Vergiss nicht zu lacheln

□第8話
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エミリがホフマン家との再会を果たして三ヶ月程が経った。

その後も調査兵団とホフマン家の関係は良好で、エルヴィンやリヴァイが屋敷に招待されると、必ずエミリも同席していた。
まるで、三年前のあの頃に戻ったようで嬉しかった。

今日も屋敷に訪れたエミリは、エーベルと他愛ない話をしながら王都の街を歩く。


「それでね、オルオとペトラったらこの前先輩方と一緒に巨人を倒してたの! 私なんかまだ巨人の項なんて削いだことないのに、フィデリオもどんどん力をつけていっててね、このままじゃ置いていかれちゃう」

「ははは、そっか。でも、エミリは頑張り屋さんだから大丈夫だよ」

「うん」


話題は、先日行われた壁外調査のこと。
入団して半年以上が経ち、その間に計7回の壁外調査が行われた。

幼馴染のフィデリオは慣れたように巨人の討伐やその補佐が出来るようになっている。友人のオルオとペトラも、初陣の頃が嘘のように果敢に巨人へ挑み、見事な戦績を収めつつある。

そんな彼らに自分だけ置いていかれているような、そんな気がして焦っていた。

日々の訓練は勿論のこと、自主鍛錬も怠ってはいない。それでも、どんどん空いていく差に、最近は自分の腕になかなか自信が持てずにいた。


「……なんか、自信無いな」

「でも、エミリは訓練兵団の成績一番だったんだろう?」

「うん。でも……それはもう、過去だよ」


どんなに訓練兵時代の成績が優秀でも、いま、結果が伴っていなければ意味が無い。

それとも、あの成績はまぐれだったのだろうか? いや、まぐれで一番などそれこそ都合が良すぎる。


「なら、教官はもっと別の部分でエミリを評価したのかも」

「……別のって?」

「それは、教官本人しか分からないよ。それに、エミリはもしかしたら、フィデリオ君達と違ったところに役割があるのかもしれない」

「違ったところ?」


エーベルの言葉を繰り返せば、彼は『うん』と頷く。

確かに討伐数だけで兵士の優劣は語れない。

エルヴィンのように、状況に応じて柔軟な思考を持ち物事を動かす力。ハンジのように他とは違った視点から巨人の謎について研究する探究心など、実力にもそれぞれに個性があるからこの調査兵団は成り立っているのだろう。


(なら、私は……?)


そこがエミリの言いたいところだった。

自分には何がある?
何が出来るのだろう?

自分に出来ることを見つける。それがいまのエミリの目標だが、全く近づけていない。

こうしている内に、ペトラ達はどんどん実力を上げている。
焦りしか無かった。


「私に出来ることって何なんだろう……」

「さあね。それはエミリが自分で見つけなきゃ。でも、エミリは既に持っているよ。君だけの大きな力がたくさんね」

「え」


思わずエーベルの顔を見上げる。彼は優しい笑みを浮かべているだけで、それ以上の意味を教えてはくれなかった。

屋敷へ戻る最中、ずっとエーベルの言葉を何度も心の中で繰り返し、考えてみたが答えは出て来なかった。

屋敷の門を潜り、玄関までの長い道を進んでいると一人の女性が目に入る。


(誰……?)


顔は見えないが、長く美しい金髪、白地のドレスは清純でお淑やかな雰囲気を醸し出していた。


「シュテフィ!」

「!」


隣に歩いていたエーベルが声を上げると、その女性はエミリ達の方へ振り向く。

そこで彼女の顔を初めて見たエミリは息を呑んだ。
色白の肌に大きな目。瞳はエメラルドグリーンのように美しく輝き、惹き付けて離さない。とても、綺麗な人だった。


「エーベルさん、こんにちは。そちらは?」


優雅に頭を下げたシュテフィと呼ばれた女性の視線は、エミリへ向けられる。


「この子はエミリ。今年、調査兵団に入った兵士で僕の昔馴染みなんだ」

「そうだったのですね」


エーベルがエミリの紹介をしたのと同時に、慌てて頭を下げる。シュテフィは、どこかホッとしたような面持ちでふわりと微笑んだ。


「初めまして。私、シュテフィと申します。以前、パーティでエーベルさんと知り合ったことが切っ掛けで、よく屋敷にお邪魔させて頂いているんです」

「は、初めまして! 調査兵団に所属しています、エミリ・イェーガーです! よろしくお願い致します!!」


落ち着きのあるシュテフィとは反対に、エミリはいつもよりも少し大きな声で名乗り、敬礼をした。

何故か、心が落ち着かなかった。
緊張と、そして……不安と、心臓がドクドクと脈打つ。


「まあ……! ということは、貴女がかの有名なイェーガー先生の娘さん?」

「え、父をご存知なのですか?」

「ええ! エーベルさんからもお話は伺っていますし、イェーガー先生は貴女が思っている以上に、王都では結構有名なお話なんですよ?」


驚いた。
交流があったホフマン家だけに限らず、他の貴族の間でも有名だったのか。


「エミリさんのお話も、エーベルさんから少し聞いておりました。妹のような存在だと」

「……ありがとうございます」


”妹のような存在”
予想はしていたが、こうして突きつけられると胸が傷んだ。
わかっていたけど心が痛いのは、本当に自分がエーベルを好きだということ。

再会したあの日から、何度もエーベルに気持ちを伝えようとした。そして、ケリをつけるつもりだった。なのに、会えば言葉が出ずにそのままいつものように談笑して終わるだけ。それを繰り返して、もう三ヶ月も経っていた。

でも、それももう……終わりになるだろう。

シュテフィを見た時のエーベルの表情は、とても嬉しそうなものだった。そして彼女も同じ。二人は両想いなのだろう。


(潮時、か……)


二人に気づかれぬよう、深く溜息を吐く。
それはとても重たいものだった。


「シュテフィ、今日も家に上がって行くかい?」

「あ、いいえ。少しお話出来れば良かったので、今日はこれで失礼致します」

「そうか……じゃあ、また」

「はい」


嬉しそに、少し寂しそうに微笑み合い、シュテフィはエミリにも会釈をしてから屋敷を出て行った。

しかし、気の所為だろうか。シュテフィがとても、悲しそうな顔をしていたのは……


(どうしたんだろう……?)


エミリは暫く彼女のことが気になって仕方が無かった。



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