行ってたの!?」

「う、うん。そりゃあもちろん」

 必死な様子のペトラに少々気圧されるも、戸惑いながら頷いて見せる。そして、同時に察した。エミリに何かあったのだということが。

「ねぇ、アメリ……エミリの様子、いつもと違ってなかった?」

「うーん……そう言えば本借りたら、『忙しいから今日はゆっくりできないの。ごめん』って、すぐに仕事部屋に篭っちゃったかな」

「やっぱり……」

 いつもであれば、たまにしか会えないからとアメリとの時間は必ず作っている。しかし、今回はそれをしなかった。アメリとの時間よりも優先すべきものがある、ということなのだろう。そして相変わらず今も仕事部屋に篭っているらしい。
 ペトラたちの疑問は深まるばかりだった。

「エミリからは何か言ってた?」

「それが……なんでもない、の一点張りで」

「それ、エミリらしいね〜」

 訓練兵の頃から変わっていないエミリの頑固さには、呆れよりも感心する気持ちの方が高い。
 しかし、状況が良くない方向へ向かっているのは確かだ。悠長に話している暇などない。

「じゃあ、ここで一つ提案!!」

 勢い良く片手を挙げて声を張るアメリの動作に、ペトラたちはギョッとする。

「提案……?」

「うん! 私とペトラとエミリと、三人で街にでも出掛けよう!! 喫茶店でゆっくりお茶でもしながらね!」

「…………え」

 提案という言葉から予想されたものとは、全く違った内容に、ペトラの表情は固まった。
 てっきり、エミリから話を聞き出す作戦でも思いついたのかと思ったため、思わず首を捻る。

「えっと……遊びに行くってこと?」

「いかにも!」

 うむ、と頷いて見せるアメリだが、何故そのような提案をしたのか、ペトラもオルオも理解できなかった。反対にわかっている者も居る。もちろん、それはフィデリオだ。

「エミリに聞き出そうっつっても無駄だ。お前らも、あいつの頑固さはわかってんだろ」

 眠そうに欠伸をしながら説明を始めるフィデリオの話に頷いては、続きを促す。

「だから、せめて外に連れ出して様子見するしかないってことだ」

「そういうこと〜! さっすがフィデリオ!!」

「まあな!」

 威張るフィデリオだが、別に威張れるほどのことではない。ペトラとオルオは、そんな友人をスルーして話を進める。

「で、エミリを外に連れ出すってのはいいけどよ……どうやってあいつを引っ張り出すつもりだ?」

「ふふん、それは私に任せて! わかってると思うけど、あの子って本当に単純だから!!」

 余程自信があるらしく、アメリは両手を腰に当て笑顔を見せる。
 隠し事をしながら引きこもってばかりのエミリが、本当にアメリの誘いに乗ってくれるのか不安だが、ここはもう昔からの付き合いである彼女に任せるしかなさそうだ。

「じゃ、さっそく行こっか!」

 アメリはペトラの手を取り歩き出す。目指すはエミリの仕事部屋だ。
 仕事部屋の前に辿り着いたアメリは、早速ノックをして部屋の主を呼び掛ける。三回ほど扉を叩いて名前を呼べば、数秒後にガチャと扉が開かれた。

「……アメリ、私いま忙しいんだって…………なんでペトラまで?」

 何をしに来たのだと、眉間に皺を寄せるエミリは、二人の来訪をあまり歓迎していない様子だ。

「さっき、ペトラと話してたんだけどね、明日、三人で街に出掛けようよ!!」

「明日? 何でまたそんな急に……ていうか、だから私忙しいんだってば……」

「まあまあ、そう言わず! ほら、近場に新しい喫茶店できたでしょ? そこのケーキ食べに行ったんだけど、すっごく美味しくてね〜」

「はいはい、また今度ね」

「えぇ!? エミリが食べ物に食いつかないなんて!!」

 いつもであればすぐに飛びつくような話題なのに、今の彼女には、食べ物も効果が無いらしい。隣で話を聞いていたペトラからすれば、それはそれでそこで話に乗っかってしまえば流石に単純すぎるだろうと、心の中でつっこんでいた。

「ねぇ、エミリ……行こうよ。私もさ、いつも不安なんだって……またエミリたちが壁外調査に行っちゃうんだってこと考えたら、遊べる時に遊んでおきたい……だから、行こう?」

 寂しさと悲しさが入り交じった表情で微笑むアメリの顔に、エミリは黙り込む。

彼女の言葉に少し考える素振りを見せた後、大きく息を吐いた。

「……わかった」

「ホント!?」

「でも、ちょっとだけだからね……」

「やった! じゃあ、明日の午後2時に調査兵団の兵舎の門に居るから、そこでよろしく〜ペトラもね!!」

「うん、わかった!」

「はいはい……じゃあ、私課題に戻るから」

 そう言って部屋に戻るエミリは、やはり異様と言っていいほどに素っ気ない。それに違和感を覚えながらも、なんとか誘い出すことに成功し、視線を交えたアメリとペトラは頷きあった。


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