Vergiss nicht zu lacheln

□第26話
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 教官補佐1日目の夜、104期生の女子たちに声をかけられたエミリは、彼女らの部屋で雑談に参加していた。
 可愛い後輩たちの中心にいるのは、もちろんエミリ。年齢も近く、またエミリの持ち前の明るさによって打ち解けるのも早く、現在は質問攻めに合っていた。

「ねえねえ、エミリさん! 調査兵団に入っても恋人とかできたりするんですか?」

「人によりけりだけど……やっぱり、いつ命を落とすかわからない世界だから、恋人っていうのはあんまりいないかも。片想いの人の方が、多いかな」

「そうなんですね……」

「でも、そんな世界に生きているからこそ、後悔しない生き方って大切だと思う。だから私は、恋人を作っても良いと思うんだよね」

「なるほど……」

「勉強になります!」

 誰もが死亡率の高い調査兵団を避ける中、その茨の道を自ら歩み、兵士として生きているエミリの話は、とても興味深いものだった。後輩たちは、目を輝かせてエミリの話に耳を傾けている。

「あの、じゃあ……私も質問良いですか?」

「うん、どーぞ。確か、君はミーナだったかな?」

 黒髪を緩く二つくくりで束ねている女の子、ミーナ・カロライナは、名前を覚えてもらっているとは思わず、目を丸くさせる。

「私の名前、わかるんですか!?」

「この部屋にいる子たちの名前はちゃんと記憶済み」

「すごーい!!」

 勉強は人並み以上にできる自信があるため、記憶も早い方だと思っている。その上、一人ひとりの個人成績や訓練中に観察などを行っていれば、大体の顔と名前は覚えられた。

「で、質問っていうのは?」

「はいっ……あの、調査兵団って変人が多いって噂を聞くんですけど……本当なのかなと思って」

「ああ、なるほどね……」

「確か……分隊長のハンジさんっていう人が、大の巨人好きで巨人のことになると暴走するって話を聞いたんです!!」

 ミーナの噂が完全に自分の上官のことを指しており、正直耳が痛い。
 というか、まさか訓練兵にまでこんなにはっきりとハンジの特性が知れ渡っているとは思わず、絶句するしかなかった。

「あっ、私は……やたらと匂いを嗅いでくる大男がいるって……」

「あたしは、四六時中酒しか飲んでない酔っ払いがいて、やたらと女に絡んでくるおじさんがいるとか……」

 ポンポン出てくる噂にエミリは笑顔のまま硬直する。的中率が高すぎて頷き難い。

(匂いの人はミケさんね。酒飲みは……ゲルガーさん?)

 なぜゲルガーの酒癖まで知れ渡っているのかは知らないが、”やたらと女に絡んでくるおじさん”呼ばわりされているのは、流石に可哀想に思えた。

「まあ……あながち間違ってはない、かもね」

 あながち所かほぼほぼ事実なのだが、全てを肯定してしまうも調査兵団の入団者が減ってしまうのではないかと危機感を覚えた。
 まさか、調査兵団の入団者が少ない理由は、死亡率だけでなく変人率の高さとその噂も原因なのではないだろうか。エミリ自身も"超ブラコン"という変人特性を持ってしまっているため、冷や汗が頬を伝う。
 しかも、悪魔と呼ばれ残酷者扱いされる調査兵団団長や、やたらと掃除と紅茶にうるさい兵士長など、まだまだ変人は盛りだくさんだ。

「やっぱり、調査兵団って……その、変わった人が多いんですね」

「あはは、まあね……」

 微妙な空気が部屋に漂い始め、まずいと思ったエミリは「他に質問ある人は?」と話題を変えようと試みる。

「では、次は私が!! 調査兵団の朝ご飯、お昼ご飯、夜ご飯、そしておやつは、一体何が出ているのか聞きたいです!!」

 手を挙げながら豪速球で質問を投げたのは、茶髪のポニーテールの女の子だった。

「君はサシャだったかな……えっと、なぜにご飯?」

「調査兵団は貧乏だとよくお聞きします!! ですから、そんな貧乏な調査兵団のご飯は、いつもどんなものが出ているのか、すんごく気になるんですううう!!」

 貧乏、という単語が矢となってエミリの心に突き刺さる。確かに貧乏に変わりはない。支持率も悪い上に毎回の壁外調査で出る額はとんでもないのだから、他の兵団と比べ貧乏なのは一目瞭然である。
 しかし、もう少しオブラートに包んで欲しかった。

「ああ、うん……君たちがいま食べてるものとあんまし変わんないよ。まあまあ豪華なものって言っても、たまに上官がお菓子とかおすそ分けくれたり、気が向いたら外出先で奢ってくれたりするくらいかな」

「そうなんですね……」

 訓練兵団を卒業すれば、もっと良いものが食べられると思っていたのだろうサシャは、涙目でガクリと肩を落としている。これは調査兵団には来てくれなさそうだ。

「あの、次は私が質問しても良いですか……?」

 次に聞こえるのは、可愛らしい控えめな声。視線を移せば、背が小さい金髪の可愛い女の子と目が合った。

「クリスタ、だったかな?」

「はい。……壁外調査で生き残る兵士って、どれくらいなんですか? やっぱり死者の方が、多かったりするのでしょうか」

 少し怯えながら、それでも真剣な眼差しで問いかけるクリスタの様子に、エミリは瞬時に違和感を覚えると同時に、クリスタの成績表の備考に「駐屯兵団、または調査兵団志望」と書かれていたことを思い出す。

「……壁外調査は、その時の天候や状況、場所にもよるわ。天気が良くても巨人の数によってこっちの被害はバラツキがあるし、雨が降れば索敵陣形も機能しないし、被害はもっと甚大。不安定な場所で戦闘すればもちろんこちらが不利だし、荷馬車に積んであった物資や薬、医療器具が巨人によって潰されることもある。その時々で被害の大きさは違うのよ」

 現実的なエミリの言葉に、クリスタの表情に影ができる。しかし彼女が、安心したような表情を見せたのは気のせいだろうか。

「おいおい、クリスタ……お前、調査兵団に入りたいのかよ」

 重たい空気が漂う中、そばかすの女兵士がクリスタの肩に腕を回し、彼女の頭に頬ずりをして見せる。

「ユミル……まだ、考え中なんだけど、一応、調査兵団は候補に入れてる、かな」

「クリスタが調査兵団!? なんか意外だね」

「うん。人類のために戦いたいって思うし、誰かの力になりたくって……大したことなんてできないかもしれないけどね」

 女神のような眩しく優しい笑みを浮かべるクリスタに、「さっすが!」と感激した様子を見せる彼女の同期たち。クリスタは、普段から周りに親しまれているのだということがわかる。

「…………そっか。クリスタの立体機動術の成績は悪くないし、うちとしては来てもらえると嬉しいな」

「おいおい、エミリさんよ……あんまりクリスタを煽るようなこと、言わないでくれよな」

 どうやらユミルはクリスタに調査兵団へ入ってほしくなさそうだった。調査兵団は死亡率が最も高い場所なのだから、そう思ってしまうのは当然のことだろう。
 また、この二人は常に共に行動しており、それはエミリが訓練中に監視をしている時も変わらない。普段からとても仲が良いのだということは、二人を見ていればすぐにわかった。

「ところでエミリさん! 私も質問良いですか?」

「あっ、うん。どうしたの?」

「エミリさんは、いま気になっている人とかいないんですか?」

「へっ……」

「あっ! それ私も気になる!!」

「私も!!」

 期待するような眼差しが一気にエミリへと向けられる。自分の恋愛について話すとなると、普段からあまり慣れていないせいか、正直どう答えれば良いのかわからない。
 しかし、年上としてどんなに些細なことでも情けない姿を見せたくない、というプライドが勝り、後先考えずこのように答える。

「ま、まあ……いないことは、ないかな。気になる人……」

「へぇー!! そうなんですね!!」

 この時、自分を心底恨んだ。大人の女性とは恋愛経験が豊富なイメージがどうしてもあったために咄嗟に嘘をついてしまったわけだが、そもそも気になる人がいるというだけでそれは恋愛経験に入るのか、そこも怪しい所である。
 そして、少し離れた所から感じる冷たい視線。これは完全に愛しい妹からのものだ。自分の背筋が凍っているのは気のせいであると思いたい。

「エミリさん! その気になる人とは、一体誰なんですか?」

「どんな人なんですか!!」

「えっ、ああ……えっと……」

 瞳に深まるのはさらなる期待。この年頃の女の子たちは、やはりこのような話題が好きらしい。
 質問攻めに合い、困惑する中で必死にどう答えるか考える。いっそのこと以前片想いを抱いていたエーベルのことでも話そうかと思ったのだが、彼に対する思いはもう振り切っているため、なんだか気が引けた。

(気になる人って言われても……)

 なかなか口を開かないエミリを不思議に思い、後輩たちが首を傾ける。

「エミリさん?」

 気遣うようなミーナの声。さすがに無神経すぎたかと、動揺を見せる後輩たちになにか答えないと、と口を開こうとしたときだった。


 ――何をそんなに不安がってんだ。お前は


 頭に響く誰かの声。
 咄嗟に口を噤んでは、この声が誰のものだったかを必死に思い出そうと試みる。


 ――帰ってくるに決まってんだろう。


 この言葉は、今朝、エミリに向けられたものだ。しかし、ペトラが放ったものではない。なら、もうあとは一人しかいない。



「…………リヴァイ、兵長」



 エミリが無意識にボソリと呟いた声。それは誰にも聞こえないほどに小さなものであるが、ボーっとしたまま微動だにしないエミリを不思議に思い、ミーナが声をかける。

「エミリさん! どうかしたんですか?」

「……えっ、いや……何でもないわ!」

「えー、でも今明らかにボーっとしてましたよね?」

「もしかして、好きな人のこと考えてたりして?」

「そ、そんなことないわよ! 別に好きな人はいないもの」

「気になる人はいるって言ってたじゃないですか〜」

「それとこれとは別よ……!!」

 なぜ、いまリヴァイのことが頭に浮かんだのかわからない。そのことに戸惑いながらも、必死に後輩たちを誤魔化す。
 しかし、そんなエミリの動揺を、妹であるミカサは見逃さなかった。

(姉さんには好きな人がいる……いったい誰!?)

 ゆらゆらと見えない真っ黒なオーラがミカサを包み込む。その威圧は、エミリにもしっかりと伝わった。妹の方を見れば、鋭い視線がエミリを捉えて離さない。
 そのままミカサは、ズカズカと同期たちの間を割って中心にいるエミリの所まで歩み寄り、ギュッと腕に抱きついてはエミリの胸に顔を埋めた。

「姉さん……今日は私と一緒に寝て」

「……はい?」

「さっきから姉さん、皆の相手ばっかりして私のこと放ったらかし」

「それは……仕方ないっていうか、その……」

「私だって姉さんと話したい」

 ムスッと不機嫌な顔で見上げてくるミカサに、とうとうエミリの心は射抜かれてしまった。教官という立場上、威厳を持つべきなのだろうが、妹といちゃつきたい気持ちの方が勝ってしまったのだ。

「しょうがないなあ……今夜だけだからね?」

「うん!」

 優しくミカサの頭を撫でてやれば、ミカサは幸せそうなうっとりとした表情でエミリの胸に顔を埋めている。

「ミカサのあんな顔、初めて見たかも……」

「うん……」

「なんだよあいつら……完全に自分たちの世界に入ってんな」

「ユミルだって人の事言えないでしょ? よくクリスタとあんな感じになってるって」

 周りの目も気にせず抱き合う大胆な二人に苦笑を漏らしながらも温かい目でそれを眺めていたミーナたちだったが、流石にいつまでもそれを続けられていると気まづさが勝ってしまったために、二人の意識を現実へ引き戻したあと、それぞれベッドに潜り込んだのであった。
 そんな中、既に狭いベッドに並んで横たわる姉妹。ミカサはギュッとエミリの腕に抱きつき、温かい姉の体温を感じながら、懐かしい感覚に浸っていた。

 両親を亡くし、初めてエレンと出会いマフラーを巻いてもらった冷たい夜、あの日も今のようにこうしてエミリと一緒のベッドに入って眠ったのだ。


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