Vergiss nicht zu lacheln
□第22話
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調査兵団の兵舎。そのある一室で、窓から月を見上げるペトラは、胸元で祈るように両手を組み、親友の帰りを待っていた。
慌ただしく出て行ったハンジたちは、王都に着いたのだろうか。そのようなことを考えながら、何度目かわからない溜息を吐く。
数時間前、エミリの部屋から見つけ出した資料を机に広げ、事件の対処や救出した子どもたちの今後について話し合っていた。
その結果、エルヴィンは、憲兵団へ向かいナイルに事情を説明。ミケ班は、ファティマと医者に呼び掛け子どもたちの診察を依頼。ハンジ班とリヴァイ班は、エミリとリヴァイの後を追うということで各自動きが決まった。
しかし、ペトラはその中に組み込まれていない。なぜなら、兵舎に残ると断ったからだ。
その理由は、エミリに待っていてほしいと言われたから。
──信じて待つ、と決めたから。
「狡いよ、エミリ。あんな言い方……」
何もさせてくれない。
何もせずに待っていて欲しい。
それが、どれだけもどかしくて、辛いことなのか……。
エミリは、きっとそれをわかっていてペトラにそのようなことを聞き、そして、答えさせたのだろう。
「……帰って来なかったら、絶交なんだから」
どこまでも勝手で、そして、とてつもなく馬鹿な親友へ不満を零す。
「ううん。無事に帰ってくるだけじゃダメ。絶対、許さないもん……」
ペトラからすればエミリの優しさから成る行動力は、尊敬に値する。しかし、それ故に自分を顧みず、突然とんでもないことをしでかすところには、呆れすら覚えるほどだ。
今回の件は、完璧にペトラの堪忍袋の緒が切れるのに内容が十分すぎた。エミリと顔を合わせたとき、「無事に帰ってきてくれたから、もういいよ」などと言えば、また同じことを繰り返すだろう。
「絶対、許してあげないからね……」
これは、ペトラの意地だ。
自分を頼ってくれなかったことへの、ちょっとした仕返し。
「何よ、調査兵団を巻き込むことになるかもしれない、って……言ったじゃない。私たちはエミリを頼るし、エミリも私たちを頼ってほしいって……なのに、なんで!!」
置いてけぼりにされたようで、心が苦しかった。そんなにも自分は、頼りない存在なのだろうか。
「…………なんのために、私たちがいると思っているのよ……エミリの、ばか」
エミリが何かあったとき、ペトラたちが何かあったとき、お互いが寄りかかれるようにそばに居る、はずなのに……。
どうして、寄りかかってくれないのだろう。
なんのために、そばにいるというのか。
「なんでっ、頼ってくれないの……」
視界が滲むのは、何のせいだろう。
涙? いや、違う……
「エミリの馬鹿……バカバカ…………ばかぁ……」
目の縁から溢れた雫が、頬を伝って落ちていく。
「本当に……帰ってこなかったら、ぜったい……絶対、もう口なんて、きいてあげないんだから……」
ポタポタ、と床に涙が落ちる音が、やけにはっきりと聞こえる。次々と零れるそれは、雨音のように不規則に鳴り響く。
そんなとき、コンコンとノックの音が部屋が耳に入った。一体誰だろうと不思議に思いながら、急いで涙を拭ったペトラは扉を開く。そこに立っていたのは、腕にヴァルトを乗せたアメリの姿だった。
「アメリ、どうして……」
「フィデリオからヴァルトを通して知らされたの。エミリのこと。ペトラ、今頃一人かなって思って、外出許可もらって来ちゃった!」
「……ありがとう」
心強い人物が駆けつけてくれたことに安堵したペトラは、アメリを部屋へ招き入れる。
不安な夜を一人で過ごすのは、とても落ち着かないため丁度よかった。
「大丈夫、エミリならきっと帰って来るよ」
「……うん」
手を繋いで、アメリと共に再び月を見上げる。
少しだけ安心したせいか、さっきと比べて月の光が明るく輝いて見えた。