短編&中編

□オトメとバカ
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「ペトラ、どうしたの?」

「別に」

 さっきからずっと不機嫌な親友に、エミリは首を傾ける。
 時刻は正午。午前の訓練を終え、楽しい楽しいランチタイムのはずだったのだが、とても"楽しい"と言えるような雰囲気ではない。

(朝は機嫌よかったんだけどなぁ……)

 今日は12月6日。ペトラの誕生日だ。朝起きて一番に『お誕生日おめでとう!』とエミリが声を掛ければ、嬉しそうに頬を染めていた。
 ということは、だ……午前の訓練中に何かあったのだろう。所属班が違うため、訓練ではペトラとはバラバラだ。
 せっかくの誕生日なのに、その主役に笑顔が無くてどうするのだ。ペトラのためにエミリは一肌脱ぐと決め、まずは原因を探ることにする。と、その前に……

「フィデリオとオルオ遅いね」

 調査兵団に入って出会ってからは、四人で食事をするのが当たり前となっていた。今朝も同様、四人で朝食をとってからまたお昼に、と別れたのだ。そろそろ来ても可笑しくない時間だが、一向に二人は姿を見せない。

「知らないわよオルオなんて」

「…………」

 ペトラのその一言で察しがついた。ついでに、二人がここに来ない理由も。ペトラに何かやらかしたオルオを、フィデリオが慰めているんだろう。

「……ねェ、ペトラ? オルオと……何があったの?」

「…………もう、ホントに信じられない!!」

「えぇ!?」

 ドンッ! と大きな音を立てて机を叩くペトラ。その行動にエミリは、ギョっとする。

(オルオってば、いったい何をやったんだか……)

 ペトラがここまで怒りを表すなど滅多に無い。よっぽどデリカシーの無いことをしたのだろう。

「とりあえずペトラ、落ち着いて」

 水を差し出せば、ペトラは低い声で『ありがとう』とコップを受け取り、水を一気に飲み干す。

「で? どうしたの?」

「それが──」



***



「オルオ、元気出せって」

「…………」

 フィデリオがポンポンとオルオの肩に手を置き励ましの言葉を掛ける。
 エミリとペトラが座る机から一番遠い場所で、二人は悲しい悲しいランチタイム中だった。ズーンと重たい空気が二人を包み込んでいる。これで食欲など湧くのだろうかと疑問が浮かぶ。
 オルオがそうなる理由はもちろん……

「ペトラにフラれたからってそう落ち込むな」

「フラれてねぇよ!! 勝手に決めつけんな!!」

 フィデリオの冗談にオルオは、全力で抗議する。そうフラれたわけではない、一応。

「フラれてねぇからな!!」

「わかってるって」

 本当に分かっているのか。いや、分かっていて楽しんでいるのだろう、この男は。

「何だ? オルオ、ペトラにフラれたのか?」

 そこでフィデリオと違う声が会話に参加。

「あ、エルドさんにグンタさん」

 二人の前には、昼食をトレーに乗せた彼らの先輩であるエルドとグンタが立っていた。
 エルドとグンタは、オルオとペトラ同様リヴァイ班の班員だ。フィデリオはミケ班だが、いつも彼らには世話になっている、頼りがいのある先輩だ。

「べ、別に……フラれてねぇっすよ」

「その割にはかなり暗い表情だな」

 グンタに図星を突かれ、オルオはガックリと項垂れる。

「そんなんじゃ、ペトラに振り向いてもらえないぞ」

「ていうか、何で俺がペトラを好きってことになってんすか!!」

「違うのか?」

「そ、それは……」

 目を逸らしぶつぶつと独り言を呟くオルオだが、そんな風に誤魔化そうとしなくても周りにはバレバレだった。エミリやフィデリオはもちろんのこと、エルドやグンタだけでなくリヴァイも。

「オルオ、どんだけ誤魔化したってもう知ってるから。な?」

「『な?』じゃねぇ!」

「お前ら何してる」

 そこで人類最強のご登場。フィデリオ、エルド、グンタの三人がにこやかに『お疲れ様です』と声をかける中、オルオだけ背筋をピンと伸ばし緊張した面持ちで声を上げる。
 リヴァイはトレーを机に置いて、エルドの隣へ腰掛けた。

「実はいま、オルオの失恋話をしてたんですよ!」

「ほう……」

「だからフラれてねぇっつってんだろ!! 兵長! フィデリオの話を間に受けないで下さい! 俺、ホントにフラれてねぇっすから!」

「いやでも、あんなこと言ったら普通フラれるでしょ」

「だから……って、おわァ!? エミリ、てめぇ何自然に会話に溶け込んでんだ! いつからいたんだよ!!」

 いつの間にいたのやら、リヴァイの正面に着席していたエミリにオルオがツッコミを入れる。しかし、エミリは何事も無かったかのようにおやつのヌスシュネッケンをモグモグと食べていた。

「な、何しに来たんだよ!」

「何しにって、そりゃあペトラのために一肌脱ごうと思って」

「へー、お前裸にでもなんのか」

 バシッ!
 そこで大きな乾いた音が鳴り響く。

「オルオもだけどさあ、あんたも大概デリカシー無いよね。あ〜ホントにペトラの気持ちがよ〜くわかるわ」

 頬に真っ赤な紅葉を咲かせられたフィデリオをにこやかな笑顔で見下ろし、低い声で言い放つ。そんな彼女に、エルドがまあまあと諭していた。やはり女は怒らせてならない生き物だ。

「つーか、お前さっきまでペトラと飯食ってたよな?」

「ん? ああ、大丈夫よ。ペトラにはちゃんと、『兵長の所に行ってくる』って言って来てから!」

 そう言って親指を立てるエミリだが全然大丈夫じゃないだろう。オルオと話に行くなんてこと、ペトラならすぐに気づく。

「んで、そのペトラは?」

 フィデリオがヒリヒリと痛む頬を押さえながら、さっきエミリがペトラと座っていた場所を見るが、そこにペトラの姿は無かった。

「他の子達と買い物に出掛けるって」

「エミリは行かなくて良かったのか?」

「こっちの解決の方が先でしょ」

「確かに」

 腕組をして頷くフィデリオ。そんな彼の頬は、まだジンジンと痛かった。


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