短編&中編
□兵士長の執務室にて
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今日も朝から一日中仕事をしていたリヴァイは、執務室で大きく溜息を吐いた。しかし、彼の悩みの種は仕事ではなく、机の上に大量に積まれた箱たちだ。
バレンタインということで、調査兵団に所属する女兵士達は好きな人のために全力でチョコを作る。そして、そのチョコは大体がリヴァイの元へやって来るのだ。
直接受け取ってほしいと言われたものは断ったが、外から執務室に帰って来ると部屋の前に箱が積まれているのである。ご丁寧に大きな籠まで用意し、その中にカラフルなプレゼント達がチョコの甘い香りを放っていた。
「チッ……」
さて、この大量のチョコたちをどうしようか。リヴァイは甘いものをあまり好まない。だから正直、食べるのも面倒だ。
そもそも何故、嫌いなものがプレゼントという形となって送られてくるのか……理解不能だ。
(ったく、これだからイベント事は嫌いなんだ……)
部屋の中を漂う甘ったるい匂いに顔を顰める。そして不幸とは重なるものなのか、今日は朝から愛しい恋人は妹とのデートで不在。リヴァイのイライラは募るばかりであった。
だが、そんなことでストレスを溜めている場合ではない。仕事はやらなきゃ進まない。
とりあえず紅茶でも飲んで、一息ついてから仕事に取り掛かろう。席を立ったリヴァイは、給湯室へ向おうと部屋の扉に手をかけたその時、コンコンと外からノックの音が聞こえた。
まさかまたプレゼントを受け取ってほしいと部下がやって来たのだろうか。ここまでくると本気で面倒だ。舌打ちを鳴らし、扉を引きながら外でプレゼントを持っているであろう部下に声をかける。
「おい、もう菓子はいらねぇ……」
しかし、そこまで言ってリヴァイは口を噤んだ。
何故なら目の前に立っていたのは、ティーカップとポットを盆に乗せたエミリが立っていたからだ。
「へぇ……バレンタインのプレゼントいらないんですか? じゃあ私帰ります」
ニコリと素敵な笑顔を浮かべて踵を返すエミリ。そんな彼女の首根っこを掴んでおい、待てと執務室の中へ引きずり込む。
「……いらないって言ったのご自分じゃないですか」
無理矢理連れ込まれたエミリは、口を尖らせてリヴァイを睨み上げる。そんな表情もリヴァイにとっては可愛いものだが、惚気けている場合じゃない。
大体、文句を言いたいのはこっちだとリヴァイも得意のにらみつけるでエミリを見下ろす。
「お前以外のもんはいらねぇってことだ」
「あ、そうですか。じゃあそこの大量の可愛い箱たちはなんですか?」
「あ? お前こそ可愛い妹やらと楽しくデートしたんだろうが。自分を棚に上げるんじゃねぇ」
会った瞬間、痴話喧嘩を始めるリヴァイとエミリ。バレンタインは甘いはずなのだが、二人が投げ合う言葉は辛口だ。
「妹にまで嫉妬しないで下さいよ。しょうがないじゃないですか。妹が寂しい思いをしているのに放っておくなんてできません」
「そうか。だが俺も寂しかったんだが?」
「大人なら我慢して下さい」
そう言ってプイッとそっぽを向くエミリに本気で腹が立ってきた。ああ言えばこう言う。本当に彼女は口だけは達者だ。
「……私だって、別に兵長のこと考えてなかった訳じゃないですもん」
「あ?」
顔を俯かせるエミリの表情は見えない。代わりに、彼女が持っているトレーのある小さな袋が目に入った。
「何だこれは」
「あ」
リヴァイがその袋をつまみ上げると、エミリは小さく声を漏らしそれを目で追う。
一見、紅茶の茶葉のように見えるが、文字も何も書かれていない真っ白な袋に入っているせいで、どこの店のものか分からない。
「これはどこの店の茶葉だ?」
「…………」
「おい、エミリ」
質問しても口を開かないエミリ。頬はプクリと膨れている。まだ拗ねているのだろうか。
だが、少しだけ、寂しそうに瞳が揺れているような気がする。
「…………り……た」
「何だ?」
「……自分で、作りました」
ボソボソと小さな声だったが、確かにエミリは『自分で作った』と言っていた。
市販のものではない茶葉。しかも、自分の恋人が作ったものだと知ったリヴァイは、驚きから目を丸くする。
「……兵長、甘いもの苦手じゃないですか。だったら、チョコじゃないけど好きな紅茶をプレゼントした方がいいかなって」
エミリはそう言うが、紅茶の茶葉を完成させるにはかなりの手間と時間がかかるはずだ。いつから準備していたのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。こうして時間をかけて自分の好きなものをプレゼントしてくれるのは、きっとこいつだけだ。
「エミリ、この茶葉で紅茶を頼む」
「……わかりました」
リヴァイに頼まれたエミリは、ティーセット一式を机の上に置いて紅茶の準備を始める。
彼女が用意をしている間に、リヴァイは棚に置いていた紙袋を手に取りソファへ腰掛けた。