短編&中編
□あなたの唇に覆われて
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6限目終了のチャイムが学校に響き渡り、また今日も放課後がやってきた。眠たい授業から開放され、教室の中がざわめき出す。これでホームルームも終われば自由時間なのだから当然のことだろう。
そんな中、ソワソワと落ち着かない空気も漂っていた。なぜなら、今日は3月14日のホワイトデーだからだ。
男女のカップルが増えたため、今日は甘い雰囲気が一層強くなっていた。
(……いいなあ)
できたてほやほやのカップルは、早速これからどこか出掛ける予定らしい。そんな初々しい姿を見ながら、エミリは帰る支度を進める。
「ま、私には縁のない話だね」
恋愛運もなければ男運も無いとしか感じられない自分の運勢は、全体的に見てかなり低い気がする。加えて、昔から喧嘩っ早く男勝りな性格のせいで、自分はもう男子から女としてすら見られていないだろう。
しかし、それを嘆いたところで何も変わらない。諦めの溜息を吐き、鞄を持って教室を出た。
まだ少し肌寒いこの季節。鞄を肩に掛け、両手をコートのポケットに突っ込みながら正門へ向かう。
しかし、ハッとしてあることを思い出し、立ち止まった。
「そう言えば、先生に呼ばれてたんだ!!」
理科の教師である担任から、放課後に理科準備室に来るよう伝えられていたことを思い出し、急いで踵を返す。
スカートを揺らしながら、階段を駆け上がり、廊下を控えめに走っては、理科準備室へと向かった。
「失礼します! お待たせしました!!」
ガラガラと勢いよく扉を開け、作業机でパソコンと睨めっこをしている担任の元へ駆け寄る。
「遅せぇ……どんだけ待たせんだ」
ようやくやって来た教え子の登場に、白衣を纏った担任は、小さく舌打ちを鳴らす。
「す、すみません……リヴァイ先生に呼ばれていたこと忘れてましイダッ!」
あはは、と頭を掻く教え子の額に、リヴァイはデコピンをお見舞いする。
「遅れた罰だ」
「リヴァイ先生のデコピン強烈すぎて嫌いです」
「だから罰なんだろうが」
デコピンされた額を抑え、涙目で抗議するも軽く流されてしまう。そんな彼の視線はパソコンの画面に固定されていた。
「それで、話ってなんですか?」
「いや、まあ……大したことじゃあねぇんだが、お前も知っておいた方が良いと思ってな」
「はい?」
未だにパソコンに視線を置いたままのリヴァイに向けて、コテンと首を傾ける。担任の様子を見る限り、あまり良い話ではなさそうだ。
「中等部のお前の弟が、また他校のヤツらと喧嘩したらしい」
「…………また、ですか。全くあの子はもう……」
相変わらず自分に似て喧嘩っ早い弟の姿を思い浮かべ、頭を抱える。
弟――エレンは、決して理由なしに拳を振るうような子ではない。ただ頭より先に感情が動いてしまうのだ。
おそらく今回も、他校の連中が何か悪さをし、それを阻止するために暴れたのだろう。そして、いつもの通り度が過ぎたようだ。
「いま、生活指導室で反省文書かされてるらしいな」
中等部、高等部と学年が離れているというのに、いつもこの連絡の速さには驚かされる。
エレンの担任であるキースは、自分が中等部の頃、同じく担任として世話になっていた先生だ。その繋がりで、弟が何か問題行動を起こした際は、なるべく早く教えてほしいと相談した結果、そのような情報は現在の担任であるリヴァイに回されることになったのだ。
「では、私からもエレンに言っておきます。ありがとうございます……」
どんよりとした空気を纏い、背中を丸めて準備室から出ようと扉に手をかけた時、後ろから伸びてきた手によって、扉の鍵が閉められてしまった。
何が起こったのかわからず、ゆっくりと担任の方へ振り返る。
「まだ話は終わってねぇ」
「は、はあ……でも、なんでわざわざ鍵まで閉める必要が……」
「エレンの件はお前を呼び出すための口実だ。本題はこれからだ」
ただならぬ担任の様子に、思わず縮こまる。謎の気迫に気圧されるも、恐る恐る担任と視線を合わせた。
「あ、あの……本題とは?」
鼻と鼻がくっつきそうな程に近い距離。心臓がバクバクと音を立て、速さは上がる一方だ。
リヴァイのサラサラの前髪が頬を擽り、真剣な瞳はまるで獲物を捕らえる狼のよう。熱い視線に当てられ、頬はどんどん紅潮していく。
「あの、リヴァイせんせっ」
突然、音が止んだ。
それはどうしてか。
口を塞がれたからだ。しかも、エミリの唇に重ねられているのは……リヴァイの唇。
「ふ、ンンっ!?」
真っ白になってしまった頭で、必死にリヴァイの口付けを受け止める。ただされるがままオロオロしていると、次は甘い刺激が口内に広がった。これは……──
(チョコ、レート……?)
甘いあまい、ミルクチョコレートの味が、リヴァイの口付けと共に口内を支配する。
冷静になってきた頭で辿り着いた答えに、起こっている現実を疑ってしまった。
しかし、リヴァイの行動がその答えを証明している。
離れる熱。体で大きく呼吸を繰り返す中、耳元で囁かれたリヴァイの言葉に、顔を真っ赤にさせることしかできなかった。
「……バレンタインの返事、ちゃんとしたからな」