alchemists

□徳田秋声の場合
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あぁ、やってしまった。頭の中はそれだけが占めていた。
いつも通り仕事をしていて、立ち上がった瞬間に視界が暗転したところまでは憶えている。立ち眩みはいつものことだが、次に目を開けて見えたのは補修室の天井と転寝している助手だった瞬間もう一度寝ようと決心した自分は悪くない。すぐさま目を閉じて、さもまだ寝ていますよと装う。
また迷惑をかけてしまった。ちょっと前にあんな話をしたのは逆に倒れないだろうと思ってのことだったのに。
閉じた瞼の下で己の不甲斐なさを呪う。いったいどれだけ眠ってしまったのかはわからないが、少なくとも今日の業務は迷惑をかけた。明日以降も今日の分が残るだろうし、すべて挽回するにはしばらくかかるだろう。

「君、起きてるでしょ」
「……ういっす」
「その様子だと、体調はそれなりかな。まだ眠いなら寝たほうがいいよ」
「あ、はい」

てっきり説教が待っているかと思ったのに、そんなことはなかった。開口一番に怒鳴られると思っていたので肩透かしを食らった気分だ。

「なに、説教がお望みならもう始めるけど」
「そんなことは、」
「睡眠不足と栄養失調?君、なにが「死ぬ勇気もありません」だって?」
「いやぁ…面目ない」
「君の仕事量は知ってるけど、ほどほどに休みなよって言ったよね?君のその耳は飾りかい?」
「本当にすいません…」

ずるずると毛布を引き上げて顔を隠す。こんな布一枚で隠れるも何もないのだけれど、相手を直視できるほど精神が強くないのだ。すいませんと出した声すら情けない声音で、相手のため息が聞こえれば布団の上で縮こまる。

「森さんが今頃みんなに司書さんのこと伝えてると思うよ。みんな心配していたんだからね」
「えっ」
「当たり前だろう。君、しばらく一人になれないって覚悟しておいた方がいい」
「うわぁ……」

文豪たちの誘いをのらりくらりと交わしてきたのに、ひとりになれないというのはそれなりに堪える。先生方が嫌いというわけでも一緒にいたくないというわけでもないのだが、なんとなく一人でいる方が気が楽で逃げ続けてきたというのに。

「館長と話して、今日明日は休みにしてもらったから」
「まじすか」
「そうだよ。そのかわり、今日明日しっかり食べてよく寝るんだよ」
「……まじすか」

ポンポンと布に覆われていない頭を撫でられる。その手が暖かくて優しいから、ゆるゆると意識は解けて、やがて、意識は再び暗闇に落ちた。
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