Vergiss nicht zu lacheln
□第4話
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馬小屋では、馬達が食事中だった。あまり邪魔をしないように静かに小屋の中を歩き回る。
「さあ、この中からエミリが一番いいと思う子を選んであげて」
「うーん……」
正直、どう選べば良いのかわからない。訓練兵時代も馬に乗っていたことはあったが、今回は自分の相棒となる馬だ。慎重に選ばなくてはならない。
やはり、自分に興味を示した子が良いのだろうか。難しい選択だった。
「ん〜…………あれ」
ふと目に映ったのは、一番奥でこちらをじっと見つめる栗色の馬だった。そして、その馬の足元には子馬が休んでいる。気になったエミリは、奥の方へとゆっくり歩いて行った。
「その子が気に入ったの?」
「あ、いえ……どうしてここだけ二頭……しかも、子馬が」
「ああ、その子達はね、"きょうだい"なんだ」
「……え」
「この子がお姉さんで、子馬の方が弟なんだ。この子達のお母さんは随分前の壁外調査の時、巨人の下敷きになってね……それから、この子は弟とずっと一緒にいる。だから、誰かが引き取ろうとしてもなかなか言うことを聞かなくてね」
エミリは驚いた。この馬の姉弟はまるで、エミリとエレンのことを指しているようだったから。
「同じ、だね……」
エミリが兵士を目指すため家を出た時、まだ小さなエレンを守りたいが為に意地でも兵士を目指すことを諦めなかった。そして、巨人に食われた母・カルラを思い出す。
エミリはそっと馬に手を伸ばした。
「私にも弟がいるの。母さんは、もういない。巨人に喰われた。私もね、弟の傍にいたいと思うけど、いつか調査兵団に入ってくる弟達を守りたくて、ここにいるんだ」
語りかけながら、馬の頭に触れる。いつもであれば、人間に触れられることを拒むその馬が、エミリの手を拒むことはなかった。
それを見たハンジは目を丸くする。今までこの馬が懐いた兵士は、誰一人としていなかったから。
「あなたも心配なんだよね。その子のこと。でも、この子も壁外で戦うために、もうすぐ訓練を始めるんでしょ? 私の弟もね、その為の訓練をしている所なの」
今頃、立体機動装置で飛び回っている頃だろうか。愛しい弟達の姿を思い浮かべながら続けた。
「私達、似てるね。きっと、分かり合える気がする」
エミリがそう言うと、馬は彼女の手に擦り寄り、静かに鳴いた。まるで、『そうね』と言っているように見えた。
「ハンジ分隊長」
「ん?」
「私、この子にします!」
優しい眼差しで馬を見つめるエミリ。馬もまた、エミリをじっと見つめ返していた。
初めて見せた馬の行動に、ハンジは呆気に取られ、そして思った。
(この子は……チカラを持っている)
身体的な強さでは無い。人を、生き物を動かす"何か"を持っていると、そう確信した。
「分かった。じゃあ、その子をエミリに預けよう」
「はい!」
「名前はどうする?」
「名前、ですか」
そう言えば考えてなかったと、もう一度馬を見つめる。確かに"馬"は、生き物の種類を分ける記号のようなもの。自分達人間のように、ちゃんと名前をつけてあげなくては。
「リノって、どうですか?」
「かわいいじゃない! 私はいいと思うよ!!」
「……あなたはどうかな?」
もう一度頭に触れると、『ブルル……』と心地よさそうに目を細める。その様子に、リノという名前を気に入ってくれたのだと感じたエミリは、嬉しそうに微笑んだ。
「エミリ、少しリノと走ってみる?」
「はい!」
馬との信頼も壁外では必要なものだ。
ハンジは扉を開け、リノに紐をつけ終えると手綱をエミリに預ける。
エミリはリノに、ゆっくりと外に出るよう促す。ずっとここにいたということは、あまり外に出て走り回ったことも無いだろう。今日は思い切り、リノと遊ぶことに決めた。
小屋の外に出て乗馬場へ移動する。エミリはリノに跨り、まずはゆっくり歩くよう声を掛けた。
二周ほど乗馬場を回り、今度は軽く走る。そして、最後は思い切り、スピードを上げて。
「あはは! 楽しい〜!!」
エミリが声を上げると、リノも『ヒヒーン!』とそれに応えるように鳴いた。
会って数分程しか経っていないのに、エミリとリノはもう心を通わせている。
ハンジは珍しいものを見るように、けれど温かい眼差しで乗馬場を走り回る一人と一頭を眺めていた。
「……何してる」
そこに、独特の低い声がハンジの意識を反らす。
その声の主は、リヴァイだった。自分の馬に会っていたのか、兵服には少し藁が付いている。綺麗好きの彼からは想像出来なくて、ハンジは思わず少し笑った。勿論、睨まれたためすぐに止めたが。
「やあ、リヴァイ!! 愛馬に餌やりでもしてたのかい?」
「……何だあれは」
軽くハンジの話をスルーし、視線は乗馬場を走り回るエミリとリノを捉える。そして、リノを見た途端、目を丸くした。
リヴァイもリノがなかなか人間に懐いていないことを知っていたからだ。
「…あの馬」
「そう、いつも独りで弟を守っていたあの子だよ。エミリにはすぐに懐いたんだ。彼女と似たものを感じたんだろうね」
「似たもの? 何だ、そりゃあ」
少し眉を顰めるリヴァイに、ハンジはフッと笑ってから、さっきエミリがリノに語りかけていた話をする。
「エミリ、あの日に母親を亡くしているそうなんだ。巨人に食われたらしくてね」
「シガンシナが陥落した日か…」
「うん。エミリには弟がいるらしい。彼もまた、調査兵団に入りたがっている変わり者でね、今年から訓練兵団に入団したそうなんだ」
「……そうか」
「エミリは、ずっと傍にいてあげたかったみたいだけど、それでも『大切な弟を守るため、強くなるために、ここに来た』と言っていた」
確かに、似ていた。
元々リノは、母親がいた時も弟の馬と共にいることが多かった。おそらく、エミリもそうなのだろうと、不思議と予想がついた。母親を失い、姉弟が取り残され、姉は弟を守ろうとする。とても、似ていた。
「更にエミリは言っていた。あの子馬も、これから壁外で戦うために訓練を受ける。エミリの弟も同じように訓練していると。そして、『似ているね。きっと分かり合える』そう言って、あの子に触れていたよ」
「……」
よく、分からなかった。
確かに境遇は似ているが、人間と馬がたったそれだけの理由であんなにも変わるものなのかと。
それでも、腑に落ちるのは何故だろう。まるで、エミリとリノにとっては当たり前のことのように感じた。
「あれ……?」
リノと戯れている途中、ふとハンジの方を見るとリヴァイが立っていた。
何故、彼がここにいるのだろう。疑問を感じたが流石にこのまま無視するわけにもいかない。
エミリはリノから降り、手綱を引いて二人の元へ歩み寄る。
「リノとは随分と仲良くなったようだね!」
「はい! ところで……」
ハンジからリヴァイへ視線を移す。勿論、目が合った。表情が読み取りづらくどう反応すれば良いのか戸惑う。敬礼か、それとも、こんにちはと声をかければ良いのか、もしくは会釈。
(なんか……どれも返ってくる反応微妙そう……)
というよりも、何故自分は、こんなことで悶々としているのだろう。とりあえず二番目に浮かんだこんにちはを選択しよう。そう思って口を開きかけた時、
「あ、リヴァイのこと気になる?」
ハンジが助け舟を出してくれた。エミリは、出しかけた言葉を慌てて飲み込む。
「そりゃあ、そうだよね〜! リノに乗ってる間になんかいつの間にか人が増えてるんだから驚くよね」
「……え」
エミリは呆けた。
人が増えていた、ということを聞きたいのではなく、何故リヴァイがここにいるかが知りたかっただけだった。特に意味は無いが、単なるエミリの好奇心である。
「ああ、分かってるよ! リヴァイも愛馬に会いに行ってたみたいだよ。そう言えば、丁度食事の時間だしね」
「そういうてめぇは自分の馬に餌をやったのか」
「あはは〜まだだ!」
「自分の馬だろうが。何してやがる。さっさと行け」
「イタイイタイ!! 首がぁ!!」
相変わらずマイペースなハンジの頭を鷲掴みし、グキッと後ろへ向けさせようとする。見ているだけでも痛そうだった。
「わ、分かった分かった!! 今からちゃんとあげに行くって!!」
「そう言って、てめぇはいつもモブリットに任せきりだろうが」
リヴァイの言葉にエミリは心の中でモブリットに同情した。マイペースな上司を持つと大変そうだ、と。
(ハンジさんって、別に悪い人じゃないんだけどね……)
ただ巨人のこととなると周りが見えなくなるだけ。それだけだ。
心の中で呟くエミリは、遠い目をしていた。