Vergiss nicht zu lacheln

□第3話
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 訓練兵団に入団してから三年の月日が経った。
 厳しい訓練を終え、これから別々の兵団に所属するであろう101期の兵士達は皆、三年前とは違った面構えで立っていた。


「本日、諸君らは『訓練兵』を卒業する……その中で最も訓練成績が良かった上位10名を発表する。呼ばれた者は前へ。
主席、エミリ・イェーガー。二番、フィデリオ・コストナー。三番──」


 主席のエミリから順に名前が呼ばれ、上位10名は前に並んだ。
 あの日から二年が経った。今日までエミリは、あの日の想いや記憶を糧に厳しい訓練を乗り越え主席の成績を獲得することができた。


(けれど、成績なんて関係ない。大切なのはこれから……)


 エミリは調査兵団を志望する。つまり、これからは、死と隣り合わせということだ。どれだけ成績が良くても、実践で使えなければ意味がない。


「本日を持って訓練兵を卒業する諸君らには、三つの選択肢がある。

壁の強化に務め、各街を守る「駐屯兵団」。
犠牲を覚悟して壁外の巨人領域に挑む「調査兵団」。
王の元で民を統制し、秩序を守る「憲兵団」。
無論、新兵から憲兵団に入団できるのは、成績上位10名だけだ。

後日、配属兵科を問う。
本日は、これにて第101期「訓練兵団」解散式を終える…以上!」

「ハッ!」


 解散式を終え、自由時間となった。
 明日には、三年間世話になったこの兵舎を立つ。荷物を整え、夕飯を終えたエミリは、今日、入れ違いで訓練兵団に入団したエレン達に会うために、待ち合わせ場所へ向かっていた。


「あ、姉さん!!」


 エミリを見つけたアルミンが、大きく手を振る。エレンとミカサもエミリに気づき笑顔を見せた。
 エミリは、足早に三人の元へ駆け寄る。


「三人とも久しぶり。ちょっと見ない間にまた大きくなったね!」

「まぁな」


 会う度にどんどん身長が伸びていく三人を見ていると微笑ましくなった。エレンとミカサは、もうすぐエミリの身長を抜きそうだ。


「今日、キース教官の通過儀礼があったんでしょ? どうだったの?」

「エレンとミカサは何も言われていなかったよ。僕は思い切り怒鳴られたけど…」


 怖かった、とアルミンは苦笑混じりに話す。
 調査兵団の前団長であるキース・シャーディス教官は、エミリの恩師でもある。
 ウォール・マリアが陥落して以降、訓練所はローゼの南区となった。そして、エルヴィンが団長に就任したと同時にキースも教官として、南区の訓練所に配属されたのだ。


「そっか。私は、キース教官が配属された時にもう一回されたよ。全員教官に問われたなぁ。『何をしにここに来た!』って」

「そうなのか? 姉さんだって……俺とミカサと同じなのに……」

「あの時は、壁が破壊された直後だったからね……それもあるんじゃないかな」


 四人でベンチに座り、空を見上げながら他愛もない話をする。こんな事も暫くは出来ないだろう。


「姉さんは何て答えたの?」

「私は……」


 ミカサの質問に、エミリは言葉を詰まらせる。答えて良いものか迷ったからだった。
 超大型巨人と鎧の巨人によって壁が破壊され、壁内の者達は巨人の脅威に曝された。それは、訓練兵達も同じだ。巨人に立ち向かおうと訓練地に残る者もいれば、恐怖に負け兵士を辞めて生産者へ戻る者も少なくは無かった。
 その為にもう一度通過儀礼が行われた。育成者も戦う意志の無い者をわざわざ鍛えるつもりは無い。その際、通過儀礼を担当したのが前団長であるキースだった。


『貴様は何者だ!』

『シガンシナ区出身、エミリ・イェーガーです!』


 声を張り上げるキースに、エミリは敬礼をする。負けじと大きな声で、出身地と名前を言った。


『何しにここに来た!』

『私は……』


 そこで思い出すのは、カルラが巨人に食われた光景とエレン達が涙を流す姿だった。
 初めは「巨人を倒すため、人類の勝利のため」と答えるつもりだった。なのに、出てきた言葉は自分が思っていたものと違っていた。


『……私は、自分が何をしたいのか、そして、自分が出来ることを見つけるためにここに居ます!』

『!!』


 その言葉にキースや隣に立っていたフィデリオ、周りの同期達も驚いた顔をしていた。エミリ自身もよく分かっていなかった。何故、自分がこんなことを言ったのか。
 間違いなく怒鳴られる。そう思ったエミリだったが、キースは「そうか」とだけ言って隣の兵士の前に立った。
 あの時、何故キースは何も言わなかったのだろう。彼の真意は今でもよく分かっていない。自分の言ったこともよく分からないままでいた。


「姉さん?」

「っ! 何?」

「何?じゃねーだろ。『通過儀礼の時何て答えたのか』って話だよ」


 完全に自分の世界に入り込んでいたために、すっかりその質問をされたことを忘れていた。


「ごめんごめん。ぼーっとしてた」

「そんなんで大丈夫なのかよ。明日、配属兵科が決まるんだろ?」

「エレンよりはしっかりしてるから大丈夫よ」

「は? 何だよそれ!!」

「確かに」

「おい! ミカサ!」

「あはは」


 こんな風に、ずっと四人で笑い合える日々が続けば良かったのに。今更だが、そんなことを思ってしまう。
 この笑顔を守りたい。三人を見つめながら思った。


(……笑顔、か)


 そこで何か大切なことを忘れている気がしたが、その謎は解けないまま、エミリは次の日を迎えた。



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