短編&中編
□お菓子狩りだぁ!
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結局オルオに追い出され、エミリはそのままハンジがいるであろう研究室へ足を運ぶ。流石に上官にお菓子をねだる様なバカなことはしない。ただ部屋に籠を戻すのが面倒なため、このまま研究室に行くことにしたのだ。
コンコンと二回ノックをして声を掛ける。しかし、応答が無い。仕方無くエミリはそのまま扉を開いた。ノックをしても返事が無い場合、勝手に入ってくれて構わないとモブリットから教えられている。
扉を開け、部屋の中を覗き込むと資料に目を通すハンジの姿が目に入った。
「ふふふっ……」
「…………」
ハンジの不気味な笑い声が響く。どうやら巨人の研究をしていたため、エミリのノックと声に気づかなかったようだ。エミリはハンジの隣へ移動し、口を耳へ近づける。
「ハンジさーん!!」
「……ああ、エミリ! いらっしゃい!!」
耳元で大きな声を出せば流石のハンジも気づいたようだ。
「また巨人の研究ですか?」
「そう! そうなんだよ!! ……あれ、ところでエミリの持ってるその籠はなに?」
またもや巨人の話に突入しそうになったが、エミリの抱えている籠に目が入る。
「お菓子を回収するための籠です」
「あ〜、今日はハロウィンだもんね!! よし、なら私もエミリにとっておきのものをあげよう」
「え!? 良いんですか!!」
まさかハンジからもお菓子を貰えるとは思わず、どんなお菓子を貰えるのだろうとワクワクして待つ。
「実はね、この前お菓子感覚で食べられる薬を開発してみんだよ!!」
「………………え?」
『はい!』と差し出された"お菓子"は、見たこともないような色をした塊だった。紫、黒、茶……どれも違う。とにかく、言葉では表現できないような恐ろしい色になっていた。
「さあ、早速試食を」
「結構ですーーーーー!!!」
エミリは研究室を飛び出した。危なかった。このままでは意識を失うところだった。以前、ハンジが作った薬を毒味し記憶が吹っ飛んだことがある。もう御免だ。
同時に研究室に入った時の笑い声を思い出し、全身に鳥肌が立つ。薬を差し出すハンジはハロウィンでいう魔女のようだった。暫く研究室に篭っているだろうが、取り敢えずハンジに遭遇しないよう、細心の注意を払いながら歩き回る。
次はどこへ行こう。ペトラ達女子からはお菓子を沢山貰った。同期の男子達の所へ行こうか。『う〜ん』と唸っていると、目の前にお菓子が重力に従って通過し、自分が持っている籠へと入る。
「え?」
突然の出来事に目をパチクリしていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「!」
「これだけで済まないが、良いか?」
振り向けば、後ろにはミケが立っていた。エミリは慌てて敬礼をしようとするが、それをミケが手を前に出し静止のポーズをとる。
「あまり固くならなくていい」
「す、すみません! あの、お菓子ありがとうございます!!」
目をキラキラと輝かせ籠を抱き締めるエミリの頭をポンポンと撫でる。今のエミリは、外で遊び回っているような子供と同じだ。
「フィデリオから、お前が菓子を欲しがってると聞いてな。取り敢えず、机の引き出しに入っていた分だけ持ってきた。少ないが……」
「そんな……とんでもないです!! 全然多い方ですよ!!」
確かに、ペトラ達から貰った量と比べると少ないが、お陰でもうすぐ籠の中も半分まで埋まりそうだ。目標は籠山盛りだ。
「エミリ、まだ時間は空いているのか?」
「ありますよ」
ハンジのあのお菓子と見せかけた毒薬がある限り、暫く研究室にも戻れない。つまり暇なわけだ。全然時間は空いている。有り余っている。
「なら、少し着いて来い」
「あ、はい!」
歩き出すミケに小走りで後を追う。一体どこへ向かっているのだろうか。とにかく、言われた通りただ着いて行けば、とんでもない所へ辿り着いてしまった。
「……あの〜ミケさん? ここって……団長室ですよね?」
他の上官の仕事部屋と比べ一回りも大きい扉を、エミリはただ見上げていた。そんな彼女を放ってミケは、ノックをして扉を開ける。
「ミケか。どうした?」
「大した用事じゃない。ただ、ハロウィンを楽しむエミリに菓子を分けてやってほしいだけだ」
「エミリ?」
ミケの予想外の発言に、エルヴィンは少し目を丸くする。そして、彼の後ろで籠を抱えるエミリと目が合った。エミリはペコリと頭を下げ、ミケに続いて団長室へ足を踏み入れる。
「はは、まさか菓子を貰いに団長室へ来るとは思わなかったな」
「ち、違いますよ! ミケさんたら、『着いて来い』って言っただけで、行先なんて聞いてなかったんですから!!」
エミリだって予想外の出来事だ。これではまるでエミリが団長であるエルヴィンにお菓子をねだりに来たようではないか。ぷくりと不満そうに頬を膨らませる。
「まあ、そう怒るな。エルヴィンなら、普段食えないような菓子を持ってるだろ」
「……いや、なんかそれ……逆にいただきづらいです」
「構わないさ。丁度、ナイルやピクシス司令から贈られてきたマフィンやクッキーが大量にあって困っていたところだ」
そう言って棚の前に立つエルヴィンを見ながら、エミリは本当に貰って良いのか不安になる。
ナイルといえばあのナイル・ドーク、憲兵団の師団長だ。そしてもう一人はあの駐屯兵団司令官であるドット・ピクシス。二人共超有名人。つまり──
(待って待って……一個のお菓子の値段、半端ないんじゃ……)
いくら医者の娘とは言え、一般家庭に生まれたエミリからすれば高いものなど恐ろしくて手が出せない。でも、食べたい欲には敵わない。それが人間という生き物だ。
「持って行くといい」
渡された箱の中には、見るからに高そうなお菓子が20個も入っていた。エミリは言葉が出なかった。だってこれは、貴族の診療に着いて行った時に出されたお菓子も入っていたから。
「だ、だ団長……ムリです、高すぎます!こんな高価なもの貰えません!!畏れ多いです!!」
思わずザザザと後ろへ引き下がる。しかも20個。そう、20個だ。あの、貴族が、食べるようなお菓子を、20個。これはもう、『ハロウィンだからお菓子貰ったよ〜』なんて軽いこと言えない。言えるはずがない。そんな話で済ませられない。
「まあ、君らからしたらかなり高価なものなんだろうが、私としては受け取ってくれると助かる」
「……え、えぇ……でも、エルヴィン団長、いつも仕事で忙しそうですし、そういう時はやっぱり甘い物って大事ですよ?」
疲れた時は甘い物。もう決まり文句のようなものだ。美味しいものを食べると元気が出るし、気分転換にもなる。それが食べ物、甘い物の素晴らしさというものだ。
「私一人じゃ食べ切れないしな。君の友人達とでも食べてくれ」
ニッコリ微笑んだエルヴィンはそのままエミリの返事も聞かず、笑顔で箱の中の高価なお菓子たちを籠の中へ流す。
「あ、ありがとうございます……」
内心、複雑なエミリだが、エルヴィンの有無を言わさぬオーラに当てられエミリはそのまま団長室を出ようと扉へ手を掛けた。
「ああ、そうだ。エミリ」
「はい?」
呼び止められ、再びエルヴィンの方へ顔を向ける。
「一つ頼み事をしたいんだが」
「何でしょうか?」
「このままリヴァイの執務室へ行ってくれ」
「……え?」
団長室の次は兵士長の執務室? 皆さんどうしてそんなに私をビビらせようとするんですか。もうイヤですよ! ビクビクしながらお菓子貰うの!!
「リヴァイも今頃困っていそうだからな」
「……高価なお菓子を貰ってですか?」
「いや、貰い物であることに違いは無いが、高価なものではない。まあ、行けば分かるかさ」
『それじゃあ頼んだよ』と背中を押され団長室から出された。エミリは部屋の前でポツンと立ったまま動かない。籠の中に入った高価なお菓子に視線を移す。
──ぐぅぅ〜…………
「………………ま、いっか」
切り替えの早いエミリであった。