短編&中編
□姉さんのお説教タイム
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そして次の日、訓練を終えたエレンとアルミンは、約束通り街へ足を運んでいた。エミリとの待ち合わせ場所は、彼女の行きつけの喫茶店。
訓練の疲れから大きく欠伸をしたエレンは面倒臭そうな表情を浮かべている。たまたま予定が入っていなかったから良かったが、急に呼び出しが掛かったこちらの身にもなってほしい。心の中で悪態を吐きながら、アルミンと共に喫茶店へ入店する。
「エレーン! アルミーン!」
そして聞こえた姉の声。その声の音程にエレンは少し違和感を感じた。いつもと比べて高かったからだ。
だが、隣に立つアルミンはそんなこと気にする素振りを見せず、笑顔でエミリが座っている席へ歩み寄る。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって」
「そんな! 僕の方こそ、急なお願いしてしまって……」
「いいのいいの!」
エミリもアルミンも不自然すぎるほど綺麗な笑顔を浮かべて会話をしている。
マズい。これは本当に色々とマズい。
そんな予感がしたエレンは、踵を返し気づかれないようこっそりと店を出ようと足を動かした。だが、
「エレン、ちょっと待ちなさい」
背後から掛けられるエミリの声に、エレンはピタリと足を止める。
「どこに行く気なの? 私は、エレンとお話がしたいから来てもらうようにアルミンに頼んでおいたはずなんだけど……ちゃんと伝わってなかった?」
「いや……ちゃんと、伝わって、る……」
やはり、いつもと比べて声が高い。これはアレだ、エミリがご立腹のサインだ。
(俺、何かしたか……?)
頭の中で、これまでの事を思い返してみるが全く心当たりがない。とりあえず、ここは姉の言うことに従っておいた方が良い。エレンはゆっくりと二人の方へ振り向いた。
エミリは自分が着席している前の席へ人差し指をさし、無言でここへ座れと指示を出している。エレンは少しだけ頬を引き攣らせながら、言われた通りエミリの前へ腰を下ろした。ちなみに、アルミンはエミリの隣だ。
「…………なあ、姉さん……」
「んー?」
せっかく喫茶店に来たのだからと、一旦メニュー表を広げ何を頼むか考えているエミリに、エレンは控えめに声をかける。
ここは、いつものような反抗的な態度を見せる訳にはいかない。慎重に言葉を選んだ。
「……何で、いきなり俺を呼び出したんだ?」
敢えてアルミンを入れない。アルミンはどう見たって姉側だからだ。呑気に飲み物を選ぶ姉と親友の余裕の態度に、エレンの焦りは募る一方である。
「すみませーん。注文いいですかー? あ、エレン。ちょっと待ってね」
表情を変えないエミリ。エレンを焦らすつもりなのだろうか、姉の考えていることがよくわからない。それとも、自分でもう一度考えてみろということなのだろうか。
とにかく、一人ソワソワしていても仕方が無いため、もう一度記憶を巻き戻してみる。しかし、やはり心当たりはない。
(姉さんは一体、何に怒ってんだ……?)
あのエミリのエレンに対する対応の仕方は確実に怒っている証拠。エレンが何かやらかしたということを物語っている。
「……さて、本題に入ろうかな」
注文を終えたエミリがエレンへ向き直る。エミリは運ばれてきたオレンジジュースで喉を潤してから、ニコリとエレンへ微笑んだ。
「エレン?」
「……何だよ」
「何か忘れてることなあい?」
「忘れてること……?」
「そ。2月10日は何の日だっかなあ?」
やたらと語尾を伸ばすエミリの喋り方に若干引きつつも、エレンは2月10日の行事を思い浮かべてみるが、残念ながら答えは出ない。
「……わ、わかんねぇよ」
「へぇ〜?」
エミリのニコニコ笑顔が更に濃くなる。未だに事情を掴めていないエレンだが、ヒントはその2月10日隠されていると考えていい。
そこでエレンは、その問題の10日にミカサとアルミンと三人で街へ出かけたことを思い出す。そこにもヒントがあるかもしれない。
(……もしかして!)
そこでハッとするエレン。その彼の表情から、思い出したか? と期待をかけるエミリとアルミン。だが、エレンはそんな二人の期待を簡単に裏切る。
「姉さん、まさか……10日に調査兵団の本部前で、姉さんとリヴァイ兵長が一緒にいたところを隠れて見てたことに怒ってるのか?」
全くハズレを言うエレン。エミリとアルミンは笑顔で固まったまま反応を示さない。何も喋ろうとしない二人に、エレンが再び口を開こうとしたその時、
「エレンのバカァ!!」
とエミリが声を上げて机に突っ伏した。
エレンからすれば、「は?」状態である。とりあえず、自分が答えたことが間違っていたということは理解した。
未だに机に顔を伏せたまま「あああ! もうーー!!」と騒ぎ続ける姉を半目で見下ろす。
「エレン! 何で!? どうして思い出してくれないの?!」
「はぁ?」
逆に、そんなに思い出して欲しいなら早く言えばいいだろうに。なかなか話そうとしないエミリに、募るイライラはそろそろ爆発しそうだ。
「私は……こんな、こんな物覚えの悪い弟に育てた覚えはないわ……」
「だあああ!! 俺が受け身でいるからって言いたい放題言いやがって!! 何かあるなら早く言えばいいだろ!!」
机をバンと叩きながら立ち上がり、怒鳴り声を上げる。振動で小さく動いた机の揺れが止まると、エミリがむくりと上半身を起こしエレンをじっと見上げる。
「……じゃあ、言うけど。10日は……ミカサの誕生日だったのよ」
1オクターブほど下がった声と真顔でエミリが答えを言えば、エレンは暫く瞬きを繰り返し、そして、
「あ」
と小さく声を漏らした。