短編&中編

□あなたの隣
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 夜は、嫌いだ。真っ暗で、静かで……闇に呑み込まれてしまいそうだから、とても不安で仕方がない。
 毎回不安を感じているわけではないけれど、時々こんな夜が訪れる。そのとき、不安のせいでいつも眠れなくなる。不吉なことばかり考えてしまって、気を晴らそうとしてもなかなか不安には打ち勝てない。

「…………こわい」

 同室のペトラに迷惑にならないようにと、ずっと薬室で勉強をしていた私だったが、不安に押しつぶされて集中力が途切れていた。

 気を紛らわせたいのにできない。
 眠たいのに寝られない。

 一人でいるのが嫌で、心がざわついて仕方がないわたしは、お気に入りのぬいぐるみを抱き締め薬室を後にした。


 静かに閉まる扉の音が、やけに廊下に響く。この音が、不気味に感じられて仕方がなかった。
 コツコツ、と響く足音も不気味だ。自分で鳴らしているものであるはずなのに、まるで後ろから見えない何かが後をつけているかのようだった。
 あまり信じてはいないが、オバケの類も嫌いだ。なぜだか昔からそういう話が苦手で、いつも母に抱きついていた。

 こわい。
 夜がこわい。
 一人がこわい。

 そして、寂しい……。

 負の感情がどんどん蓄積されていく。今は呼吸すらも苦しくて仕方がなかった。

「……………………あれ」

 急に立ち止まった自分の足。これは、自分の意思で足を止めたのだということは理解できたのだが、なぜこの部屋の前で立ち止まったのか……そこまで理解することはできなかった。
 無意識にこの部屋に向かっていたらしいが、どうしてかはわからない。

「…………えっと、どうしよう」

 覚えのない自分の意識は、一体何を思ってここへやって来たのだろう。
 部屋の扉の前で立ち尽くしていた私は、意を決してノックを二回鳴らした。

「おい、誰だ。こんな時間に」

 部屋の中から低い声が聞こえた直後、わずかに開かれる扉から顔を覗かせたのは、リヴァイ兵長だ。

「……お前、なんでここにいる」

 当然の疑問を私に投げかけるリヴァイ兵長。私はぬいぐるみをさらに抱き締め、口ごもる。

「えっと、ですね……ちょっと不安になって外に出たら、いつの間にか兵長の部屋の前に立っていたんです」

「は?」

 もちろん、兵長は意味がわからないといった顔をしている。それでも良い。

 今は、とにかく誰かと一緒にいたい。
 誰かと話をしていたい。
 隣に、いてほしいの……。


「…………入れ」

 さらに扉を開け、通り道を作ってくれた兵長に感謝をしながら、私は静かに入室する。
 兵長の机には、数本の酒瓶。一人で飲んでいたのだろうか。

「……あの、1人の時間を邪魔してしまい、すみません」

「別に構わねぇよ。で、何が不安なんだ」

 さっきまで座っていたであろうソファに座り直した兵長は、再び酒に口つける。
 そんな兵長は、目で私に「隣に座れ」と訴えられたため、申し訳なさと少しの安心感を感じながら、腰を下ろした。

「……夜って、急に不安になるときあるんです。闇に呑み込まれてしまいそうで……怖くなります」

「ぬいぐるみなんざ抱えて、よっぽど重症らしいな。お前」

「…………はい。少しでも安心するから。でも今回はそうじゃないんです! 兵長のそばに行きたくなって……」

「おい……お前、そりゃあっ」

「はい?」

 驚いた様子の兵長を見て、私も自分がいま何を言ってしまったのかを思い出し、顔を赤くさせる。

「あっ、あの……い、今のはですね……」

 言い訳をしようにも思いつかない。

「好きなだけここにいろ」

「…………えっ」

「お前が不安なら、オレが隣にいてやる」

 私は肩に腕を回され、その言葉と共に引き寄せられた。私の体と兵長の体が密着し、距離が埋まる。
 私の頭を優しく撫でる手は、とても大きくて暖かくて……安心する。

「へ、ちょう……」

 それを感じた途端、急激に襲ってくる睡魔。ウトウトと瞼が重くなり始めた私は、兵長の胸にコテンと頭を預けることしかできなかった。

「何も不安に思うことはねぇ。ゆっくり休め」

 安心感が、私の心に宿った不安を取り除いていく。そのまま睡魔に従って、私は静かに夢の世界へ足を踏み入れた。


 兵長の声、それはまるで子守唄のように穏やかで、優しいものに感じられた。



 

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