Vergiss nicht zu lacheln

□第10話
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 エーベルとシュテフィの結婚式から一ヶ月と半月。
 エミリは、兵団本部の近くの病院で入院生活を送っていた。手足や頬に出来たかすり傷は消えかかっていたが、骨折した左腕と右足首の重度の捻挫はまだ治っていない。

 王都から兵舎へ帰った後、包帯だらけのエミリの姿を見たペトラが泣きながら彼女を叱咤した。オルオにも何度『馬鹿』と連呼されたことだろう。幼馴染のフィデリオは、またかと呆れた表情をしていただけだった。
 モブリットらハンジ班の皆にも心配を掛け、申し訳無い気持ちになったのは言うまでもない。
 再度、病院で診断を受けた時に医師にも怒られた。結果、暫く病院から外出禁止令を出されたのは自業自得と言えるだろう。

 最初は仕方が無いと思っていたエミリだが、こう毎日ベッドの上で過ごしているとなるとかなり暇だ。寝るのも飽きてきたところだ。体を動かしたい。ダメ元で散歩を要求してみたが却下され、エミリは項垂れるしかなかった。
 暇で暇で仕方が無いが、それでもフィデリオ、ペトラ、オルオの三人は毎日見舞いに来てくれている。たまに他の同期達も一緒で、そんな時はよく皆でトランプをして遊んだ。
 夕方になると、仕事を片付けたハンジやモブリットなどハンジ班の皆も様子を見に来ていた。そしてそこにはリヴァイも一緒で、しかも毎日病院へ訪れるものだから最初の方はエミリも驚いた。
 たまにエルヴィンとミケも見舞いに来る。彼らが見舞いで持ってくるケーキはどれも高級すぎて、頂く度にお金の心配をしていたのはここだけの話。

 自分のために毎日お見舞いへやって来る皆の気持ちが嬉しくて、エミリはなんとか外に出たい気持ちを抑えて入院生活を続けられていた。
 そして、そんな素敵な仲間と上司に囲まれ、今日もエミリの退屈な日常が始まる。



「う〜ん……」

「……ハンジさん?どうかしたんですか?」

 いつもと同じようにエミリの見舞いへリヴァイとやって来たハンジが、さっきから腕組みをしながら唸って考え込んでいた。
 最初は二週間後に控えた壁外調査や巨人のことを考えているのかと思ったが、何だか違う気がしてきたエミリは、ハンジの顔の前で掌をブンブン左右に振る。

「……実は迷っているんだ」

「迷っている? 何をですか?」

 全然話が見えてこない。一体何を迷っていると言うのだろう。やはり巨人関連のことだろうか。それとも、この間新しく入った新兵達に問題でもあったのだろうか。
 けれど、エミリが予想したこととは全く違う答えが返ってきた。

「エミリの監視役」

「はい?」

 監視役?
 監視役って何だ。何の監視?
 いや、私か。じゃなくて!!

「私の監視役!? どういう事ですか!!」

 ハンジの悩みの種は巨人でも新兵でも無くエミリだったのである。
 そもそも監視とは一体どういう事なのだろう。

「私達が壁外調査へ行っている間、エミリ一人じゃ心配だし」

「いやいやいや!! 大丈夫ですって! そんな心配しなくても」

「大丈夫じゃねぇから言ってんだろうが」

 そこに、ずっと壁に背を預けて話を聞いていたリヴァイが会話に参加。心做しか眉間の皺が増えているように見える。

「お前、自分が今どういう状態か分かってるよな?」

「……入院してますね」

「そうだ。なら、それはどうしてだ?」

「…………橋から20m下にある森に飛び降りたからですね」

 呆れたリヴァイの表情とそんな彼にそこまで言わされ、ようやく話が見えてきた。

「俺達が巨人と戦っている間に、お前がまた余計なことをしないための監視を付けるという話だ」

「…………そう、ですか」

 どうやらエミリは、完全に厄介者になってしまったようだ。これで監視役など問題児と変わらないではないか。

「ちなみに監視を付ける提案を出したのはエルヴィンだよ」

「え、団長が……?」

 またもや予想外の提案者にエミリは目をぱちくりさせる。しかし、納得の方が大きい。あんな無茶をしたのだから、そんな部下の管理を行うのも上官として必要な勤めである。

「あいつが心配性なだけだ」

「あれじゃあ、まるで娘を心配する過保護な父親だね」

 呆れを含んだ吐息を同時に吐く二人に、エミリは戸惑いながら首を傾げる。   エミリが納得した理由とは少し違いがあるのだが、本人は全くそれに気づいていない。謎が深まるばかりである。

「ま、監視役についてはまたエルヴィンと話し合うよ」

 監視をつけるということは、もう決定事項らしい。まあ、とんでも無いことを仕出かしたのだから仕方あるまい。
 あの時は頭に血が登って、先のことなど考えていなかった。
 これからは気をつけよう。まずは熱くなってしまうこの性格をどうにかしよう。

「それじゃあ……そろそろ私達はお暇するよ」

「あ、はい! いつもありがとうございます」

「クソする以外は部屋から出るんじゃねぇぞ。また厄介事起こされたら面倒だからな」

「……ハイ」

 リヴァイから、泣く子も黙る睨みもセットで念押しされる。きっとこれは命令だ。背いたらとんでもない事になる。
 今夜は星が綺麗だという話を看護師から聞いたから、こっそり抜け出してやろうかと思ったがやっぱり止めた。

「また明日も来るよ〜!」

 手を振って病室を出て行くハンジの後にリヴァイも続く。ピシャリと扉が閉められ、さっきまで賑やかだった空間は一気に静かになった。

「……はぁ」

 自分以外、誰もいない病室でエミリは、ゴロンとベッドに寝転がる。
 この静かな空間が嫌いだ。やはり、誰かが傍にいてくれないと寂しいと思う。特に夜の病室なんかは、そう……たまに幽霊が出そうな程静かで怖かったりするが、そんなことを言ったら馬鹿にされるため口には出さない。

「早く明日にならないかなぁ……」

 朝は夜と比べてそこまで静かな訳でもないし、午後になれば手土産を持ってフィデリオ達が遊びにやって来る。夕方も入れ違いでリヴァイやハンジが来て、共に夕食を過ごしてくれるため寂しくはない。
 このまま起きていても仕方が無と、エミリは枕に顔を埋めて、一眠りすることにした。



***



 本部へ戻ったリヴァイとハンジの二人が向かう場所はエルヴィンの団長室である。
 いい加減、エミリの監視役を決めなければならない。壁外調査までまだ二週間あるとは言え、書類や準備に追われるとゆっくり話をする暇も無くなる。

「エルヴィン、入るぞ」

 ノックをしたリヴァイが、部屋の主からの返事も聞かずに扉を開けて中へ入る。ハンジもいつものハイテンションでリヴァイに続いた。

「エミリの様子はどうだった?」

 エルヴィンが書類に視線を固定したまま、ソファへ腰掛ける二人に声を掛ける。
 ここ一週間は、新兵やら壁外調査やらでエミリの見舞いに行くことが出来ていない。彼女が美味しそうにケーキを頬張っている姿が見たいというのに。

「相変わらず元気だよ! 怪我なんかしてないんじゃないかってくらい」

「……あいつ、俺達が帰った後に部屋を抜け出そうと企んでたからな」

 ちなみに、リヴァイにはエミリの計画(と言えるほどのものではないが)はバレバレだった。
 だからリヴァイは、病室を出る前にわざわざ釘を刺しておいたのだ。きっと何も言わなければ部屋を抜け出していただろう。

「え、そうなの? あ、でも確か今日は星が綺麗に見えるって話があったね」

「なら、それが狙いだったのかもしれないな」

 相変わらず手のかかる部下だと溜息を吐くエルヴィンだが、その表情は楽しそうだった。彼女らしい考えだと、とてもにこやかな表情を見せる。

「で、エルヴィン。あいつの監視役についてたが……」

 ここで本題に入る。そのために団長室へと足を運んだのだから、雑談などしている場合ではない。

「ああ、その件については問題ない」

「え、問題ないって?」

 口元に笑みを浮かべるエルヴィンの言葉に、ハンジが首を傾げる。
 彼の発言から適任を見つけたのだろう事は見て取れた。問題はそれが"誰か"という事だ。
 ハンジ班の誰かだろうか、それともエミリと仲の良いフィデリオ、ペトラ、オルオの三人の中の誰かだろうか……

「調査兵では無い。壁外調査には、動ける者はなるべく調査に出てほしいからな」

「じゃあ誰?」

 そうなると、選択肢は調査兵以外の者へと限定される。
 駐屯兵団か憲兵団へ入団したエミリの同期だろうか。しかし、調査兵団へ入った同期以外の者とは、エミリとの仲はあまり良ろしくなかったはずだ。

「彼女の同期でもない」

「あ? なら、一体誰だ……」

「それは───」



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