短編&中編
□乙女の苦悩
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「エレン!」
入浴を終えたミカサは、早速エレンを探しに兵舎を歩き回っていた。そして、アルミンと話をしながら歩く、よく知る背中を見つけ声を掛ける。
「ミカサ? どうかしたか?」
「あ、あの……今週の土曜日、何か予定はある? 無ければ、久しぶりに街でも行こう」
「土曜日? 別にねぇけど……じゃあ、三人で行くか」
三人で、その人数に疑問を感じたミカサはピシリと固まる。エレンは気付いていないようだが、その隣に立つアルミンは事情を察していた。
「えっとね、エレン……今週の土曜日って何の日かわかってる?」
「え、何かあったか?」
「……本当にわからないの?」
「わからないから聞いてんだろ」
途端、シーンと静まる空間。アルミンはやれやれと手を額にあて、エレンは眉をひそめて『何かあったっけ……』と考え込んでいる。そんなエレンをじっと見つめながら、ミカサはただその場に突っ立っていた。
「あ、そうか! 今週の土曜……」
思い出したのか、声を上げるエレンにミカサとアルミンも彼の言葉に耳を傾ける。
「調整日で訓練休みだったなっ!」
「…………」
「…………」
ミカサもアルミンも二の句が紡げない。こんなに酷い話があるだろうか。鈍いにも程があるだろうエレン。
アルミンはゆっくりとミカサに視線を移す。そこには、明らかに落胆した様子のミカサがいた。いつも無表情なのが信じられない程にわかり易い。
「そういえば最近、三人で出掛けてなかったな…………って、どうしたんだよ、二人して固まって」
エレンの話に反応を示さない幼馴染達を見れば、呆れたような視線を送るアルミンと、悲しそうにエレンを見つめるミカサが目に映る。
「……おい、ミカサ? アルミン?」
「エレン、君って本当に……」
流石にミカサが可哀想すぎる。どうにかしてミカサの誕生日を素敵な一日したい。そう思うのに、エレンがこんな状態ではどうにもならない。
エレン命なミカサにとって、誕生日という特別な日はエレンと過ごしたいに決まっている。
「……とりあえず、俺、先に部屋に戻ってるぞ」
なかなか口を開こうとしない二人に痺れを切らしたエレンは、じゃあなと言い捨て部屋に行ってしまった。
取り残された二人は、まだ冬の寒いこの世界でポツンと立ち尽くしている。ミカサはエレンが行った方をただ眺めているだけ。アルミンはそんなミカサにどう声をかけたらいいかわからない、そんな状態だ。
「ね、ねぇ……ミカサ」
「……うん」
「あの、何とかエレンを誤魔化してみるから、二人で出掛けてきなよ……!」
「……うん」
「ミカサ……?」
「……うん」
『……うん』しか返さない彼女にアルミンは本気で焦った。ミカサの顔の前でブンブン手を振ってみるも、ただ真っ直ぐ前を見つめて突っ立っているだけ。完全に別の世界へ意識が逸れている。
(やっぱり……心配だから僕も着いていこう)
そして何とかして、エレンとミカサをイイ感じにしてみせる。謎の決意と共にアルミンは拳を作った。
そんなアルミンの隣で、ミカサはただ真っ白になっていた。
(……エレンに誕生日を忘れられているだけなのに、視界に入る全てのものが灰色に見える。この世界は残酷だ)
その言葉を他者が聞けば明らかに大袈裟と取れるが、ミカサは本気なのだ。冗談抜きなのだ。
別に、三人で出掛けることに問題は無い。エレンが居てくれればそれでいいから。そうだ、エレンは一緒に出掛けてくれるじゃないか。隣に居てくれるんだ。なのに何故、こんなにも虚しい。
「……アルミン、私も部屋に戻る」
「あ、うん……」
少し頭を前に傾け、ノロノロと歩いて行くミカサはとても不安定でかなり危うい。アルミンはそんなミカサの後ろ姿をハラハラしながら見送っていた。
「僕が何とかしないと……」
そして、妙な責任感まで芽生えたのだった。