Vergiss nicht zu lacheln

□第9話
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 寒い冬が過ぎようとし、温かい春の日差しが眩しくなってきた季節。
 エミリは兵舎の庭のベンチに腰掛け、ひなたぼっこをしながらぼーっと空を眺めていた。
 最近は壁外調査も無く、訓練や雑務のみで割と平和な日常を送っていた。というのも、冬の寒さや大量に積もる雪のせいで、12月中旬から2月中旬頃までは壁外調査は行われないのである。
 午後の訓練も終え、一通りの雑務を済ませたエミリは暇を持て余していた。ペトラは同期の女の子達と買い物に出掛けていないし、フィデリオとオルオも珍しく二人で出掛けている。


「……あ〜暇だなぁ」


 研究室に戻ろうと思っても、どうせハンジのあの何時間も続く巨人の話をされるだけ。もう寝不足と空腹で倒れるのは御免だ。
 今から一人で街へ出掛けようにも、もう日は沈みかけている。この時間帯は、女一人で外に出るのは非常に危険であるため、諦めるしかないだろう。


「はぁ……」


 夕飯の時間まで寝よう。
 そう思ってベンチから立ち上がり、兵舎へ足を進めようとした時だった。


「おーい!! エミリーー!!」


 ハンジのドデカイ声が響き渡る。何事かと顔を向ければ、エミリを探しに走り回っていたのか、少し汗を掻いていた。


「やっと見つけたよ〜」

「ハンジさん、どうかしたんですか?」

「またホフマン家から手紙が届いたらしくてね! エミリを呼んでくるよう、エルヴィンに言われたんだ」

「……そう、ですか」


 ホフマン家の名前を聞くのは久し振りだ。
 あの失恋した日から、エルヴィンもハンジも、そしてリヴァイもその名を口にすることは無かった。また、帰ってからペトラ達にも、エーベルとシュテフィが恋人になったことを話してから、三人もエミリを気遣ってか、恋愛関係の話はなるべく控えるようにしてくれたのである。
 そんな皆の優しさに、また涙腺が緩みそうになったのは自分だけの秘密。


 ハンジと共にエルヴィンのいる団長室へ向かえば、そこには来客用のソファにエルヴィンだけでなく、リヴァイやミケも腰掛けていた。
 似たようなことが前にもあった気がするが頭の隅に追いやり、エルヴィンに座るよう促されたため、ハンジの隣へ腰を下ろした。


「エミリ、わざわざすまないな」

「い、いえ……!」


 あまりエーベルのことを思い出させたくないのか、エルヴィンは申し訳無さそうに眉を下げる。けれど、エミリはもうすっかり立ち直っていた。
 生憎と終わったことを引き摺るような性分では無い。気持ちの切り替えが早いところは、エミリの一つの長所だ。


「随分と前向きなんだな。リヴァイが君を気にかける理由も少し解る」

「え?」

「おいエルヴィン、さっさと話を進めろ」


 エルヴィンの言葉の意味が理解出来ず、エミリは首を傾げる。楽しげに微笑むエルヴィンに、リヴァイは面倒臭そうな顔をしていた。エミリの隣では、ハンジがニヤニヤしながら笑っており、ミケはいつものようにスンと鼻を鳴らす。


「……では、本題に入ろうか。今回、ホフマン家から届いた手紙の内容は……結婚式の招待だ」


 まさかの話の内容に、リヴァイ達の空気が固まる。そこに、紅茶の入ったティーカップが、カチャリとソーサーへ置かれる音が団長室に小さく響いた。それをやったのはエミリである。
 もしや、今のでショックを受けてたのではないか。全員が、チラリとエミリへ視線を向ける。


「えっと……エミリ?」

「はい?」


 控えめな声でハンジが呼び掛けると、エミリはケロッとした表情で返事を返す。意外な反応にエルヴィン以外の三人が面食らったような顔を見せた。


「どうかしました?」

「え、いやぁ……その……」

「もしかして私のことですか? 全然大丈夫ですよ。あ、エルヴィン団長、どうぞ続けて下さい」


 ショックを受けるどころか話の続きを促すエミリはピンピンしていた。元気が無かった時のことが嘘のようだ。
 そんな彼女の様子に、エルヴィンはフッと微笑む。そして、エミリから視線を外し、四人へ顔を向け直した。


「御子息のエーベル殿とシュテフィさんの結婚式に、我々も是非、出席してほしいとのことだ。今、ここにいる五人で参加させて頂く予定だが……」


 そこへエルヴィンの視線がエミリへ移る。それに釣られるかのように、リヴァイ達も再び彼女に注目した。


「わかりました。式はいつですか?」


 しかし、エミリはエルヴィンが用意した菓子を既に三つも平らげている。その様子にこれはもう何も心配しなくて良さそうだ、と四人共同じことを思った。


「二週間後だ。その間に、礼服を用意しておいてくれ」

「……礼服、ですか」


 エルヴィンの指示に、エミリは溜息を吐く。
 礼服、つまりはドレスが必要であるということだ。落ち着きの無い自分には縁遠いものである。それでも結婚式に出席するのであれば、きちんとした服装ででなければならない。
 別に嫌というわけではない。エミリも女の子なのだから、ドレスを着てみたいと思ったことは何度もある。


(ていうか、その前にお金は……?)


 ドレスなど、一般兵士である自分の給料で簡単に買えるような代物ではない。新たな悩みが増えてしまった。


「……あの〜、私、ドレスとか持ってないですよ?」

「ああ。勿論分かっている。君のドレスについては、こちらで金を出すから心配無いさ」

「すみません……」

「なんなら、明日にでも一緒に買いに行こうか?」

「え、エルヴィン団長とですか!?」


 まさかのエルヴィンからのお誘いに、エミリだけでなくその場にいた者全員が驚いた表情をする。ハンジ達も、そんなことを言うエルヴィンを見るのは初めてだったからだ。


「嫌なら断ってくれても構わない」

「い、いえ……とんでもないです! お願いしたいです!!」


 パーティー用のドレスのことなどさっぱりわからないため、エルヴィンがいてくれるのであれば心強い。



 連絡事項を伝え終え解散となり、エミリが団長室を出て行く。そうして静かになった部屋で騒ぎ出すのはハンジだ。


「ちょっとエルヴィン、一体どういう風の吹き回し? 自分からあんなこと言うなんてさ……!!」

「いや……なんと言うか、彼女を見ているとつい甘やかしたくなってな。……少し父親になったような気分だ」

「「「…………」」」


 真面目な表情でサラリと言葉にするエルヴィンは、調査兵団団長というよりも、危なっかしい娘を案じるような瞳を携え、難しい表情を浮かべている。
 そんなエルヴィンのどこかズレた発言に、三人は返す言葉も無かった。



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