alchemists

□嘘ならよかったのに
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「先生、私、先生のコト好きですよ」
「そうかい。私は君のことをそんな風に考えたことはなかったなぁ」
「先生は私のこと嫌いですか」
「嫌いだったらこうして協力なんてしてないよ」
「それならいいんです。好かれようとは思っていませんでしたから」
「なんだい。随分と寂しいことを言うんだね」
「惚れた腫れたの厄介事は先生の負担でしょう?」

ある夏の日のことだった。外で蝉が煩く泣いている昼下がり、冷えた室内で二人きりそんなことを少しだけ話した。一度人生を終えて、もう一度行き直している自分に恋愛事は縁遠いものだった。
きっと自分はこの子よりも長く生きているだろう。死んだときの記憶はないけれど、残っている記憶を探るだけでも今のこの子よりは年上だった。
だけど、恋や愛に相手の負担を考えたことはなかった気がする。話を書く上で、頭の中の女や男たちにはそんなことも考えさせたような覚えも歩けれど、いざ自分がその渦中にいたときにそれは当てはまらなかったはずだ。
そんなことを考えて恋なんかしない。考えられるほど、冷静な頭はしていなかった。

この子の話をしていたとき、自分はこの子のことを生きずらい考え方をする子だと思った。好きなら好きでいいじゃないのかと言いたくなったけれど、その時の自分は何も言わなかったと思う。
好かれていることに嫌悪はなかった。むしろ嬉しいとさえ思ったのに。

きっと返事はいらなかった。
それが自分の思い込みであったとしても、あの目を見れば納得してもらえるだろう。好きだといったくせに、その相手に好かれていなくてもいいだなんて。


それが嘘ならまだ可愛げもあったのに。
嘘なんて一つも吐いていませんよと、その目は一途に泣いていた。



end

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