alchemists

□徳田秋声の場合
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A

「猫がどうとかって聞いたんですが、今日何かありました?」
「え!?あ、いや、別に何も……」

驚いて声がひっくり返ってしまった。これでは何かあったと言っているようなもので背中に冷や汗が垂れたが、相手は気にならなかったらしい。そうですかと言ったきりまた書類の方に意識を向けたのか口を閉ざす。
しばらくはまたその話題を振ってきやしないかとびくびくしていたが、司書はもとからそこまで興味もなかったようで心配は杞憂だったらしい。
きっと中庭は今頃騒がしいと思うが、この部屋は防音が施されているためにその音も届かない。万事上手くいけばいいが、この司書は妙なところで鋭いから後で伝えておこうと頭の隅にとどめておく。

*:*:*

中庭にいつからか猫が来ていた。あのたまに仕事を持ってくる喋る猫じゃなくて、ごくごく普通のニャァとしか鳴かない猫だ。まぁ、喋る猫も最初の一度しか見た気がしないのだが。
もとより猫好きの文豪の中でその猫の話は瞬く間に広がり、今や文豪なら誰でも知っている。なぜ司書に話していないのかというと、この図書館に文豪が来始めた初期の頃、猫を飼いたいと申し出た者に却下を出していたからだ。
大抵の願いは叶えていたためにその願いを却下していたことは当時の文豪たちに少なからず衝撃を与えた。そして、よくよく司書のことを見ていれば、猫好きと公言している文豪にあまり近づいていないことにも気づく。ああもあからさまに敬遠しているため、この度のことも内密にしようということに自然となったのだ。
かくいう自分も猫の姿に癒される者の一人だ。こうして助手の仕事をすることが多いのであまり触れることもないが、遠目から見るだけでも十分癒される。その癒しがなくなることは避けたい。

「中庭の猫、館内に入れないようにしてくださいね」
「うわぁ!?え、あ、いや、なんで?」
「備品に傷がつくと困りますし……その、アレルギーなので」
「あれるぎぃ?」

このまま隠し通そうと思っていた矢先に司書から言われた言葉に盛大にびくつく。出た声もひっくり返るどころのものではなく、久々に大きな声が出た。
司書は僕の失態には触れず、申し訳なさそうな顔つきであれるぎぃ、もといアレルギーのことについて説明してくれる。
いわく、アレルギーとは免疫反応が特定の抗原に対して過剰に起こることで、自分たちの時代にはほとんどなかったものだったが、司書たちの時代には経度も合わせるとかなり多くの割合の人がアレルギー持ちらしい。その中で、司書は猫の毛に対するアレルギーが重く、飼うことはもちろん近づくだけでも駄目なようだ。そのため以前の申し出も却下したらしい。

「猫自体が嫌いではないのですが……仕事も止まりますし、先生方にも御迷惑になってしまうので。中庭ならここから離れていますし大丈夫なんですが」
「いや、僕も司書さんの病気のこと、知らなかったし…ごめんよ」
「何も話していなかった自分に責がありますから。先生は謝らないでください」
「でも、」

ただ猫が嫌いなんだと思っていた自分はなんだか恥ずかしい。相手は気にしていないようだったが、それが余計に罪悪感を増長させてくる。
それからはほとんど「ごめん」と「気にしないでください」の応酬になってしまい、最終的にお茶を持ってきてくれた堀君が来るまでそれは続くこととなったのだった。
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