短編&中編
□乙女の苦悩
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ウォール・ローゼ南方面駐屯区訓練兵団。そこでは今日も厳しい訓練に励む訓練兵達の姿があった。
現在は対人格闘の時間。手を抜いて適当に訓練する者が殆どだが、真面目に取り組む者もいる。中でも今日、特に真面目なのはミカサとエレンの組だった。
「……ってぇ……」
ミカサに投げ飛ばされたエレンは、腰に手を当て痛みに顔を歪めている。
「エレン、ごめん。やりすぎた」
地面に座り込むエレンに、ミカサがいつもの無表情で彼に手を差し伸べた。しかし、ムッとしたエレンはその手をパシリと振り払う。
「自分で立てる……」
「…………そう」
立ち上がり、砂を払うエレンを、ミカサは、切なげに瞳を揺らして見ていた。
エレンは素直じゃないからミカサに対してもよく反抗的だ。彼らしいといえばそうだが、ミカサはいつも寂しく感じていた。そのことにエレンは全く気づいていない。
「ミカサ、続きやるぞ」
エレンの掛け声に返事をして、ミカサは構える。そんな彼女に、エレンは再び勢いよく突っ込んで行った。掴みかかるエレン。だがミカサはそれを簡単に防いで再びエレンを地面に叩きつける。
エレンが大切なミカサにとって、正直、訓練でも彼を傷つけるようなことはしたくはない。だけど、手を抜けば真剣に訓練に取り組むエレンの心を傷つけてしまうから。だからミカサも一切、手は抜いていなかった。
「エレン、ただ闇雲に襲いかかれば良いってものじゃない。相手の動きをちゃんとよく見て」
「……わかった」
そして訓練時はエレンも割と素直だ。たまに強がって人の話を聞かない時もあるが、自分の実力をしっかりと理解できているからか、最近はミカサのアドバイスにも耳を貸すようになった。
「……もう一回やるぞ!」
立ち上がったエレンは再びミカサに襲いかかる。
太陽が照りつける午後のことだった。
***
「…………はぁ」
訓練を終え、風呂で汗を流したミカサは湯船に浸かりながら深く息を吐いた。
温かいお湯が疲れを癒してくれるようで落ち着く。入浴はミカサにとってもお気に入りの時間だった。
「ミカサ、隣いいかな?」
そんなミカサに声を掛けるのは、彼女の同期であるミーナ。側にはクリスタやユミル、ハンナも一緒だ。ミカサは軽く頷いて見せると、四人は輪を作るように円になって湯に浸かる。
「そういえばミカサ、もうすぐ誕生日なんだよね?」
「あ、そっか! 10日だったっけ?」
「うん」
「てことは、エレンと何処か出掛けたりするの〜?」
「……っ! エレンと……」
ミーナの話にミカサは表情を変える。相変わらずエレンのことになると反応がわかり易い。
「……もしかして、まだ予定組んでない?」
「つーか、こいつの場合は自分の誕生日すらも忘れてたんじゃないか?」
「…………」
ユミルの言葉にミカサは黙り込む。どうやら図星のようだ。
「仕方ないよ! 私達、いつも厳しい訓練に追われているし……私も先月誕生日だったけど、ユミルが言ってくれるまですっかり忘れていたから」
クリスタが慌ててフォローを入れる。そんな彼女が可愛くて、ユミルは後ろからクリスタに抱き着いた。
「10日って、確か調整日で訓練無かったよね?」
「あ、そういえば! ミカサ、折角なんだからエレンと出掛けておいでよ!!」
「……エレンと、お出掛け」
ハンナの提案に、ミカサの頭にエレンと二人で出掛ける光景が思い浮かぶ。
そんな贅沢すぎること、しても良いのだろうか。でもミカサも女の子、デートに憧れる一人の恋する乙女なのだ。
「……うん。後でエレンに声かけてみる」
「事後報告待ってるからね〜」
恋の話に花を咲かせるミーナ達も、勿論ミカサとエレンの関係は大事な話題の一つだ。一途にエレンに想いを寄せるミカサにエールを送りながらも、ちゃっかりと楽しんでいた。