短編&中編
□映画デート
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日曜日の午後は、どこもかしこも人で溢れかえっている。大型ショッピングモールなんかは、家族連れや恋人を中心に、飲食店も、雑貨店も、子ども広場でさえも、混雑してばかりだ。大都会の駅地下や横にずらりと並ぶ高層ビルは、永遠に目的地に辿り着けないのではないかと錯覚してしまうほど、いつ訪れても迷宮である。
そんな人混みを掻き分けながら、ある目的地へ足を進める一組のカップル。迷子にならぬようお互いの手をしっかりと絡め合い、酔いそうになるも必死に耐えながら、ズンズンと歩いていく。
「うぅ……リヴァイさん、頭がクラクラします」
「もう少しの辛抱だ。耐えろ」
「はぁい〜……」
人混みのせいで顔面蒼白になりながら、エミリ恋人のリヴァイに腕を引かれている。
人酔いをしてしまっているせいで、今どこを歩いているのかも、目的地に近づいているのかすらもわからない状態だった。エミリの腕を引っ張っている彼は、最早、恋人というより人間ナビのようである。
「ほら、着いたぞ」
「……はあ〜〜やっと、やっっっと着いたぁ!!」
ようやくこの人混みからも解放され、目的地へと到着した喜びで、悪かった気分は一気に消え去った。
しっかりとリヴァイの手を握りながらもはしゃいでいる恋人の姿に、わかりやすいヤツだと溜息を吐きながら、ビルの入口を二人で潜った。
そこでも相変わらずの人混みで、またどんよりとした空気を纏う。今度は思い出し酔いをしてしまいそうだ、とわけのわからない発言をするエミリの手を再び引っ張って、リヴァイはカウンター上にあるモニター前まで歩いた。
「ほら、何が観てぇんだ。さっさと選べ」
リヴァイと同じ方向へ視線を移せば、モニターに表示されているのは幾つかの作品名や時間、そしてそれらが上映される場所だった。
そう、二人が訪れているのは映画館。恋人になってから映画デートはまだしたことが無かったため、こうして都会の映画館までやって来たのだ。
「うーん……何が良いかな。リヴァイさんは、何か観たいのとか無いんですか?」
「…………特に無ぇ」
「えっ、特に無いって……それ、映画楽しめるんですか?」
確かにリヴァイがわざわざ映画館まで足を運び、鑑賞する姿などあまり想像はできない。
しかしデートとは、お互いが楽しめるものでないと意味が無いのではないだろうか。
「じゃあ、せめて良さそうだなって思うもの無いんですか? やっぱり、折角なんですからリヴァイさんも楽しめるものの方が良いかなって……」
眉を下げ困り顔を見せるエミリの姿と言葉に、思わず胸を擽られるリヴァイだが、平静を装いモニターへ視線を戻す。
動物が主役の感動もの、人気俳優たちが演じる恋愛もの、怖いと評判が良いホラー系、張り巡らされた伏線とその回収が面白いと言われているミステリー系など、ジャンルとタイトルを目で追っていくが、やはりリヴァイの心を動かす作品はない。
しかし、折角の愛しい恋人の好意を無視するわけにも行かないだろう。
「そうだな……なら、」
「ホラー選んだら一生怨みますから」
「…………。」
まだ何も言っていないのに……、いや、実際にホラーと言おうとした。だが、それを瞬時に察したエミリに先手を打たれたわけだ。
以前、エミリを家に招いた時、「ホラーは苦手だから嫌だ」と言い張る彼女の言葉も無視し、彼女から1番のトラウマだと聞いた貞○のリ○グのCDを強引に観せたことがあった。
結果は散々だった。愛しい恋人は夜泣きでわんわんと泣き叫んでばかりの赤ん坊へと変貌し、数日の間はリヴァイの頬に真っ赤な紅葉も咲いていた。
そんな目に合っても再びエミリにホラー映画を観せようと企む自分の悪戯心もなかなかのものだが、「次は無い」と隣から目で訴えて来る。
「……ああ、わかってる」
にこやかな微笑みの裏に存在する彼女の火山を噴火させぬよう、リヴァイは敢えて知らん振りを貫き通した。
「……そうだな……恋愛ものとかどうだ」
年頃の女の子が好きそうな作品。これなら大丈夫だろう、と信じフイッと隣へ視線を移した。
「え、リヴァイさんってあーいうのに興味あったんですか。意外……」
何故か自分に当てられるのは、氷のように冷たいビーム。エミリはドン引きとでも言いたげな表情をしていた。
「恋愛映画ってなんか好きじゃないんですよねぇ……わざと胸キュン狙ってキザなこと言ってたり、ありきたりすぎて……色々とツッコミ所も満載ですし」
疲れた様に溜息を吐くエミリの姿に、まさか恋愛映画をそんな風に捉えている女もいたのか、と驚愕する。
本音を言えば、リヴァイも彼女と同じ意見だ。しかし、これは変な誤解をされている可能性がかなり高い。その証拠に彼女の目は、ずっと冷ややかだ。
「いや、違ぇ……お前が観たそうだと思ったから言ってみただけだ」
「リヴァイさん、話逸れてます。今は、リヴァイさんが観たい映画、でしょ?」
「……ああ、そうだったな」
本当に決められるのだろうか。というか、いつになったら映画デートという目的を果たせるのか。
少しリヴァイは焦った。
「……じゃあ、あの犬の映画は」
「動物、ですか……」
「なんだ。これも嫌なのか?」
「嫌ではないんですけど……あれ、悲しい話ですよね? ホラーとは別の意味で苦手というか……悲し過ぎて観れないんです」
またもや却下され、内心舌打ちを鳴らしながらもリヴァイは次に目に入った作品を口にする。
「ならあのミステリー映画は」
「すみません、それ……この前ペトラたちと観に行きました」
「…………。」
ピクリ、と動くリヴァイの眉。ヘラヘラと笑っている恋人の頭に、リヴァイは少しだけ力を込めてゲンコツをお見舞いした。
「イダッ……!!」
「おい、てめぇ……何が俺が観たいのは何だ、だ。お前がどんどん却下していくせいで話が進まねぇだろうが。今日は映画デートなんだよな? する気あんのか?」
「あ、あるに決まってるじゃないですか〜!! でも、仕方ないじゃなですか……なんかリヴァイさんが選ぶのって私と相性が悪いと言うか……」
「俺のせいにするんじゃねぇよ」
ゲンコツの次は頭を鷲掴みにされ、更に痛みという刺激を与えられる。そんな彼女の瞳は涙目だ。
「うぅ……だってぇ……」
「だってじゃねぇよ、ムカつく……だからお前が選べって言ったんだ。ほら、さっさと選べ。3秒以内だ。いち、」
「……はいはい、わかりましたよ! 文句言っても私は知りませんからね!! ア・レ・で・す!」
そう言ってエミリが指差したものに、リヴァイも注目する。そして、唖然とした。予想を遥かに超えた作品に、二の句が紡げなくなる。
「…………お前、本気で言ってんのか」
「文句は受け付けません。さっ、行きましょう!」
そう言ってニッコリ微笑んだエミリは、固まった表情のまま突っ立っているリヴァイの腕を引き、チケットカウンターへ進んだ。
「はあ〜〜〜良かったですねぇ! もう涙が止まらない……思い出しただけで、鼻の奥がツンって!!」
映画を観終え、近くのワクドナルドで一服しながら、パンフレットを手にはしゃぐエミリ。
反対に、リヴァイは頬杖を着きながらげんなりとした表情を浮かべていた。
「リヴァイさん、映画どうでした?」
「どうもこうもねぇよ。まさかこの歳で……いや、この際それはまだ良しとする。だが、まさかデートで……プ○キュア観ることになるなんざ、誰が想像するだろうよ」
ホットのストレートティーを口に含んだあと、長いながい溜息を放出する。
受付でエミリが映画の作品名を口にした時、二人と店員の間に極わずかな間ができてしまったのは言うまでもない。その後はずっと周りの視線が気になって仕方が無かった。シアターに入場する時、椅子に座る時、そして、シアターから出た時……周りは家族連れで幼い子どもたちばかり。そんな中で自分たちの存在は異質すぎるだろう。
ふと、隣のシアターに視線を移せば、腕を組みながら出てくるカップルたち。そこは恋愛ものが上映されていたようだ。普通であればリヴァイたちも隣のシアターに居るのが自然なのだが、このおバカな恋人は人の葛藤も露知らず。呑気に感動し、泣いていた。
「でも、面白かったでしょう?」
「………まあ、な」
子ども向けの作品と舐めていたがメッセージが強く込められており、確かに人の心を動かす素晴らしい作品だったとは言えるだろう。
何だか上手く丸め込まれた気がして癪だが、幸せそうな恋人の姿だけで充分満足なリヴァイであった。