Vergiss nicht zu lacheln

□第13話
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 エルヴィンから薬剤師試験の許可を得たエミリは、ペトラと街に出ていた。行き先は本屋である。医療に関する参考書や辞書を調達するためだ。

「付き合ってもらってごめんね、ペトラ」

「気にしないで、私が勝手に着いてきてるだけだから」

 今朝、いつもと同じようにフィデリオとオルオと四人で朝食を食べていた時、エミリから薬剤師試験を受けるという話を聞かされたペトラ達は、もちろん驚愕した。ただ、そんな中フィデリオだけが、『また大きく出たな』と欠伸をしながら呑気に言っていたため、リアクションの薄い彼にも驚いたが、これも幼馴染の余裕というものなのだろう。

「でも、荷物一人で持てるか心配だったから助かる!」

「何冊買うつもりなのよ……」

「院長先生からお勧めされたのはね、ざっとこんな感じ」

 そう言って、本のタイトルが書かれた一覧表をペトラに見せる。ズラリと並んだそれを数えていけば、ざっと20冊程度はあった。

「え、まさか……これ全部買うの?」

「違う違う! その中から自分が使い易いものを選びなさいって。兵舎の書庫にも何冊か置いてあったから、それ以外で良いなって思ったもの買おうと思って」

「そっか」

 メモをエミリに返した所で、丁度本屋に到着した。中へ入り、本棚に並べられているタイトルを目で追っていく。そんなエミリの表情は真剣そのものだ。
 試験を受けるとエミリから聞いた時、本当に驚いたが、それと同時にペトラは嬉しくも感じた。今、目標に向かって前進しているエミリは、とても輝いて見える。きっとエミリは、そのままずっと進み続けるのだろう。自分の夢を叶えるために、信念を貫き通すために……――



「ねぇ、エミリ」

「ん?」

 帰り道、本を抱えながら歩くエミリの背中に、ペトラが静かに声を掛ける。

「頑張ってね! 応援してるから!!」

 ペトラがエールを送れば、エミリは少し目を丸くした後、嬉しそうに微笑んだ。

「ペトラ、私、貴女に沢山お礼を言わなきゃ」

「え」

「私に、夢を思い出させてくれたのはペトラなの」

 手当という形で、兵団に貢献できていた事に気づかせてくれたのは、ペトラである。彼女が居なければ、今も夢を見失ったままだっただろう。

「だから、ありがとう!」

 その言葉に今度は、ペトラが目を見開く番だった。ペトラ自身は、特に何かをした覚えはない。だけど、その何気ない言葉が、思いが、親友の背中を押すきっかけとなったのであれば、こんなにも嬉しいものはない。
 その感情をどう言葉で表せばいいのかわからず、その代わり、優しく微笑み返したのだった。



***



 兵舎に戻ったエミリは、今後のスケジュールを立てるのに勤しんでいた。
 現在は7月初旬で、薬剤師試験は1月中旬から2月中旬にかけて行われる。専門の学校に通っておらず、独学で薬学について学ぶとなると、時間もそうだが相当な気力が必要だ。うかうかなんてしていられない。

「う〜ん……取り敢えず寝る時間は22時、起きるのは4時で……」

 ペンを手に紙とにらめっこをしながら、時間配分を決めて行く。

「6時からはいつも通りペトラ達と鍛錬して……7時は朝ご飯で、合同訓練が8時半から11時半までだから……」

 兵士と両立するというのであれば、訓練は何がなんでも外せない。ペトラ達との自主鍛錬だって休む訳にはいかないのだ。しかも四人の中で一番ビリなのは、自分である。受験する前に巨人に食われて死にました、なんて結末だけは御免だ。

「……午後の訓練は14時半まででしょ、その後四人でやる自主鍛錬が15時半までだから、それからお風呂に入って18時まで勉強して夕飯で、それから」

「ちょっとエミリ、それは根詰めすぎじゃない?」

 ぶつぶつと小声で喋りながら予定を組んでいると、ハンジが隣りからひょっこりと顔を出す。
 ここはハンジの研究室。エミリは、彼女から仕事を頼まれ、さっきまでその手伝いをしていた。今は休憩中だったために、こうして空き時間を使って勉強の計画を立てていた。

「時間が無いって気持ちは解るけど、無理をすれば良いってもんじゃないんだよ?」

「……それは、そうですけど」

 ハンジの言い分も解るが、どうしても焦ってしまうものだ。エミリの勉強時間は限られている。どうしても、訓練以外の空いている時間に勉強するしかないのだ。

「今からそんなに不安になって頑張りすぎたら、受験する前に倒れちゃうよ! まだ試験は先なんだから、今は余裕を持って勉強しなよ」

 ポンポンと優しく背中を叩かれる。
 そこで、ふと疑問が浮かんだエミリは、資料をまとめるハンジに質問した。

「あの、ハンジさん」

「んー?」

「ハンジさんって、たまに怪し気な薬とか開発してますけど……一応、薬学の知識は持ってるんです、よね?」

 質問しながら思った。何故もっと早くこの事に気づかなかったのか。ハンジが作る薬は、エミリの目指すそれとは違うが、一応薬に違いはない訳だ。

「ふふっ、気になる?」

「まあ……少しはですけど……」

 とてつもなく嫌な予感がする。怪しい笑みとキラリと光る眼鏡のレンズ。一体、ハンジが作る薬にはどういったモノが使われているのだろうか。気になるが、何故だか知らない方が幸せなような気もした。

「というか、ハンジさんが持ってる薬学の知識って本当に大丈夫なんですか?」

「酷いなぁ! 私を疑ってるの!?」

「いや、だって……」

 疑われても仕方が無いようなエピソードがありすぎるから言っているというのに……。
 初めてハンジの薬を口にしたのは、エミリが調査兵団に入って二週間が経った時だった。

 薬を作ってみたから是非試して欲しいとハンジに頼まれ受け取った小瓶。その中の液体は黒が混じったような紫色……いや、もう闇の色とでも言えばいいのだろうか、とても言葉では言い表せないような色をしていた。勇気を出して飲んでみたものの、残念ながらその後の記憶が無い。目を覚ませば医務室のベッドの上。ハンジは医務室の先生に怒られていた。

 それからというもの、ハンジに薬を差し出される度に「毒味は嫌です」と断り続けていたが、いつも最後に折れるのはエミリで、こうして毒味役はエミリという固定概念が生まれたのだった。
 しかし、何度も毒味役を任されたエミリだが、倒れることはあっても、それ以外体に悪影響が出ることは無かった。いや、倒れるだけで十分大惨事なのだが、エミリは今も健康体である。何か秘訣があるのかもしれない。と思って、こうしてハンジに質問してみたのだが……

「……ハンジさんはいつも、何と何を調合してあの恐ろしい薬を開発してるんですか?」

「恐ろしいは余計だよ〜! ま、体にあんまり害は無いから心配しなくていいさ」

「何ですかそれ!? 余計に心配しますよ!! ホントに何入れてんですか!!」

 机をバンと叩き、椅子から立って講義すればまたもや不気味な笑みを浮かべるハンジ。エミリの全身に鳥肌が立つ。

「知りたい? 知りたいんだよねぇ? いいよ〜そんなに知りたいのなら、教えてあげるよ!! まずは巨人の」

「イヤな予感がするので私はこれで失礼します!!」

 巨人というワードが出てきた時点で既にヤバいと見ていい。エミリは、私物を抱えて脱走した。

 世の中には、知らない方が幸せなこともある、というのは、こいうことなのだろう。


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