Vergiss nicht zu lacheln

□第24話
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 エミリが目を覚ましてから、三日が経った。
 子どもたちの命を救ったという結果があるとは言え、勝手な行動をして大きな事件を起こし、更には人を殺めるまで至ったエミリは、調査兵団の独房で三日間の謹慎処分を受けることとなった。
 その間にエルヴィンやリヴァイ、ハンジは、ダリス・ザックレー総統と彼の妻であるファティマらと共に、エミリとオド、二人の処分について審議を行っていた。そこには、ナイルら憲兵団やピクシスら駐屯兵団も同伴し、数時間に及ぶ審議の結果、主犯であるオドには無期限の懲役刑が課せられることが決定。

 そして、エミリに与えられた処罰は二つ。
 まず第一に次回の壁外調査への参加が禁止。第二に、二ヶ月間、薬物の作成及び薬学に関する学習の禁止である。もちろん、ファティマから講義を受けることもできない。
 理由は、子どもたちを救い出すためとはいえ、薬を使用することで人間に害を与えたからだ。
 エミリが薬学を学んでいる理由は、調査兵団のため。それ以外で薬物を用いることは、ファティマからも許可は出されていない。
 よって、薬の使用並びに勉学を一定期間、禁止にするという特別処置で話はまとまった。壁外調査の参加が認められないのは、壁外で負傷した仲間に与える薬の作成を防ぐためである。
 それらの決定事項がエミリに伝えられたのは、謹慎処分三日目の夕飯どきであった。

 ちなみに、三日間の謹慎処分を受けている間、エミリは独房の中で何をしていたのかと言うと、ハンジを通してエルヴィンから渡された何十枚もの始末書を処理していた。
 休憩と昼寝を挟みながら、筆を手にひたすら文字を綴り続けていたが、三日目には力尽きて睡眠時間を大幅に取ってしまったほどだ。まだ資料は、三分の一ほど残っているというのに。

(…………もう、嫌だあ)

 自業自得であるのはわかっているが、三日間、同じ空間で同じことを繰り返していれば、疲れ果ててしまうのも無理はない。机に突っ伏し、心の中で自分に向かって馬鹿と叫ぶ。
 そんなエミリの耳に入るのは、誰かの足音。食事の時間だろうか。それとも、お説教が始まるのだろうか。憂鬱な気持ちで檻の前に現れる人物を待つ。
 この数日間、オルオやハンジ班の班員たちが、口々にお説教をしにエミリの元へやって来ていた。上との話し合いで忙しいエルヴィンらに変わって、見張りも兼ねてお説教を繰り返してくるのだ。
 こればかりは仕方がないが、三日目ともなれば同じ内容を延々と話されるだけだろう。このままでは耳にタコができてしまう、と思わず溜息を吐く。

「おい、溜息吐いてる時間があるなら手を動かせ」

「………………兵長?」

 まさかリヴァイが登場するなどとは思っていなかったため、思わず面食らう。
 リヴァイはずっと審議に参加していたため、今までエミリの様子を見にやって来ることはなかった。審議自体、王都で行われていたため、三日間宿泊していたのだ。

「審議の結果は聞かされたか?」

「あ、はい。モブリットさんから聞きました」

 リヴァイやエルヴィン、ハンジたちが帰ってきたのは、つい先ほどのことだが、審議の結果は、その内容を記した封書を、王都に同行させていたヴァルトに運ばせたことで、モブリットにいち早く伝えられたのだ。
 そうして、彼からエミリにも行き渡ったのである。

「ヴァルトは十分に役目を果たしているようだな」

「あの子は賢いですからねぇ」

「なら、お前もその賢さを少しは見習え」

「…………すみません」

 自分の相棒が褒められ自慢げにしていたが、そんなことをしている場合ではない。

「ところで、リヴァイ兵長はどうしてここへ?」

「あ? お前の様子見に来るのに理由なんているのか」

「……あ、えっと。いえ……」

 リヴァイのその言葉に、ドキリと胸が音を立てて弾んだ気がした。何となく目を合わせずらくて、リヴァイから視線を逸らす。

「まあ、用があったからここへ来たことに変わりはねぇが」

「あるんじゃないですか!!」

 訳も分からずふわふわしていた気持ちが、一気にかき消される。期待した自分が馬鹿みたいではないかと頬を膨らませた。

(…………期待? 何に?)

 そこで再び浮上する疑問に首を傾ける。三日間も檻に閉じ込められ、さらには同じことを繰り返していたせいで、どこか大切なネジが外れてしまったのだろうか。

(……ああ、寂しかったのか!)

 三日間、狭くて暗い独房の中で、ほぼほぼ一人で過ごしていたため、きっと誰かが恋しくなっていたのだろうと理由を見つける。
 しかし、それでもどこか腑に落ちない。何故だろうか。
 考えても仕方がないため、エミリはリヴァイの用とやらを聞くために彼に向き直った。

「それで、用とは一体……」

「エルヴィンから、もう一つお前に罰だそうだ」

「…………また、ですか」

 独房、始末書、壁外調査と薬物の作成・勉強の禁止令の次は、何を課されるのだろうか。
 書類関連はもうやめてほしいと切実に願いながら、肩を縮こませてリヴァイの口が開くのを待つ。

「俺の手伝い、だとよ」

 面倒くさそうな表情で溜息を吐きながら発せられたその事実に、エミリは耳を疑った。そして、すぐに納得する。
 リヴァイの片手には、まだ松葉杖があるのだ。怪我が治っていない証拠である。足を銃で撃ち抜かれたのだから、そう簡単に完治されないのは当然のことだ。

「仕事だけでなく、私生活の手伝いも含むらしい」

「そう、なんですね……」

 申し訳なさげに眉を下げるエミリは、相変わらず自責の念に駆られているらしい。
 しかし、エルヴィンがわざわざそのような罰をエミリに与えた本当の理由に、リヴァイは気づいている。エミリをリヴァイの元へ寄越すことで面白がっているのだ。

(ったく、余計な世話かけやがって……)

 エミリに聞こえぬよう舌打ちを鳴らす。相変わらずエルヴィンに遊ばれているのが気に食わないが、ある意味これは都合が良いのだ。それは、自分にとって、という意味ではない。

「お前は暫く、俺の自室の隣にある空き部屋で寝泊まりだ。どうせ、ペトラともまだ喧嘩したままなんだろ」

 そう、三日前、エミリを突き放す形でペトラと喧嘩になった。顔を俯かせる彼女の反応を見る限り、仲直りはまだできていないのだろう。
 普段は仲が良く、お互いを高め合いながら兵士として絆を深めていた二人。入団した頃のことをリヴァイは詳しく知らないが、このように長い間口を利いていないという状態は、おそらく初めてなのではないだろうか。
 だからこそ、このタイミングで下手に二人をくっつけてしまえば、余計に関係が悪化するだけだ。お互い、時間を置いて考えをまとめるのがベストだろう。そういった意味でエミリが別の部屋に移るのは、正解なのかもしれない。

「…………ペトラだけ、会いに来てくれなかったんです。三日間、一度も……」

 浮かない顔で話を始めるエミリ。その小さな声に、リヴァイはただ耳を傾ける。

「フィデリオも、オルオも、二ファさんたちやナナバさんたちも、アメリだってわざわざ来てくれていたのに、ペトラだけ……」

 つまり、それほど怒っているということなのだろう。いつも温厚なペトラだが、今回ばかりは彼女の堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
 しかし、リヴァイにはペトラのその怒りが理解できた。それは、リヴァイだけでなく、ハンジやエルヴィンらも同様であろう。
 何故、頼ろうとしないのか。一人で抱え込むのか、と。

「ペトラは……頼ってほしかったんだろう。お前に」

 ペトラに代わって彼女の真意を口にするリヴァイのそれに、エミリは小さく頷いた。

 "私達を頼ってほしい"

 その言葉がまた頭の中に響く。その度に胸に刺さった刃が、また深くくい込んで、エミリを締め付けた。

「残念だが、俺にはどうすることもできねぇ」

 そうして、リヴァイもあえてエミリから距離をとる。ペトラが何故、あのようにエミリを突き放したのか。その意味も理解できるから。
 この問題に、他の者は干渉してはならない。

「明日の朝、牢を開けにエルドとグンタをここに来させる。とりあえずお前は残りの始末書を片付けておけ。ペトラとの件は、その後に考えろ」

 まずはやるべき事を終わらせるのが先だ。考える時間は、いくらでもある。リヴァイの手伝いといっても、この三日間と比べたら、時間にかなり余裕ができるはずだ。
 壁に背を預けていたリヴァイは、「じゃあな」とぶっきらぼうに言い残し、独房を後にした。


 リヴァイが居なくなり、また一人だけの空間に戻る。長い溜息を吐いたエミリは、始末書を片付けるべく席に着いて筆を握った。


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