短編&中編

□茜色の空の下
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「こら、エレン」

 怪我でボロボロになった顔を不満げに歪ませたエレンの顔に、エミリが水に濡らした花柄のハンカチを当てながら話しかけるも、エレンはそっぽを向いたままエミリの顔を見ようとしない。

「ダメでしょう。人に迷惑をかけちゃ」

「……だって、アイツらがまたアルミンの食いもん盗って、アルミンのこといじめてたんだぞ!!」

 アルミンをいじめていた三人組のことを話すエレンの目はつり上がっていた。
 最近、エレンにできた友達のアルミン。たまたま、街のガキ大将三人組にいじめられているところをエレンが見かけ、それからよくアルミンのことを気にかけ始めたのが切っ掛けだった。

「だからって、街の人たちまで巻き込んじゃダメ! ケンカするならもっと場所を選びなさい」

 そして、今日もガキ大将にいじめられていたアルミンを助けるため、エレンが間に入ったことで殴り合いに勃発。街中で暴れ回っていたエレンたちは、市場に並ぶ出店や売り物まで巻き込み壊すハメになり、街の人たちはたいそうご立腹だった。
 騒ぎを聞いたエミリが駆けつければ、やられっぱなしのエレンとアルミンの姿が目に入り、急いで仲裁に入った。
 ガキ大将三人組を締め上げ、暴れるエレンを止めていると、同じく騒ぎを聞き駆けつけた憲兵に事情を説明し、街の人たちに頭を下げて回ったいたのだ。

「あのね、アルミンを守るためなのは分かるけど、でもそれで周りの人たちにまで迷惑をかけたら意味ないでしょう。エレンの行動が沢山の人たちを悲しませる結果になってる。それは、良いことだとは思えない」

「……でも……」

 エミリの最もな意見に、エレンは顔を俯かせる。エミリに止められ冷静になった後、辺りを見回したが確かに酷かった。
 店のテントは潰れ、売り物の食べ物は地面に転がり、皿や花瓶など壊れた物だってあったのだ。

「それに、エレンたちが暴れて壊した物、弁償するの誰だと思ってるの?」

「…………」

 エレンは口を尖らせたまま顔を俯かせる。
 市場の店、商品、エレンたちが壊した物はまだ幼い彼らが弁償できるはずもなく、代わりに親が責任を持たなくてはならない。
 この後、いつものように憲兵が家を尋ねてくるはずだ。

「何もしていないのに頭を下げるのは誰?」

「……母さん」

「じゃあ、弁償するお金は誰が何のために稼いだもの?」

「……父さんが、俺たち家族のために働いて稼いだお金」

「そう、ちゃんとわかってるじゃない」

 ムスッとしながらボソボソと答えるエレンの頭を優しく撫でる。
 エレンがわかっているのならうるさく言わない。また帰ってからカルラに怒鳴られるだろう。だから言い過ぎはエレンには返って逆効果だ。

「エレン、私や母さんは別にケンカしてくることに怒ってるわけじゃないの。それはわかってる?」

 エミリが問えば、エレンは無言でコクリと頷く。
 カルラは、街でケンカをして帰ってくるエレンを怒ることは無かった。エレンが何のために拳を振るうのか、それをちゃんと理解しているから。
 それでも、他人に迷惑をかけた時はきっちりと叱るし、大きな怪我を負って帰ってきた時は、心配して注意もする。
 理不尽なことで怒ったりしない。いつでも、自分の娘と息子のことを理解しようとしてくれる。それが、カルラという母親だった。

「よし、なら帰ってから母さんになんて言うか……もうわかるよね?」

 再び同じ表情のままコクリと頷くエレン。そんな弟の頭を優しく撫で、エミリはエレンの手を取って歩き出した。


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