Vergiss nicht zu lacheln
□第25話
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無事にペトラとも仲直りができ、数週間後にはリヴァイの足も完治し、エミリはハンジ班でこれまで通り仕事をこなす日常へと戻っていた。
いつも通りの生活だが、そこで安心している場合ではない。明後日に壁外調査が控えているからだ。そのため、兵団内はピリピリとした険しい空気が張り詰めている。
残念なことにこの壁外調査にエミリは参加できない。騒動を起こした処罰の一つで、次回の壁外調査の同行禁止が課せられたからだ。
本来であれば、もうとっくにこの壁外調査は終わっている頃なのだが、事件の後始末とリヴァイの脚の具合の関係で延長となっていた。
そのため、ここ数十日の間、エミリはずっと浮かない顔をしていた。自分のせいで、兵団全体に迷惑を掛けることとなってしまったからだ。
その上、壁外調査に参加することもできず、一人だけ安全地帯でお留守番となるため、正直、居た堪れない気持ちが強かった。
そんなエミリが向かう先は、団長室。エルヴィンから呼び出しをくらい、何度目かわからない溜息を吐きながら廊下を歩いていた。
「エルヴィン団長、エミリです」
「入れ」
ノックの後に声をかければ、すぐさま返事が返ってくる。いつもより幾分かテンションが下がった声で「失礼します」と一声かけ、静かに扉を開いた。
「待っていたよ、エミリ」
エミリが入室し扉を閉めたことを確認すると、エルヴィンは柔らかい笑みを乗せてエミリと視線を合わせる。
そんな団長である彼の机には大量の書類が置かれており、ずっとそれらを処理していたのであろうことが伺えた。調査前でもあるため、仕事はいつもの倍あるのだろう。そんな中、エミリを呼び出すということは、例の事件やら処罰の件に関することだと察し、一気に気が重くなった。
「……あの、話とは一体……」
「ああ、例の事件についてだ」
エルヴィンの返答に、やっぱりかと心の中で密かに呟く。
「もう一つ、君に罰を与えようかと思ってな」
「…………あ、はは……そう、ですか」
彼の口振りからして、おそらくこれはエルヴィンが独断で決めたことなのだろう。
確かに、これまでエミリに与えられた処罰は、ほぼ上からのお達しであり、エルヴィン個人から課せられたものと言えば、リヴァイの手伝いくらいだ。
彼もまた、今回のエミリの行動に対し、まだ思うことがあるのだろう。その証拠に目が据わっている。
「あ、あの……それで、罰とは」
表情とは違い笑っていないエルヴィンの目。エミリは頬を引き攣らせて、彼の口が開くのを待つ。
「そんなに怯えることはない。罰と言っても、我々が壁外調査へ出向いている間だけだ。また我々の居ない所で、君に勝手をされては困るからな」
「……な、なるほど」
どうやらエルヴィンは、信頼できる誰かにエミリを預けるつもりらしい。彼の発言から瞬時にそれを察し、似たようなことが前にもあったと思い返す。
エーベルとシュテフィの結婚式で橋から飛び下りたことがあったが、エミリが入院生活中に壁外調査が行われた時、弟のエレンを監視役として送り付けられたのだ。
エミリが監視必須の問題児と化したのは、今に始まったことではない。どれだけエルヴィンたちに心配や迷惑を掛けているのだろうと、更に心が痛む。
「で、その罰についてだが」
「……は、はい」
「明日から5日間、キース・シャーディス教官の補佐として、君には南区訓練兵団に滞在してもらう」
「…………へ?」
想像から斜め上をいく内容に、思わず間抜けな声を晒してしまう。
キースの名も久しぶりに耳にし、なんだか懐かしさを感じてしまったが、まったりしている場合ではない。
「キース教官の補佐、ですか……?」
「ああ。教官には、もう話を通してある」
「…………ということは、事件の話も?」
「もちろん、全て伝えた」
「は、ははは……」
とんでもない事実に顔を真っ青にさせたエミリは、そのままガクリと項垂れた。
補佐に行くこと自体、正直問題ではない。ただ、キースに会えば必ずどやされるであろうことを察したからだ。
口から魂が抜けそうになるのを必死で堪え、笑みを崩さないエルヴィンの顔を瞳に映す。
「良い機会だ。君も初心に帰って、訓練兵たちと鍛え直してくるといい。どうやら最近、私たちに対する甘えが目立つからな」
「……おっしゃる通りでございます……」
エミリがペトラに甘えていたのと同じように、完全にエルヴィンやリヴァイたちにも甘えが出ている。それは自分でも自覚していた。
きっと皆なら許してくれるだろう。その”甘え”という代償を、返せと言わんばかりに次々と罰という名の獣がエミリを襲ってくる。
「そういうわけだから、これから訓練兵団へ向かう準備を始めてくれ」
「……了解です」
終始笑みを絶やさないエルヴィンから恐ろしいオーラを感じながら、頬を引き攣らせたままエミリは団長室を出て行く。
どうやら今回の件は、エルヴィンも相当ご立腹のようだ。
(でも、恵まれてるよね……わたし)
こんなことを声に出せば、また甘えていると言われるのだろう。それでも、そう思わずにはいられないのだ。
エルヴィンが怒っている理由も、きっとエミリの身を案じてのこと。それを嬉しく思ってしまう自分がいる。
(……いい加減、学習しなきゃ。私も)
また懲りずに何かやらかしてしまいそうな自分がいることに呆れながら、ハンジの研究室へと足を踏み入れる。
「あ、お帰り〜! エルヴィンの話って何だったの〜?」
エミリの気配を感じ取ったハンジは、資料から顔を上げエミリに視線を固定させる。
エミリが団長室へ向かう前、ずっとグースカ眠っていた彼女の寝癖はいつも以上に酷い。壁外調査が目前であるため、ここ最近は研究しては寝ての繰り返しなのだ。
「エルヴィン団長からまた罰が……」
「え、罰? あっはは、相当お怒りみたいだねっ! で、罰ってなんだったの?」
「明日から5日間、南区訓練兵団でキース・シャーディス教官の補佐だそうです」
「え、それだけ?」
「そうですけど……」
何故か驚いた顔を見せるハンジの反応にエミリは首を傾ける。教官補佐という罰が、よっぽど珍しいものだったのだろうか。
「ハンジさん? どうかされました?」
「……ううん、なんでもないよ! それより、悪いけどお茶淹れてもらってもいいかな?」
「はい、もちろんです」
ハンジの頼み事にも素直に頷き、研究室を後にしたエミリの行先は給湯室。
また一人となった空間でハンジはグッと伸びをしたあと、呆れを含んだ溜息を吐く。
「全く……ほんと、エルヴィンもエミリに甘いんだから」
エルヴィンが本気で部下に罰を与えるならば、それらしい命令を下すだろう。それに比べて訓練兵団教官の補佐など、かわいいものだ。
結局エルヴィンは、エミリに対してどこまでも親バカを貫くことしかできないらしい。